プラチナブロンド

 テスト一週間前の今日、俺たちいつもの四人はテスト勉強をするために図書室に来ていた。というのも、誰かの家でこないだのように勉強会をすると、ゲームやお菓子などにつられてしまうからだ。

 図書室にはそれなりの数の机があるが、どこの机も人が座っていた。


「うわー、すごい人だねー」


「みんな考えることは同じなんだな」


「あっ、あそこだけ人がいない。あそこで勉強しよー」


 翠が指を指した机は六人ぶんの椅子があり、一人の女の子が座って静かに本を読んでいた。

 周りの席は、どこもいっぱいいっぱいなのに、女の子が座っている机だけが、不自然に誰も座っていなかった。


「……なんであの子の回りだけ人が座らないんだろうね」


 俺の気持ちを代弁したかのように、香織が呟いた。


「行ってみればわかるんじゃないかな?」


 それもそうかと思い、先に行った翠の後を追った。そして、いざ彼女の机の前に来ると、なんとなく机が空いている理由が分かった。

 本を読んでいた女の子はとても華奢だった。それでいて女の子らしいスタイルで、真っ白な肌に腰まで伸びたプラチナブロンドの髪を肩ほどの位置で結んだお嬢様風美少女だった。

 ――なんというか、神秘的なオーラがあるのだ。触れてはいけない、強く触れたら壊れてしまうガラスのようなオーラが。

 確かに俺も、一人だったら近寄りがたいかもしれない。ただ――、


「この席使ってもいいかな? 本を読むのの邪魔はしないようにするから」


 翠は全く物怖じしない。この子のオーラになど目もくれず、ズカズカと踏み込んでいった。まあ、そこが翠のいいところでもあり、悪いところでもあるんだけど……。


「ええ、構いませんよ」


 予想通りと言うべきか、彼女は透き通るような声で本から顔を上げ、にこりと微笑んだ。


「ありがとう」


 香織・翠・プラチナブロンドの子、の順に座り、その反対側に大地・俺の順で座った。俺が翠に、大地が香織に教えるのには本当は隣に座るのが良かったが、翠の隣に香織が座ったので、俺と大地が空気を読んでこの配置になった。





 読書をしているのを邪魔しないようにと、俺と大地も翠や香織に教えるときは、なるべく小さな声で話した。


「和希ここわからない」


 翠が俺にわからない問題を指差しながら、ワークを渡す。


「ん? ……わりぃ、これもわからないわ。多分テストに出ても最終問題になるから、解かなくても大丈夫な気がする」


「……そっか」


 潔く翠はワークを引っ込めて、違う問題に取りかかろうとしたとき、透き通るような声が俺の耳に響いた。


「……その問題は背理法を使えばいいんですよ」


「え?」


「問題は背理法を使って解けば簡単なんですよ。あっ、おせっかい……でしたか……?」


 いいながらだんだんと心配になったのか、彼女はシュンとする。


「いやいや、少し驚いただけだよー。ありがとー」


「いえ、お気になさらずに」


 そう言って、何事もなかったかのようにまた本に視線を落とした。


 それにしても、あの問題の解き方が一瞬で分かる何てすごいな。自慢じゃないが、俺より頭のいいやつなんてこの学校には一人しかいない。学年首席の……えっと、誰だっけ? たしか女の子で髪が白かったような……。

 自分の頭のなかで整理していてようやく気付いた。あれ? この子、学年首席の子じゃね?


「あのっ、もしかして学年首席の人……ですか?」


 別に聞かなくても良かったが、意識せずに口からその言葉が出た。


「えぇ、一応そうですが……なにか?」


 再び本から顔を上げ、コバルトブルーのどこか悲しげな目が、俺を不思議そうな顔で見る。


「いや、別に。あの問題を一瞬で解き方がわかるなんてすごいなー、と思いまして」


「そうだったんですか」


「へー、そうだったんだ。頭いいんだね」


 ワークを解いていた翠が、ワークを解く手を止め、彼女を物珍しそうな顔で見る。


「ありがとう……ございます……」


「そう言えば自己紹介まだだったね。私は四月一日翠だよー。これからよろしくねー」


 まるで、これから絡んでいくからよろしくと言わんばかりに、そして、やはり語尾に『ー』を付けて自己紹介をした。


夜叉神やしゃじん千華ちかです。こちらこそよろしくお願いします」


 彼女――夜叉神さんは読んでいた本にしおりを挟み、ペコリと丁寧にお辞儀をした。


「夜叉神千華ちゃんかー。うーん、じゃあちーちゃんって呼んでもいい?」


「えっ!?」


「あっ、あだ名とか嫌だった? だったら普通に――」


「いえっ、そう言うわけではなくて……。『あだ名』を今まで付けられたことがなかったので、少し驚いていただけです」


 正直その言葉を聞いて、驚いているのはこっちもだ。あだ名を付けられたことがないなんて、今どきかなりレアなんじゃないか? そんなことを思いながら夜叉神さんを見ていると、翠がなにか言いたげな目で、こちらを見てきた。

 察しろってことね。


「えっと、俺――じゃなくて僕は木村和希。よろしく」


 たどたどしくも自己紹介をした。


「私は今川香織だよ。私も、ちーちゃんって呼ぶね」


「楡原大地です。どうぞよろしく」


「みなさん、よろしくお願いしますね」


「それにしても、何でちーちゃんは入学式の日に学年休んだの?」


 確かに。夜叉神さんが入学式の当日に休んだため、俺は新入生代表の言葉を急遽任された。


「あの日は体調を悪くしてしまい……。私の代わりに新入生代表の言葉を述べてくださった方に、実はまだお礼が言えていないのです」


「なんだそうだったのか。だったら気にしなくていいよ」


 俺が慰めるようにそう言うと、うつむきかけていた顔をガバッと上げた。


「あなたが私の代わりに新入生代表の言葉を言ってくださったのですか?」


「そうだよ」


「ありがとうございます!」


 夜叉神さんはやっと言えた、という達成感からか笑顔がにじみ出ていた。


「気にしなくていいよ」


「そうそう。こう言ったら何だけどー、ちーちゃんのお陰で和希の新入生代表の言葉ですごく笑ったからー」


「えっ、でも、先生方は良かった、と言っていましたよ?」


「端から見たらね。まさかギャルゲーの台詞だとは思わないだろうしね」


「ギャルゲー? 何ですかそれは……?」


「ちーちゃんは知らない方がいいと思う。詳しいことは喋った張本人に聞くのがいいと思う」


 そう言って翠はまた、ワークの問題を解き始めた。


 ギャルゲーと言う爆弾の説明を俺に任せて逃げたあと、ギャルゲーを夜叉神さんに教えるのにそれなりの時間を要した。

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