ゴールデンウィークが終わり、再び学校が始まった。

 いつも通りに授業を受け、弁当を食べ、また授業を受ければ学校などすぐに終わる。

 学校が終われば家に帰る、その生活が戻ってきた。


「和希、香織ちゃん。一緒に校門までだけど帰らない?」


 帰りのホームルームが終わり、バックを持ち香織と帰ろうとすると大地が提案してきた。


「いいよ。翠は一緒じゃないのか?」


 辺りを見回すが、いつも大地と一緒にいる翠の姿がない。


「委員会があるんだって」


「ふーん、じゃあ……帰るか。香織もいいよな?」


「うんっ」


「悪いね」


 何故か謝った大地に少し首をかしげたが、あまり気にするようなことではないだろう。




「――それじゃあ、また明日」


「おう」


「じゃあね」


 他愛のない会話をしていれば、校門までの距離は一瞬だ。

 ――さて、問題はここからだ。今の状況は、俺と香織の二人っきり。正直に言うと、息がつまる。

 この前香織に『気にしないで欲しい』と言われてからは、あまり意識しないようにしていたが、やはり会話がたどたどしい。

 たどたどしくも二人で会話をしていると、不意に頭になにか冷たいものがポツリと当たった。


「……雨……か?」


「そういえば今日は雨が降るって言ってたね。降りだすのは夜からだった気がするけど」


「とにかく急いで帰ろう!」


「そうだねっ」


 リュックを背負っていて走りづらいが、できうる限り全速で走った。




 まあ、結果的な話からすると雨は走っているときに土砂降りになった。そのまま帰るわけにはいかないので、途中のコンビニで傘を買うことにした。


「うげぇ、一本しかねぇ」


「しょうがないよ、あるだけまだいい方だと思うよ」


「買うか」


「私も半分出すよ、その代わり私も入れてね?」


 上目使いで、顔を覗き込むように言ってきた。まあ当然そんな姿勢になると、雨で濡れた制服のワイシャツから下着が透けて見えるわけで……、


「っ……! 分かったよ」


 恐らくたまたまなのだろうが、そのあざとさを前に、思わず顔を背ける。香織から傘の半分の代金をもらい、レジに向かう。


「ありがとうございましたー」


 そんな思っているのか、いないのか分からない店員の声を背に、コンビニから出て傘を開く。


「思っていたよりも大きいね」


「二人で入ったらぎゅうぎゅだろ」


「そうかな?」


「ほれ」


 傘を開いて、香織に傘に入るように促すと、俺の肩に当たるぐらいぴったりとくっついた。


「……歩きづらい」


「しょうがないよ、だって雨に濡れちゃうもん」


「そうだけど……」


「ほら、和くんももっとくっついて、そっちの肩が濡れちゃってるよ」


「無茶言うなよ」


 ただでさえさっき下着が透けて見えて、居心地が悪くなり、相合い傘の状態なのに、その上もっとくっつけとか完全に理性が崩壊が崩壊する未来しか見えない。


「む~~~~」


 そんな俺の態度が気に入らなかったのか、香織はさっきから少しほほを膨らませている。


「そうだ! えいっ!」


 突然なにかを思い付いたのか背負っていてたリュックを前にして、いきなり俺の目の前に入ってきた。


「ばっ、ちょっ、おまっ! なにしてんだよ!?」


「驚きすぎだよー」


 距離が近すぎて分からないが、恐らく笑っているのであろう。口に手を当て香織の白いつむじが動いた。


「だってこうしないと和くんが濡れちゃうもんっ」


 だからってわざわざ俺の目の前にくっつかなくてもいいだろ、と言いたかったが、俺のことを思っての行動だからあまり強く言い返すことができなかった。


「歩きにくい」


 少し不満を表すと、俺のがに股で歩いている姿を見て、次いで俺の顔を見た。


「なんだかこの距離感にも慣れちゃったね」


「……そうか」


 俺は全然慣れてないけどな! と心のなかで思わず叫んだ。

 てか、


「歩きづらいに関してなにか言うことはないのかよ……」


「うーん、頑張って?」


「なぜに疑問型なんだか。いいけどさ、言っただけだから」


 こんなこと言うのもなんだが、香織とくっつけるなら万々歳だ。

 今、この距離感だと、表情こそ見えないが、香織の吐息やら、いいにおいやら、時々当たる香織の背中と俺の胸を通じての体温等々、思春期男子高校生からすれば美味しいシチュエーションがてんこ盛りだ。


「がに股って足疲れるよね」


「そう思う気持ちが少しでもあるなら、横に来てくれ」


「がに股って後ろから見ると面白いよね」


「今まで隠してた俺の羞恥心を当てるな」


「うん、だから――」


 そう前置きをして、チラッと俺の方に振り返り、


「――ありがとう」


「おう」


 思わず気まずさのあまり、顔を背けてしまった。

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