お菓子

 一旦家に帰った香織と翠は、五分後にちょうど同じタイミングで俺の家に戻ってきた。二人とも白いビニール袋を持っていた。何故か翠だけ二袋だけど。


「タイミングピッタシだな」


「いやー、私と香織の関係って以心伝心だね!」


「以心伝心ってどういう意味なの?」


「相思相愛ってことさ」


 効果音にキリッとつきそうな顔で答えた。って!


「相思相愛だったらヤバイだろ、大地はどうなるんだよ!?」


「……全く話についていけない」


 そんな軽口を翠と交わしながらリビングに戻ると、早速翠がローテーブルの上に持ってきたお菓子をばらまいた。


「翠ちゃん凄い持ってきたね」


「お菓子は美味しいからね」


「あんまり食べ過ぎないようにね」


「大地は心配しすぎだよ」


 それにしても、ローテーブルが翠の持ってきたお菓子で半分ほど埋まった。ポテチにキットカット、ポッキーやら煎餅まである。


「お前これ全部食べたら太――」


「なんか言った?」


 凄い勢いでにらまれ、明らかに「言うな!」と遠回しに訴えてくる。……怖い。


「さーて、食べよー」


 その声を合図に、俺たちは各々お菓子の袋を開けていった。


「あっ、翠ちゃんが持ってきたこのお菓子美味しい!」


「でしょー、私もそのおかしとくに好きなんだー」


「このクッキーも美味しい」


「あぁ、それは僕が持ってきたんだ」


「へー、可愛い包装だね。どこで売っているの?」


「僕が作ったからどこにも売ってないよ」


「すごいっ、大地くんお菓子作れるんだ」


 大地は「暇潰し」と称して、料理をよく作る。たまにお菓子等を作るとおすそわけをしてくれることもある。


「――を入れると美味しくなるよ」


「そうなんだ、今度私も――」


 翠と香織、大地の他愛のない会話を聞いているのが楽しい。

 いつからだろうか、こんななんでもないことが楽しいと思うようになったのは。

 そんな感慨に浸っていると、翠が突然立った。


「どうしたんだよ?」


「ごめんっ、このあとご飯食べに行くの忘れてた。あとは三人で楽しんで」


 「じゃっ」と言って翠はさっさッと帰っていってしまった。


「相変わらず唐突だな」


「昔からそんな感じだったでしょ、翠は」


 そんな軽い会話を交わしたあとに大地も「さて」と言って立ち上がった。


「あー、僕もこのあと予定があるのを忘れていたよ。じゃあね」


「お、おい」


 何故か翠に続き、大地も帰ってしまった。


「いきなり帰っちゃったね」


「大地は絶対嘘だよな」


 何が目的なのか考えていると、俺と香織のスマホがほぼ同時に通知が来た出した。ロックを指紋認証で解除し、届いた通知を見ると大地からだった。


『二人の時間を楽しんでね』


 と、だけ書かれていた。


「なっ!? ……あいつ」


「どうしたの?」


 香織が俺のスマホをズイっと覗き込んでくる。その除きこんだ顔が少し赤いのは気のせいじゃないはずだ。


「何でもないよ」


 さすがにあのメッセージを香織に見せるわけにはいけない。香織が覗き込むより前に、スマホをスリープモードに戻した。


「にしても……このお菓子の山どうする?」


「うーん、案外つまみ食いしていればなくなるかもよ」


 つまみ食い程度では絶対になくならない量の気がするが、気にしたら負けだ。


「ねぇ、和くん……」


 この量のお菓子をどうするか考えていると、香織が話しかけてきた。嫌な予感しかしない。


「ん?」


「ポッキーを端っこから食べていくやつやりたい」


 ほら、言わんこっちゃない。


「一応聞くけどどんなやつだか知ってる?」


「えっと、二人が両端をくわえて食べていくゲームだよね。折ったり離したら負けなゲーム」


 ……知っているのに香織はやりたいのか。

 まあ、俺も香織とキスできる可能性があるんだから、別にいいけど。


「じゃあ……」


 俺はローテーブルの上にあったポッキーの袋から、一本のポッキーを取り出す。

 そしてそれを口にくわえ、


「ほれ」


 香織は俺がくわえていない、もう片方をくわえて「せーの」と合図をし、少しずつかじり始めたが、


「はふぅ」


 合図をしたとたんに香織がポッキーから、口を離した。


「一口目から口離したら永遠に食べられないぞ」


「い、今のは練習。つ、次はちゃんとやるもんっ。そうだっ、負けた方が勝った方の言うことをなんでもひとつ聞くのはどう?」


「いいけど……」


「決まりだねっ」


 そう言って今度は香織がポッキーを俺に差し出した。

 そして俺がくわえ、「せーの」と合図をした。今度は香織も口を離すこともなく順調だ。……順調なのはいいんだけど。

 なんせ、ポッキーはたった数十センチしかない。その距離だけでも近いのに、だんだんとかじっていくと更に顔と顔との距離が近くなる。

 明らかに顔が赤い。目をつぶりそうになる。その気持ちは香織も同じのようで、半開きの状態でやっていた。

 思わず恥ずかしさのあまり口を離しそうになるが、なんとか持ちこたえた。

 俺が一口囓り、次は香織が囓る番なのだが、いっこうに囓らないのでつい「おい」としゃべってしまった。その反動でポッキーが折れた。


「私の勝ちだね」


 目をゆっくり開けながら香織が、勝ち誇った顔で微笑んだ。


「ずるいぞ」


「でも、ポッキー折ったのは和くんだよ?」


「ぐっ! ……俺の負けだよ」


「やったー」


 負けはしたが、なにも無茶なお願いはしないだろう。結果的にはやって良かった……のか?


「ねぇねぇ、もう一回やらない?」


「やらんわ!」

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