観覧車

 時計の針が13時を超え、そろそろ空腹になったので昼ご飯を食べることになった。何を食べるか決めかねていると、


「――ピザが食べたい。お昼ご飯はピザはどうかなー? それでなくてもイタリアンがいい!」


 翠がそう提案してきた。俺たちも特に食べたいものや店がなかったので、その意見に賛成した。

 スマホで近くにあるイタリア料理のお店のリストを何件かだし、そのなかでサラダビュッフェ付の店に入った。

 店内はお昼時が過ぎたためか、客があまりいなくて静かに食事をすることができた。

 四人で一枚づつピザを頼みそれぞれ分けて食べた。


 そして昼ご飯を食べ終え、俺たちは目の前にある遊園地――コスモワールドに来ていた。

 ついて早々にメリーゴーランドに乗りたいとのことで荷物を片手に翠に振り回された。

 そんなこんなしているうちに四時が過ぎ、今度はコスモワールドから出て、パンケーキ専門店に行くなど、翠に振り回されっぱなしだった。

 しかし、それが嫌なわけでは決してなく、逆に翠のお陰で退屈せず楽しむことができた。


 ただ、そんな楽しい時間が永遠と続くわけもなく、辺りは暗くなり始めた。


「最後に観覧車に乗って夜景を見て帰ろうよ!」


「私も乗りたい! 和くんと大地くんはそれでもいいかな?」


 もちろん俺は香織との約束もあるので賛成し、大地も「僕も乗りたいな」と言ってさっさと歩き始めた。


         ◇ ◇ ◇


「うわぁ、すごい混んでるね」


 香織の言うとおり、観覧車の乗り場には多くのカップルや子供連れの親子などがいた。


 さらにそのあと、透明なゴンドラに乗る専用の列で待ったため、やっと観覧車に乗る頃には辺りはすっかり暗くなっていた。

 ちなみに、翠と大地は透明なゴンドラには興味がないのか、俺たちよりも先に乗ってしまった。大体今頂上の辺りであろうか、合流の方法は特に決めていないが、なんとかなるだろう。





「――すごい景色だねっ、綺麗だなー」


 俺の対面に座っている香織は、ゴンドラの外の景色を楽しんでいた。


「回りの景色が凄い綺麗だな」


 ゆっくりと回る透明なゴンドラのなか、香織は久しぶりに乗れたことが嬉しいのか、テンションが普段よりも高かった。

 当然乗っているのは透明なゴンドラ、足元まで透明なのでアトラクションなどの灯りできらびやかに彩られている。


 このまま何事もなく観覧車を降り家に帰れる、と先の予定が見えたことで少し気が緩んだ。

 そして、四分の一ほどが過ぎたとき、香織が「……ねぇ」と俺に声をかけた。

 


「和くんは……さ、好きな女の子はいないの?」


「えっ……!?」


 「俺の目の前に座っているあなたが好きです」等と言えるわけもなく、


「……いないよ」


「そっか……」


 なにか含みのある答え方をした香織は、再び外の景色に見入った。


 そのあと俺も香織も沈黙のまま外の景色を見ていたが、ちょうど頂上に差し掛かったとき、ゴンドラが傾いた。

 隣を見ると、香織が顔を少しうつむけて座っていた。


「どうしたんだよ」


「キスって……したことある?」


「何でそんなこと聞くんだ?」


「私はしたことがないから、和くんはあるのかなぁと……」


「……あるわけないだろ。そもそもそんな相手がいない」


「……ならさ」






「――私とキスしない?」






「……………………はい?」


 長い沈黙の末、俺が発した言葉はそんなまぬけな声だった。


「ほらっ、私もしたことがないし、学校で皆に聞いたけど一回はあるって言ってたから、私だけしたことがなかったから……」


 だんだんと小さくなるその声にあわせ、香織が赤くなる。

 その話が嘘だか本当だかはわからないが、キスをしたい気持ちだけは本当のようだ。


「だから……キスしようよ、和くん」


「いやっ、あのっ、そのだなぁ……」


「私のことさんざん顔を真っ赤にされてきたんだから、私からの仕返しだよ」


 そういいながら香織は目を瞑り、俺に「はよせい」と言わんばかりに唇を差し出した。


 夜景のなかでもわかるそのプルっとした唇、少しピンクを帯びた赤い唇、そんな唇に今から俺が……今から重ね……、


 そんな脳内での思考の長さに耐えかねたのか、香織はパチッと目を明け俺の唇に自分の唇を重ねた。


「んっ……」


 香織がそんな声を漏らした後、重ね合わせた唇をはなし俺を上目使いで見る。


「和くんからもやらないと不公平だよ」


 もう一度目を瞑り、唇を差し出した。

 香織にも心臓の音が聞こえるのでは? というほど音を上げ、そして……、


「……ありがとう、和くん。さすがに二回目の方が緊張はしなかったね」


 香織の声で途切れてしまった思考が再び動き出した。まあ、そんなわけで俺は、幸か不幸か二回目のキスは全く覚えていない。


「二回目は香織からしなかったからだろ」


「むー、そうだけど……そういえば」


 ふと、このゴンドラの乗った理由を思い出したようだ。


「もう怖くないんだね?」


「怖くないさ」


 心の中で「香織が隣にいるから」と、そっと付け加えて。


 それっきり、俺と香織が超至近距離で座ったゴンドラは沈黙に包まれた。


 もうそろそろで終わりを迎えるこの景色も、半周目に比べ、綺麗なような気がした。

 

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