膝枕
香織・翠一緒に映画に行った次の日、俺は一階からの食べ物が焼けるにおいで目を覚ました。
ガチャリといつものようにリビングの扉を開け、キッチンを見ると、茶色のエプロンを着けた香織がいた。
「おはよう、和くん」
俺が入ってきたことに気づいたのか、手を動かしながら顔だけこちらに向け挨拶をしてきた。
「おはよう、なに作ってるんだ?」
「今日のお昼ご飯。暇だったら作ってもいいよって和ママが言ってくれたから」
「そっか、もう昼御飯の時間か」
とくに驚くこともなく顔を洗うために、リビングの横からつながる洗面所で顔を洗う。
顔を洗い、再びリビングに戻るとテーブルの上には
香織と一緒に他愛もない話をしながら食事をしていると、最初は食べられるのか不安だったがいつの間にか消えてしまっていた。
「ふー、洗い物疲れた」
そう言って、香織はソファーでテレビを見ていた俺の横に座った。
「ありがとう」
「う……ん……」
香織がソファーに座ってすぐに、俺の肩にこてんと頭が預けられた。
「おい、香織」
「起きろ」と言おうと思い、途中で言いとどまった。新しい環境・友達関係での生活などで疲れているのだろう。それにお昼ご飯まで作ってくれたのだ。その対価としてこれくらいはいいんじゃね? と思い、頭の位置が辛そうだったのでソファーにゆっくりと移動させた。
◇ ◇ ◇
「ん……、ふゎあ……え?」
香織は目を覚まし、少し頭を動かし俺の
「おはよう」
「な、何で私が和くんに膝枕されてるの?」
「座ってすぐに俺の肩に寄りかかってきたから、そのままソファーの上で寝かせようとしたら、俺の膝から離れなくてこうなった」
平然とした振りをしているが、けっこう恥ずかしい。
「どのぐらい寝てた……?」
「大体一時間ぐらいじゃなかな。可愛かったよ、寝顔」
いじり半分(もう半分はお察し)にそういうと、香織は顔をみるみるうちに赤くさせた。
「っ~~~~! そうだ!」
「ん?」
「和くん、私にも膝枕させて」
「はい?」
「私だけ恥ずかしいのは不公平だもん、だから和くんにも膝枕の恥ずかしさを知ってほしいから、和くんを私が膝枕してあげる!」
恥ずかしさがピークなのか、一気にそうまくし立てた。俺も恥ずかしいんだけどなぁ……。
いや、まあ、好きな子の膝の上で寝れるから俺は香織がああいってるから構わないんだけど。
「じゃあ、よろしくお願いします……」
柄にもなく香織に対して緊張しているのか敬語になった。
「……うん」
香織はソファーの端に座り、俺の頭をのせるのを促すように手で太ももをほれほれと、ぽんぽんと叩いた。
半ば恐る恐る香織の太ももに頭をのせた。さすがに上を向く勇気はなかったから横を向いているが。
太ももの上は香織の体温で温かく、ふにっとしていた。
(誰も見てないのはわかっているけど、恥ずかしい……)
そんな俺の気持ちを無視するかのように、香織は俺の頭を
「そんなに楽しいのか?」
「和くんの髪の毛はいじっていて楽しいよ」
そういいながらも、俺の髪をいじる手は止まってはいなかった。
香織の細く長い指で梳かれるのは、なぜか睡眠欲を引き立てた。
「ヤバい、眠くなってきた」
「寝てもいいよ、起きるまでちゃんと膝枕しててあげるから」
香織の優しい声音に安心してしまい、
「ありがとう……」
その声を最後に俺は目を閉じた。
◇ ◇ ◇
カラスの鳴く声で目を覚ました。窓の外、薄いレースのカーテンの向こうを見ると、きれいな赤色に染まっていた。
頭が誰かに撫でられている、それを感じた瞬間に顔が赤くなる。
「おはよう、和くん。今日二回目だね」
なぜか嬉しそうなこえが後ろから聞こえた。
「おはよう。飽きないのか?」
香織の手はまだ俺の髪をいじっていた。
「途中でほっぺとかぷにぷにしてたから、全然飽きてないよ」
香織の顔は見えないが、恐らく満足はしているのだろう。
「そろそろ帰らなきゃならないんじゃないか?」
テレビの横においてある電波時計の時間は、俺が最後に覚えている時間の一時間半後を指していた。いくら家が隣だと言っても、暗くなってから帰るのは不味いだろう。
「そうだね。でも、もうちょっとだけ」
「ん」
名残惜しそうなその声に負けて頷いた。
「あ、そういえばさっき私は仰向けだったから、和くんも仰向けにならないと公平じゃないよね?」
その声はうきうきしている。見なくてもわかる、今香織はニヤニヤしている。
「いやっ、それは……」
「は・や・く」
頬をペチペチと叩かれ、しぶしぶながら仰向けになった。
仰向けになると香織が俺の顔を見て、
「顔が赤くなってるよ」
「夕日のせいだよ……」
当然嘘だ、恥ずかしいくて顔が赤くなっている。
「そっか……」
「香織こそ顔が赤くなっているぞ」
「夕日のせいだよっ」
俺に向けていた目をふいっと俺から反らした。
「そっか、そうだな……」
そんなこんなで香織が帰ったのは、それから三十分後だった。
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