映画

 ピピピピピピピピピ!!!! バンッ


 朝。目覚ましのけたたましく鳴り響く音で目を覚ました。

 歯磨きをし、親がいないので一人で朝ごはんを食べ、外出用の服に着替えた。

 いつもは布団にくるまっていることが好きだが、今日だけはしっかりと起きた。

 そう今日は――、


「おはよー、和希。こないだのリベンジに行こう!」


「おはよう。朝から元気だな、翠」


 こないだのリベンジ――翠と約束していたアニメ映画に見に行く日だ。もともとは月曜日に行く予定だったが、いろいろあって延期になった(『修羅場?』参照)。


「えっと、おはよう。和くん……」


 翠の後ろから香織が顔を覗かせた。本当は翠と二人で行く予定だったが、今朝翠から連絡があり香織も一緒に行くことになった。


「おはよう。それにしても良かったのか? 今日見に行く映画、香織が楽しいかどうかわからないぞ」


「大丈夫だよ。昨日の夜に翠ちゃんに電話で、大体のストーリーを教えてもらったから」


 翠を見ると、してやったりという反応をしていた。布教に成功したオタクの顔をしている、オタクだけど。


「それじゃあ行こう」


         ◇ ◇ ◇


 最寄りの駅に着くと、土曜日の通勤時間帯ということもあり、これから遊びに行く学生や、仕事に行く社会人などでごった返していた。


「私お手洗いに行ってくるね」


「おー、まだ電車来ないからゆっくりでいいぞ」


「和くんのえっち……」


 そう言い残して香織はトイレに入っていった。なにが不味かったのか全くわからない。


「女心ってものを分かってないねー、和希は」


 呆れ半分に翠が煽ってきた。


「翠みたいなのばっかと接してると、女心なんて分からないんだよ」


「ほほーう、私が女に見えないと?」


 ショックというより、その煽りに乗ってやる! というのりで睨んできた。


「さて、かおりんがいなくなったから少し真面目な話をするよ」


「真面目な話?」


「そう、真面目な話」


 さっきまでのおちゃらけた雰囲気から一転、急に真面目に語りだした。


「和希はさ、何でかおりんが今日一緒に映画に来たのか知ってる?」


「いや、知らない」


 そもそも香織が今日一緒に行くと知ったのは、集合時間の三十分前だ。知るよしもない。


「和希のためだよ。昨日の夜にいきなりかおりんから電話がかかってきて、和希の趣味を教えてくれって言われて」


「――」


「ほら、私と和希は共通の趣味があって、大地は男だから付き合いがあるだろうけど、かおりんとはただ『幼馴染』っていう形だけしかなくて、私や大地みたいなのが一個もないから少し焦っちゃったんじゃないかな」


 俺は、香織とはとくに共通の趣味がなくても心配はしていなかったが、香織は違ったようだ。

 俺との幼馴染だけの関係に不安に思ったから、今日一緒に行くと言ったのか。


「だから、その……かおりんのことも考えてあげてね?」


「……分かっているよ」


 恥ずかしさのせいか、少しぶっきらぼうに言った。


「それにしても」


「?」


「いつの間に『かおりん』って呼び名になったんだ?」


「うっ、いやーほら。ガールズトークに花が咲いた結果というかなんというか……」


「俺の変なこととか話したりしてないだろうな?」


「ハナシテナイヨ」


 嘘だな、後で香織にも聞いてみよう。

 まあ、何はともあれ香織と翠の仲が良くなることはいいことだと思う。


「おまたせー。あれっ、和くん何かあったの?」


 香織がトイレから戻って来ると、俺をいぶかしむ目で見てきた。


「何でもない、ほらっ、さっさっと行くぞ」


「え? あ、うん」


         ◇ ◇ ◇


 俺たちが今日見る予定の映画は、ラノベ原作のラブコメ作品で、アニメシリーズの第二期も決定している人気作品だ。

 目的の駅で降り、駅ビルからそのまま屋内を通って映画館に着くと、独特のキャラメルポップコーンの臭いがした。


「すごい甘いにおいがするね」


「映画館のにおいだな」


「チケットの発券しようよー」


 チケットの発券が終わり、俺と翠はパンフレットを買った。あとは入場開始を待つだけというところで香織が緊張したおもむきで話しかけてきた。


「か、和くん、ポップコーン買わない?」


「いいよ、翠は?」


「私も買おうか……あーそういうこと。やっぱりいいや、二人で仲良く買ってきてー」


 明らかに何かを思い付いた顔をしていたが、追求するとこっちの身が持たなそうな気がするのでやめておく。


 そして、入場口で特典の小説をもらいちょうど読み終わった頃に、映画が始まった。


         ◇ ◇ ◇


「うーん、良かったね! 和くん」


「あ、あぁ」


 映画館の暗い場所から明るい外に出て、俺も体をひねったりした。


 映画は、原作の内容が少し削られてはいたが、その分オリジナルストーリーもありかなり楽しめた。

 ちなみに、ポップコーンを食べていると、たまに香織と手が当たったりして、さらに見ているのがラブコメということもあり終始耳が赤くなってしまった。翠が食べないと言った理由はこれだな。


「これは来週も行かなきゃダメだな」


「え、来週も行くの?」


 香織が驚いたような顔で、髪を風になびかせながら振り返った。


「来週の入場者特典はポストカードなんだよ。これがあと五週も続くんだからファンとしては毎週行きたいだろ? 内容も良かったんだし」


「そ、そうなんだ。すごいね……」


「心配しなくて良いよ、かおりん。和希みたいなのは滅多にいないから」


 翠が香織をフォローするが、俺にとってはただの煽りにしかなってない。

 まあ、実際俺も毎週劇場に足を運ぶようなことは俺もほとんどない。


「さて、映画も終わったしショッピングをしよう、かおりん!」


「おー!」


「え゛」


「もちろん和希も行くよね?」


「いや俺は――」


 行かない、と言おうとすると翠が耳元で、


「かおりんの可愛い洋服姿見たくないの?」


「っ!? しょうがない、行くか……」


 渋々、本当に渋々そう答えると香織も翠も上機嫌で歩き始めた。

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