係決め

「それじゃあ今日はクラスの係決めをしたいと思います」


 先生がそういったのは、卒業式があった週の金曜日の最後の時程。

 この時間が終われば、二日間は自由だと考えると気が楽になるが、


(全然決まらないやつだよな、これ)


 そう、係決めは簡単には終わらない。小学校然り中学校然り、誰かが嫌な思いをしなければこの時間は終わらない。恐らくそれは高校でもそうなのだろう。

 先生が「まずは男女一人ずつ学級委員を決めます」といった途端に、クラスではしゃいでいたやつが一斉に黙り混み、先生と目を会わせまいと下を向いた。よくあるやつだ。


 「はい!」と一人が元気よく手を上げた。のはいいんだが……、


「私は、木村君が言いと思います!」


 ……はい?

 不意を突かれたため、思わず声が出たかもしれない。

 手の上がっている席を見ればそこは翠の席だった。予想できなくはなかったが、本当にやるとは思っていなかったから思わずたじろぐ。


「どうして木村くんが良いと思ったの?」


 勝手に決めるのはよくないと思っての質問なのだろう、先生が翠に聞いた。


「木村くんとは小学校の時から同じで、責任感があり新入生代表の言葉でも臨機応変に発言できていたからです」


「……そう。木村くんやってくれる?」


 先生が俺を見た。クラス中の視線が俺に集まる。


「…………はい」


 先生の「お願い」という懇願した目の前では抗うこともできずに引き受けてしまった。


 パチパチパチとクラスのやつらが手を叩いたが、正直全く嬉しくない。してやられた感が満載だ。翠はというと手を顔の前で合わせて謝っていた。


「じゃあ木村くん前に出て進行をお願いしてもいい?」


「はい」


 こうなることもある程度は予想していた。何で、学級委員だとクラスの進行しなければならないんだろう。

 ガタッと椅子を引き、黒板前にたった。


「女子で学級委員やってくれる人ー」


 しーん。

 だよね、分かってた。

 さて、どうしたものかと考えていると、一人が白い手を挙げた。


「私がやります」


 おずおずとその白い手を挙げたの人は、


「……香織」


 そう香織だった。俺が学級委員をやるから手を挙げたのか、はたまた本当にやりたかったのかどうかはわからない。だが、知らない人と一緒にやるよりは、知っている人と一緒やる方が安心できる。


「今川さんに決定でいいですか?」


 クラスに問うと賛成の拍手の音が鳴り響いた。

 香織はその拍手の中、俺のとなりに立った。


「もう一度自己紹介をすると、木村和希と――」


「今川香織です」


 そう挨拶をすると、もう一度拍手が起こった。

 その拍手に紛れて香織が耳元で囁いた。


「学校でもよろしくね、和くん」


「っ……!」


 その声音は喜びの終えに満ちていて、みんなの前にたっているのも相まって顔が赤くなった。




 学級委員が決まった後の図書委員やら体育委員などは、かなりすんなり決まった。

 仲の良い友達同士で決めたり、可愛い子と同じ係になるためにじゃんけんをしたりといろいろあった。


「意外と早く終わったから、今日は終わりにしてホームルームを始めましょう」


 先生のその言葉と共にクラスが喜び声に満ち、やっと終わったとばかりに俺は自分の席に戻った。

 香織はというと何故か終始ニコニコしていた。


         ◇ ◇ ◇


「いやー、まさか香織ちゃんが学級委員になるとは思わなかったよー」


 俺と香織と翠と大地の四人で帰っているときに、翠が先の話を持ち出してきた。


「僕も少し驚いたね。香織ちゃんは人前に立つのが苦手そうなタイプに見えたから」


「そ、そうかな……」


 当の香織はというと、何故か挙動不審に陥っていた。


「まさか衝動的に手を挙げたのか?」


「うっ」


 どうやら当たっていたようだ。


「しょ、しょうがないじゃん! 私が手を挙げてなかったら誰かが和くんの隣に立っていたんだよ、そんなの……嫌だよ……」


 その大きな声につられるように後ろを向くと顔を真っ赤にさせながら、しかし顔だけはしっかりと俺の目を見て訴える香織の姿があった。


「――」


「う~~恥ずかしいっ。早く帰ろう!」


 照れ隠し、だろうか。足をさっさっと進ませて行ってしまった。


「ひゅー、愛されてますなー」


 翠が煽るように耳元でそう呟くと、「待ってよー、香織ー」と走って香織のもとに向かった。


「早く行かないと本当に置いていかれちゃうよ、和希。ほら、行こう」


 いつもの爽やかな顔で大地が促すが、俺の足は動かない。


『そんなの……嫌だよ……』


 そのときの香織の顔が、フレーズが、声音が頭から離れない。


「? どうしたんだい?」


「ん? あ、いや、何でもない。行こう、早くしないと置いていかれる」


 見れば香織と翠の姿はかなり小さくなっていた。


 遠ざかっていく香織の茶色い髪を見ると胸が苦しい。それを誤魔化すように走った。

 俺がふと後ろを見ると、大地も走って俺を追いかけてきた。


(大地、足速いな)


 そんなことを思いつつ、二人を走って追いかけた。




 そのときはまだ俺は気がついていなかった。『恋』と言う名の病に身体がむしばまれていることに。

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