買い食い

「ねぇ、ねぇ和くん。買い食いしてみない?」


 そんなことを香織が口にしたのは、ちょうど午後の授業も終わり、下校しているとき。いい感じに小腹がすく時間だ。


「なんでまたいきなり?」


「制服姿で買い食いって、なんか青春してるって感じでかっこよくない?」


 確かによく青春もののドラマなどでは、下校とちゅうに買い食いをするシーンをよく見る。


「行くのはいいけど、どこがいいんだ?」


 今俺たちが歩いている場所は、買い物や学校帰りの人たちが行き交う商店街だ。それなりの店が揃っているので、選択肢はかなり多い。


「それならもう決めてあるんだ」


 「楽しみにしててね」と言い、自信満々の顔で俺の腕を急かすように引っ張った。


         ◇ ◇ ◇


「あぁ、ここか」


 俺たちが立っているのは、とあるパン屋の前。小さい頃に香織と来たことがある。中に入ると「いらっしゃい」と奥から声が聞こえた。そこには前見たときよりも皺の増えたお婆さんがいた。お婆さん以外の時の流れが止まったかのように、店内の様子はなにも変わっていなかった。


「懐かしいな……」


「そうだね。よく二人で半分ずつお金を出して、メロンパンを買ったよね」


「今の俺の腹じゃ、半分だと全く足りないけどな」


 そう言って俺は何を買おうかと、店内を物色した。


「ありがとう、また来てね」


 会計を済ませ店を出ると、香織が待っていた。


「待たせた。確か近くによく遊んでいた公園があったはずだから、そこで食べるか」


「うん」


         ◇ ◇ ◇


 数年ぶりに来た公園の雰囲気は、面影こそ残っているが俺たちが遊んでいた頃の名残はなくなっていた。

 公園内にあった比較的新しいベンチに隣り合わせに座る。


「和くんはなに買ったの?」


「メロンパンとアップルパイ」


 さっきの香織の会話でメロンパンが忘れられなくなり、あれこれ考えた結果にメロンパンを買った。アップルパイは単純にメロンパンだけだとお腹がたまらない気がしたので買った。


「香織はなにを買ったんだ?」


「私もメロンパンだよ」


 ガサガサと茶色の紙袋から、俺と同じくメロンパンを出した。「いただきます」と声を揃えて言い、メロンパンにかぶりついた。


「ん~~~~、美味しい!」


「なんだか懐かしい味がするな」


 数年ぶりに食べたメロンパンは昔と全く味が変わっておらず、懐かしさが出てきた。


「やっぱりパン屋さんのパンが一番美味しいねっ」


「そうだな、出来立てで温かいし。スーパーに売っているパンだとこうはいかないからな」


 現に俺たちが今食べているメロンパンも出来立てなのか、サクッとしていて中はふかふかしていて温かい。

 メロンパンを食べ終わり、アップルパイを食べようとすると香織から視線を感じた。生地をボロボロさせながら二等分にし、香織に差し出した。


「え、いいの?」


「小さい頃を思い出したんだよ、二等分にするのも随分うまくなっただろ?」


「うん、ちゃんとできてるよ」


 小さい頃は俺が二等分にする担当だった。しかし、綺麗に半分にできなくていつも香織が小さい方を食べてくれていた。だが今は、大体同じぐらいの大きさに分けることができた。


「えへへ、ありがとう」


 嬉しそうに俺の手からアップルパイを取り、頬張った。


「あつっ、でも美味し~~」


 俺も口にすると、ザクッという気持ちの良い音と共に、中から白い湯気がたった。


「これも美味しいな」


 そのあとは特に会話もせず、最後まで食べた。


「美味しかったね」


「そうだな、たまに行くのもいいかもしれない」


「そのときは一緒だよ」


「わかってるよ」


 そろそろ陽が半分ほど沈み、少しずつ暗くなってきた。立ち上がろうとす時、唐突に香織が呟いた。


「私たちの思い出の場所が消えちやったね……」


「……」


 その声音は落ち込んだときの香織のものだった。

 確かに辺りを見回すと、俺達が遊んでいた頃には無かったような家が立ち並び、公園こそ面影を残すがその他は全く変わっていた。でも、


「消えたんだったらその分だけ増やせばいいだろ。幸いこの先三年間はずっと同じ高校なんだ、もしまた引っ越すことになれば俺の家に居候すればいいだろ。だから……その……心配するな」


「……うん、ありがとう!」


 その声には先程の寂しさは一切なく、嬉しさと喜びで溢れていた。


「っ、帰るぞ」


 なんだか恥ずかしくなり、さっさとベンチにおいてある鞄を手にし、公園の外に歩き出した。


に手を繋いで帰ろうよ」


「なんでまた」


「えー、忘れちゃったの? 小さい頃はどこかに出掛けるときは手を繋いでたじゃん」


 「小さい頃の手を繋ぐと、高校生の手を繋ぐとじゃ意味が違うだろ!」と言おうと思ったが、香織の可愛さに負けた。


 「ん」と言いながら手をかざすと、満面の笑みで香織はその白い手をわざわざ恋人繋ぎにしてきた。今さら恥ずかしいとは言えないのでそのままにした。

 帰るにはまた商店街を通らなくてはならないが、そこでも手を離すことはなく、結局香織の家の前まで手を繋いで帰った。

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