入学式
「私が新しく君たちの担任になった
先生は黒板にきれいな字で名前を書いた。
「この後はすぐに入学式が始まるのでトイレに行きたい人は今のうちに行ってきてください」
俺は別に行きたいわけではなかったが、大地に「行かない?」と誘われたため一緒についていった。
「和希は香織ちゃんのことをどう思っているの?」
トイレに向かう途中の廊下で爽やかな顔をしながら、しかし内容は俺にとって爽やかではない質問をされた。おそらくトイレに行くというのは口実で、こっちが本題なのだろう。
「どうって言うと?」
「好きか嫌いかってことだよ」
予想通りではあったが、てっきり大地には恋愛関係の話には興味がないと思っていたので内心少し驚いている。
「やっぱり好きなのかな?」
「……」
正直に答えるべきなのかどうか迷ってしまう。大地は秘密をバカにせずに受け止めてくれると思っている。だが、自分の本当の気持ちを他人に告白するのも恥ずかしくて。
「そっか、言わなくてもいいよ。わざわざ親友に、口に出してまで言わせるようなことでもないからね」
「……助かるよ」
「うん」
「でも――」と忠告するようにこう続けた。
「香織ちゃんを狙っている男子は多かったみたいだから気を付けた方がいいよ。僕らが話しているときに、結構香織ちゃんに視線が集まってたから」
大地は俺が香織を好きなことをわかっている。だが、そこに深く干渉しないところに優しさを覚えた。
「何かあったの和くん? 難しい顔してるよ。私に相談してみてよ」
トイレから戻ってきてから、延いては体育館への移動中も大地の『気を付けた方がいいよ』という言葉が忘れられていなかった。
「香織は俺のこと、どう思ってる?」
「ふぇ?」
言葉にして気づいた。さっきの大地の言葉が忘れられなくて、ついこんなことを口走っていた。
「いやっ、あのっ、これは、そのだな……」
「……な人……かな」
「え?」
「大切な人だと思ってるよ。私にとって和くんはなくてはならない存在。だから、その……」
いつの間にか歩くのをやめた香織は、赤くなった顔を伏せ、指先をくるくるさせながら、
「ずっと一緒にいてね、和くん」
恥ずかしさを含めながら、しかし確固たる意思を俺に告げた。
「あぁ、そうだな。俺も香織と一緒にいたい」
「――」
「あのー、お二人さん。ちょっといいですか?」
少しだけ、ほんの少しだけ感慨に浸っていると、横から翠が首を突っ込んできた。
「なに?」
「ここ学校だからさ、少しは考えようよー」
言われて回りを見渡すと、俺たちを中心に木明な円が出来上がっており、クラスメイトや先生までもが歩くのをやめ、物言いたげな顔で俺たち二人を見ていた。
「はっず」
香織だけではなく、俺まで顔が赤くなった。
「和希もさらりとすごいこと聞いたねー」
「あんまり言うと怒るぞ、翠」
「ごめん、ごめん」
◇ ◇ ◇
入学式も校長の長い話が終わり、後は新入生代表の言葉を残すのみというところでハプニングが起こった。
『続いて新入生代表の言葉。長崎有……え? 今日学校休み!? ごほんっ。失礼しました。本日新入生代表の言葉を行う生徒が欠席のため、次席の木村和希さん、お願いします』
……は? 俺?
『前にお願いします』
名指しで呼ばれたからには拒否できるはずもなく、仕方がなく前に立った。
何を話すかなど一切決めていない。というかこんなことを誰が想定できただろうか。
だが、俺にはひとつだけ解決案があった、それは。
『暖かい春の日差しに恵まれ(ほんとは曇りだけど)、私たち新入生はこの伝統ある高校に無事入学することができました。真新しい制服に身を包み――』
◇ ◇ ◇
「和くん、和くん。すごいね、即興であんな言葉が出てくるなんて!」
入学式も無事終了し、教室に帰るときに香織が興奮しながら話しかけてきた。
「いやっ、まぁ。その場で思い付いたにしては結構――」
「いやー、和希。まさかギャルゲーの入学式イベントのセリフを丸コピして言うとは思わなかったよー。笑いをこらえるのに必死だった」
翠め、わざとらしく俺の言葉に被せてきやがった。
「だから、翠は和希がしゃべっているときに肩を震わせていたのかな」
「ギャルゲー?」
そう。俺がさっき喋った内容は全てとあるゲームの入学イベントのセリフである。翠とも何度かやったことがあるルートなので覚えていたのだろう。
「じゃあ、和くんは即興で喋った訳じゃないの?」
さっきまでの興奮した顔が一瞬で残念そうな顔になった。
「そうだけど、しょうがなくね? これしか方法が思いつかなかったんだから」
「確かにあの状況ではパクったとかはどうでもよくて、ちゃんと言えることに意味があるからねー」
「だよね! そうだよね! やっぱり和くんはすごいよね。代表の言葉も言えるし、次席だし」
まるで自分のことのように喜んでいる香織の顔をみると、これからも、この笑顔をずっと隣で見ていたいという気持ちがだんだんと高まっていった。
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