間接キス
布団の中という空間はいい。ポカポカしていて起きなくてはと思っていても、起きれない。
ただ、早くその空間から抜け出さない場合、代償がつくが。
「急げ―――――――――――――――っ!!」
「もー、なんで入学式の日から寝坊なんてしちゃったのかな~~」
今日もまだ春休みのつもりをして、ベッドで二度寝(もしくは三度寝)をした。しかし、窓の外から「和くーん、今日は学校だよー。一緒に行くんでしょー」という香織の声で目を覚ました。
「いいから、早くその足を回せ!」
「かっ、和くん、私疲れちゃったから手を繋いで?」
顔を赤くしながら香織が左手を俺に向けてきた。
「手でもなんでも繋いでやるから急げ!」
「う、うん。えへへへ」
本当に疲れたのかどうかは分からないがこの際どうでもいい。香織の細くて小さな手を繋いで高校の入学式に全力ダッシュした。
「セーフ、かな?」
昇降口でクラス名簿をもらい、教室に入ると同じクラスであろう人たちがガヤガヤ話していた。
教室に入ると奥の方から俺を呼ぶ声が聞こえた。
「遅いぞー、和希」
「しかたがないだろ、寝坊したんだよ」
声の主は翠。一緒に話していた整った体格(ようはイケメン)の男子を連れて話しかけてきた。
「どうせ香織ちゃんも走らせたんでしょ。あ、おはよう和希、香織ちゃん。」
「おはよう、翠ちゃん。それより……」
香織は翠の隣に立っている男子をチラリと見た。
「あ、こいつは私の彼氏の――」
「はじめまして。君が和希の幼馴染さん? 僕は
「今川香織です。こちらこそよろしくお願いします」
「うん、よろしく。和希もおはよう」
「なんか取って付けられた気もするが……おはよう」
爽やかな笑顔で俺に挨拶をして来た。取って付けたような挨拶をされても嫌な気がしない、イケメンの特権か。大地は運動ができ、勉強も普通よりできる優秀なやつだ。
小四の時にはじめて同じクラスになったときは少し抵抗があったが、翠が大地と俺を遊びに誘ってくれたお陰か、大地との抵抗はすぐになくなった。
「それよりも香織本当に大丈夫か」
香織は走ったことが疲れたのか、額に汗をにじませていた。
「大丈夫、大丈夫。なんか男女二人で手を繋いで登校するのって青春してるって感じがしてむしろ楽しかったよ」
その顔は疲れた気持ちよりも本当に楽しかったという気持ちが大きいように感じた。
「ほれ」
俺はリュックから、家を出るときに急いで冷蔵庫から引っ張り出したペットボトルを香織に差し出した。
やはり多少疲れていたのかペットボトルの水はすぐに半分ほどなくなった。
「ありがとう、和くん。はい、和くんも飲まなきゃダメだよ」
そういって香織はペットボトルを俺に差し出してきた。
「いやっ、その、それ俺が飲んだら……」
「水分補給はしなきゃダメなんだよ!」
「ハイ」
いつもより少し語彙の強くなった香織を前に抗うことはできず、なるべくペットボトルに少しだけ口をつけてのんだ。香織は間接キスに抵抗がないのだろうか、この前ハンバーグを食べに行ったときも特に緊張したようすはなかったが。
「美味しい?」
「あぁ」
そのときのペットボトルに入った水は、普段より少しだけ甘く感じられた。
「なるほど、間接キスか。僕たちも今度やってみる、翠?」
「私にはあんなに初々しくできるわけないよー」
翠はニヤニヤしながら、大地はそんなつもりではなかったのだろう、ただ爽やかな顔で俺たちを見てきた。
俺は二人のこういう煽りのようなものは馴れているが、香織はまだ当然なれておらず。
「う、初々しくなんて……」
「まるでカップルみたいだったよー」
「か、カップル……」
さらに翠が捲し立てると香織はどんどん顔を赤くした。
さすがに助けなきゃかわいそうか。
「あたっ、なんでいきなりチョップするのさ和希」
「あんまり香織をいじらないでくれ。俺までいじられてる気がするから」
「もうっ、しょうがないな。和希に免じてやめて差し上げよう」
「何様なんだか、おまえは」
たまに翠のキャラが分からなくなる。悲しんでいると思ったら次の瞬間には笑っていじってきたりと不思議なやつだ。ただ、いじられても、不快に思ういじりではない。そこら辺をきちんとわきまえているから余計にたちが悪い。
逆に大地は基本的に翠のやることには、度が過ぎたとき以外なにも言わない。翠以上に何を考えているのか分からない、いいやつだから別にいいが。
そんな他愛もない話を四人でしていると、スーツを着た一人の女性が教室に入ってきた。
「うわー、おっぱいでっか」
翠の第一印象はそれである。
歳は二十代半ばのおっとりとした見た目の女性だ。そして何より胸がでかい。超でかい。それだけでこのクラスの男子の視線を釘付けにしていた。髪はきれいに整えられたロングヘア。クラスからはどこからか「やった」という声が聞こえた。
「みなさーん、そろそろホームルームを始めたいので席に座ってください」
おっとりとした見た目通り、おっとりとした口調で話始めた。
これからは俺も高校生だという実感が一気にわいてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます