修羅場?

 ピンポーン


 十時ぴったりにそのチャイムはなった。俺の家のチャイムを押す人間は宅配便の人、香織、そしてあともう一人は


「やっほー、和希。約束どおり十時ぴったりに来ましたー」


 元気一杯に語る眼鏡女子――四月一日わたぬきみどりだ。翠は俺の家の左隣に住んでいてなんだかんだ縁のある女子だ。


「まさか秒数すらピッタとはな……」


「ふっふっふー。正確に行動するのが私、四月一日翠だからね」


 翠はオシャレに気を遣っていて普通にかわいい。眼鏡はベッコウの丸いフレームの眼鏡をかけており、肌は陶器のように艶やか、髪は少し茶色に近いロングヘアをしており体型もスラッとしていてモデルのようだ。今日はダメージデニムを羽織り、中に真っ白のシャツを着てベレー帽を被っていた。日差しはあまり強くないがこれもオシャレなのだろう。


「和希も早く靴を履いて行こうよ」


 翠はこの後のイベントが楽しみなのかいつにも増してハイテンションだった。


「そんなに急がなくても逃げるものじゃないのに」


 靴を履いて鍵を閉めていると、背中のほうからザッという靴で地面を引きずったような音が聞こえた。

 後ろを振り替えると。


「ねぇ、和くん。その子はだーれ?」


 何故か顔に極上の笑み(に見せかけた怒り)を浮かべた香織が立っていた。


「隣の家の友達だけど……なんでそんなに怒っているんだ?」


「全然怒ってないよ。それより嘘つかないでよ……、本当は彼女なんでしょ!」


 何を勘違いしたのか、香織は翠のことを俺の彼女だと思っているらしい。


「落ち着けって、ほんとに彼女じゃないんだって」


「そうだよ、私たちこれから一緒に映画を観に行こうと思っていただけだよ」


「二人で映画を? やっぱり付き合っているじゃない!」


 男女で映画を観に行くだけで、カップル認定されるとは世も末だな。それに、翠もより話をめんどくさくしやがって。


「確かに映画には行こうと思っていたけど本当に付き合っていないから!」


「でもそれって、デートじゃないの!?」


「確かにデートって言われれば、デートだよねー」


「翠は少し黙っててくれない!?」


 ちなみに翠の言ったデートの表現は正しい。デートとは異性と日付や場所を決めて会うことだから。

 閑話終了。


「とりあえず香織も翠もうちに上がってくれ。香織に最初からちゃんと話すから」


         ◇ ◇ ◇


「……じゃあ、翠ちゃんは和くんと同じくオタクで、これから一緒にアニメの劇場版の作品を観に行こうと思っていたってこと?」


「そう、ちなみにこいつ彼氏いるし」


「じゃあ私のはやとちりだったってこと?」


「そういうこと」


 香織の気を沈めるのに十分、全て話すのに五分を要した。当然ながら、乗ろうと思っていた電車も今から急いでも意味がないため映画は延期になった。


「和くんのせいで心配しちゃったじゃん」


「悪かったな。俺も、香織も」


 実際香織が勘違いしたのも悪かったし、俺がちゃんと分かりやすく説明していなかったのも悪かった。


「うぅ~~言い返せない」


「それで、家になんのようだったんだ?」


「あ、そうそう」


 香織は隣の椅子の上においてあったビニール袋を持ち上げた。


「少し早めのお昼ご飯を作ろうと思って。毎日食べたいくらいって昨日言ってくれたから」


 昨日香織の家で炒飯を食べたときにそういったが、翌日から作りに来るとは誰が予想できようか。


「へー、香織ちゃんお料理できるだ。私は全然できないから羨ましいや」


 そう、翠は全く料理ができない。さすがに米すら炊けないと知った時は驚いたが。前に、俺と翠の家の両親がいなかったときに自炊をすることにしたのだが、米を炊くように頼んだのに炊飯器の中には精米された米だけが入っていて、何故か問い詰めたところ、

『え? お米入れれば炊けるんじゃないの?』

と帰ってきた。ちなみにそのあと包丁を握らせたが、押さえている指を切りそうになっていた。


「じゃあ、翠ちゃんも一緒に作る?」


「止めろ」


「なんで和くんが答えるの?」


「こいつに料理をさせると、絶対に怪我をする」


「そうだねー、怪我をしてゲームができなくなっちゃうのは嫌だからやめとくよ」


「そっか」


 香織は少し残念そうな顔をしたが、すぐにいつもどおりの顔に戻った。


「じゃあ、私はお昼ご飯の準備をするね」


「私はここら辺でおいとまするよ」


「あれ、一緒に食べて行かないの?」


「材料足りなくなっちゃうでしょ」


「うーん、大丈夫じゃないかな。いいよね和くん?」


「かまわないぞ」


 二人で食べるのも良いかもしれないが、やっぱり人が多い方が楽しい。教室で食べるのはうるさくて嫌だが、これくらいの規模なら全然良い。


「それじゃあ、お言葉に甘えようかな」


         ◇ ◇ ◇


「私そろそろ帰るねー。ハンバーグ美味しかったよ香織ちゃん、私も同じ高校だからよろしくね」


「うん、よろしく」


 昼ご飯を食べ終わり、食器を洗った後雑談をしていると翠は帰える準備を始めた。


「忘れ物は大丈夫か?」


「家がすぐ隣なんだから忘れても大丈夫だって」


「そっか」


「またね、和希、香織ちゃん」


「ちょっと待て、私も帰るから」


 香織は靴を履いて見送りに来た俺に振り返った。


「じゃあね、和くん!」


「またね、和希」


「あぁ、また」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る