ある種の<コミュニティ>
私は、自分と、自分のダンナと、子供達と、私にとってダンナと変わらないくらい大切な<友人>と、その友人の家族という小さな集団だけで、ある種の<コミュニティ>を作ってる。
血の繋がりはない二つの<世帯>ではあるけど、まあ、それ自体が<家族>みたいなものだよね。
その中でお互いに力になって助け合って生きてる。
はっきり言って私にとっては、それでもう十分。
むしろそれ以上の何を求めればいいのかが分からない。
普通に生活できるだけの収入があって、私を一人の個人として、一つの人格として、ちゃんと受け止めてくれるダンナや友人がいて、可愛い子供達がいて、他に何が必要?
『そんな夫とか友人とか、見付けられるわけない!!』
みたいなことを言う人もいるかもだけど、たぶんいるけど、そんなことを言う人だから見付けられないんだよね。
それに、そういう人は世の中にはそれなりにいるんだよ。
『類は友を呼ぶ』から、そうじゃない人のところには近付いてくれない。ううん、近くにいても自分が気付かないんだよ。他人を平気で傷付けるような人は、そうじゃない人がいることが信じられないからさ。
他人を平然と罵れる人の傍には、同じように人を罵れる人しか残らないんだよ。
他人を傷付けることをやめられないのなら、罵ることをやめられないのなら、それは自分自身の問題だよね。
『相手の方がやめないからだ!』
って言うのなら、それ、『他人の所為』にしてるよね?
他人なんか関係ないよ。自分がやめるかやめないか。それだけの話。
私の両親や兄はそれをやめられなかったから、今、大変なことになってる。それでもあの人達は他人を傷付けることも罵ることもやめられない。それが自分達の今の状況を招いてることを理解できないから。そして、
『傷付けられてるのは、被害者は、自分達の側だ!』
だと思ってるから。
『自分達は傷付けようとしてくる連中から身を守ってるだけだ!!』
だと思ってるから。
『相手の所為』
にしてるんだよ。自分に原因があると決して認めようとしない。
『先にやめるべきは相手の方だ!!』
って思ってるからやめられない。
そう考えるとなんだか憐れでさ。
憎んでるはずなんだけど、『死ぬまで許さない!!』と思ってるんだけど、私が何もしなくても、あの人達は勝手に不幸になっていく。私が得られた<平穏>を、あの人達は決して手に入れることができない。
ホント、あの人達の人生ってなんだったんだろうな。
家畜同然に蔑んでいた娘が手に入れた平穏を得ることができないなんてさ。
それでもきっとあの人達は、自分達が不幸だということ自体を認めないだろうな……
いくつもの裁判を抱えて、心が休まる時のない今のどこが『不幸じゃない』のか、私にはまったく分からないけどね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます