第3話 証明
「なにこれ。すごい・・・・こんなのあり得ないよ」
フェンリルは汗は頬をつたい、腕を組み目の前で行われているあり得ない現実を受け入れられないでいた。
「なにがあり得ないんだ?」
麻雀を終局させ、フェンリルの方に振り返り得意げに問いかけた。
「はじめる前に言っただろ。俺はギャンブルで負けた事はないってな!」
「それにしても、こんな一方的に・・・・」
フェンリルはユウキの後ろにいる抜け殻の様になった三人を眺めながら言った。
麻雀が始まり、直ぐにおかしいと分かった。ユウキは何度も上がっているのに、他の三人に振り込まないどころか、ユウキ以外は一度も上がれていない。
「ふふん、それは俺が三人の表情や仕草から読んでいるんだよ。何気ない仕草や視線、声のトーンから手に取る様に読み取れるんだ。それ、ロン!」
「嘘だ!あり得ない、イカサマに決まってるだろう!!」
成金のデブが言いがかりをつけてきた。それに他の二人も同調する。
「そうですね。そんなオカルトはあり得ません。」
「そうじゃ!しかもこやつは勇者であのタナハの登録者じゃろう!その首輪が証拠じゃ!」
勇者と聞き周囲はどよめく。驚きは嘲笑に変わり、やがては大ブーイングに発展し帰れコールが鳴り響く。
そんな状況に我慢も限界になり怒鳴る寸前だったが、俺よりも先に動いたのはフェンリルだった。
「お前ら、Aクラスの私に喧嘩を売って無事に帰れると思ってるのか!!」
この時すでにフェンリルは元の可愛い少女の面影はなく、狼女の姿になり今にも暴れる寸前だった。
「お前たちは誰のおかげで平和に過ごせていると思っているんだ!食べて寝てセックスの事しか頭にない豚どもが!」
フェンリルは小さく、けれど恐ろしく続ける。まるで医者に余命宣告される時の様な絶望が、全身を這いずりまわる。
「そんな我らに敬意を払えないのなら今ここで死の恐怖を植え付けてやろう。」
「その姿は、まさか暴虐のフェンリル・・・・」
デブのおっさんは震えながらフェンリルを指さした。
「死んだはずじゃなかったのか・・・・逃げろ!殺される!」
周囲にいた人間たちはいっせいに散り、カジノの出入り口に殺到しパニック状態になっている。明らかにフェンリルに怯えている、過去になにかあったのだろうか。
まるで殺人鬼や魔物を見ているかの様な反応だった。いくら見た目が化け物みたいな姿でも、この世界は亜人と共存している世界だ。フェンリルの戦闘力やレベルが高いのはともかく、亜人にしたら見た目は平凡だ、いやまだ可愛いほうだろう。だとしたら、何かあったに違いないのだ。フェンリルに恐怖を覚える様な何かが・・・・。
まぁ今その事を考えても仕方がない。それよりもこのままフェンリルを放置していたらカジノを追い出され、首輪を爆破されかねない。そうなるとフェンリルは無事だとしても俺は確実に死ぬ。何としても止めないといけない。
「フェンリル、そのくらいにしとけよ!」
今にも呪文を唱え攻撃しそうなフェンリルの前に立ちはだかり、大声で話しかける。
フェンリルは詠唱をやめ、可愛らしい少女の姿に戻り正気を取り戻した。周囲にはディーラーしか残っておらず、先ほどまで大勢の人で賑わっていたが、周囲にはゴミが床に散乱するのみだ。スロットの機械音がやけに大きく聞こえる。
「この騒ぎはなんだ。なにが起きた?」
カジノの奥から慌てたディーラー達と一緒に支配人らしき人が出てきた。その場に居合わせたディーラーが事のてんまつを話した。支配人は少し考え事をしているのだろうか?天井を仰ぎ、数分間の沈黙が流れた後に支配人はこちらに歩みよってきた。
「申し訳ございません。私このカジノの支配人をしてます、アルデンテと申します。このたびはカジノの中において不快な思いをされたとの事で深くお詫び申し上げます。」
意外にも支配人アルデンテさんが謝罪をしてきた。てっきり俺たちを訴えるか、莫大な金銭の請求をしてくるものと思っていたが、杞憂だったみたいだ。こちらとしても都合がいい、もしタナハに連絡や苦情をリークされていたら俺たちの命はなかったかもしれないのだ。
「いえ、そのことは気にしてませんので」
「私は気にしてるぞ、ユウキ!」
すぐさまフェンリルが反論してきた。まったく、もう少しで丸く収まりそうだったのに話を蒸し返すなよ。向こうが謝罪して終わりなら俺たちにも都合がいいのに。
「それは申し訳ない。でしたら先ほどのチップは所有者がいないので本来は無効なのですが、その代金を特別にこちらで負担しましょう。」
「本当ですか!それはありがたいです」
「そんなの当たり前でしょう。さっきユウキは勝ったからね!」
いや、そうではない。支配人に聞かれない様にフェンリルの耳元で小声で話す。
「違うよ、フェンリル。イカサマの容疑を俺は掛けられていたから、無効にされてもおかしくはないんだよ。」
それでも、納得してなさそうに不満そうな態度をとるフェンリルに促す様に言う。
「いいから、ちょっと黙ってろよな」
「あの、続き良いですか?」
支配人は気まずそうに手を上げる。
「ああ、はい。お願いします。」
「では、あちらのカウンターでお金に換金いたしますね」
「ありがとうございます。疑問なのですが、俺達は勇者だけど、なぜ丁重に扱ってくれるんですか?」
「このカジノの創業者、タカミヤ マキはどの様なお客様でも差別をするなと、言われております。たとえ犯罪者や奴隷でも貴族と同じように対応いたしますよ。」
なるほど、さすがだ。日本人の仕事への生真面目な部分が生きてる。それに俺以外にも転生者がいる事が証明された。やはり他にもいないか捜索とタカミヤに会うことが最優先になりそうだ。何か知ってるかもしれないし、見つけるのもそこまで大変じゃないはず。名前を聞けばすぐわかるし、この世界で和名はいないからな。
「ああ、お願いします。ところでタカミヤさんって何処にいるんですか?」
「今は一線を退き、どこに住んでるのかは誰にもわからないんですよ」
「行方不明ってことですか?」
「少し違いますね。彼女は少し特殊な能力を持っていますから」
「特殊な能力?」
この異世界において特殊ってなんだろう。魔法や魔獣、エルフやドワーフやその他の亜人などが共存しているこの世界で、特殊ってどんな事だろう。もうなんでもありな気がするけど。
「世間話もそこそこにして、換金しに参りましょう」
支配人は換金所のカウンターを手で指した。もう少しタカミヤの情報が欲しかったが、これ以上なにを聞いても答えてくれそうになさそうだ。
俺達は大量のチップを抱えゴールドに換金しに行った。換金はそこまで時間はかからなかった。俺とフェンリルは両手にゴールドを抱え、タナハに帰った。
大金を得た俺の生活は一変する・・・・と思っていたのだが、実際は何も変わらない底辺の生活だった。
「って違う!」
散々雑用をこなし、受付の女のサンドバックをにされボロボロになった俺は食事をしながら憤慨して、奇声を上げながら両手をテーブルに打ち付ける。
「なんで金はあるのにこんな扱いなんだ!!!!」
隣で大量のドラゴンのステーキを何十皿も平らげているフェンリルが、こちらにフォークを突きつけ噛んでいた肉をまき散らしながら話しかけてきた。
「それはそうだよ!金なんて食べ物や武器とかを買うぐらいの価値しかないんだから。金をたくさん持ってたって偉くなるわけないじゃない!!!」
資本主義の社会を生きてきた俺はその感覚はよくわからない。どうやら金と社会的ステータスが直結しないらしい。おそらく命が軽いこの異世界では金よりも力が重要視されているみたいだ。確かに戦争の最前線では、大企業の社長なんかより強い兵士の方が尊敬されるのは当然だ。命が危険な時に金なんて持っていても意味がないからだ。
金の価値とは、何かの代理品であり価値のある物に交換して初めて価値のある物になる。皆が一定の価値、500円は500円分の価値が、千円は千円の価値があると共有することで資本主義が成り立っている。それはこの世界でも同様であるが、大きな違いは金の価値がかなり低い。というより色んな種族や魔物が共存している世界なので価値の共有がかなり難しいといった事だろう。
この世界で金の位置づけはただの付属品でしかない。実力や能力の方が高い価値になっているのは、何らかの能力を持ってないと普通に生活をするのは困難だからだろう。この世界は無能は生きていけない様にできているようだ。
日本ではとてつもない才能を持った天才が、金を持っている無能に虐げられているのをよく見た。少なくとも俺は才能を磨く事よりも金を稼ぐ方が他人から賞賛や尊敬をされ、女性は股を開いてきた。しかしこの世界では金がなくとも魔獣を狩れば肉が食べられるし、魔法が使えさえすれば便利な生活が送れてしまうのだ。
金だけで生活が送れるのは王族ぐらいだろう。一般人は兵士になるか、商人になるしかない。勇者は望んでなる人はほとんどいないらしい。罪人や身元不明の奴隷、後は俺みたいにギルドに人身売買で売られた者がほとんどのようだ。まぁ安い報酬で命を賭けなければいけないし、かなり上位な勇者にならなければ人権すら認められない。
「ユウキも認められたければ、強くなることね!私を見習いなさい!!!」
フェンリルは腰に手を当て胸を張る。頬にタベカスをつけながら。
「いや、お前は特殊だろ。俺はそんな能力は持ってないし」
「まぁね!私はユウキと違って天才だから、私の能力は世界でもたった一人、私しか持ってないんだから!」
「へぇー。それはーすごいねー」
「なによ!その棒読みは!」
「それはそれとして、さっきのカジノで俺の頭の良さがわかっただろ?」
「確かにあのゲームは強かった・・・・」
「だろう!俺の頭の良さがこれで証明されただろう!」
「でも、それ何の役に立つのよ?」
「ぐぬっ」
痛いとこを突いてる。確かにこの高い知能で戦術や戦略を練っても、肝心の戦う戦力がない。どんなにすごい作戦を立てても、戦えなければ意味がないしな。少しでもステータスが高ければまだやりようがあるが、全てが1だからダメージを与える事も出来ない。逃げ回るのがやっとだ。
「ユウキは頭が良いみたいだから、そこに個有スキルがあるかもしれないよ」
「個有スキル?」
「うん。生まれ持ってステータスが低かったり、何らかの能力が極端に低い人が持ってる事が多い、その人だけの力だよ!」
「フェンリルの力も?」
「そうよ!私の力もその一つ『餓狼』よ!」
「だから頭が悪いのか」
「うっさい!」そう言い中指を親指で弾き、俺のおでこに当てる。その瞬間、座っていた椅子から吹き飛び反対側の壁にまで吹き飛んでいた。
「いってぇぇぇぇぇ!」
痛いってもんじゃない。血が滲んでるおでこを両手で抑えると、平坦だったおでこは衝撃を受けた箇所を中心に、小さいクレーターが出来ていた。
「この馬鹿力が!へこんでるじゃねーか!」
「ふん、失礼なこと言うからその報いよ!それに手加減はしてるし!」
「手加減していて、こんなに吹き飛ぶかよ!」
「ふん、私はレベル60だからね!ユウキが貧弱なの。手加減してなかったら脳みそも吹き飛んでいたよ!!」
「なんだと、このゴリラ娘が!」
「誰がゴリラよ!私は狼なの!あんな猿と一緒にしないで頂戴!」
「狼ならいいのかよ」
「それにユウキの身体が柔らかいの。腐った豆かと思ったわ!」
「誰の頭が豆腐だ!」
デコピンで脳が吹き飛ぶとか笑えない。見た目は金髪の可愛いケモ耳少女なのに強すぎるだろ。そういえば勇者ランクAクラスといってたな。あれは本当だったのかよ。こんなにも力の差があるとは。
「----わかった、わかった。俺が悪かったよ。」
フェンリルと喧嘩をしても勝ち目がないと悟った俺は、喧嘩をするのはやめた。勝てないなら味方にすればいいのだ。あの伝説の軍師、孫子を見習うとする。
「そうか!わかればいいの。じゃあここのお金はユウキの奢りね!」
ここで断ると、また機嫌が悪くなりそうだ。金ならまだ沢山あるわけだし、機嫌が良くなるなら安いもんだ。
渋々ではあるが、タナハの食堂の勘定を済ました。
「さぁいくよ!」
タナハの出入り口の方で、フェンリルがこちらに手を振っている。それを追う様に追いかけていった。
「ユウキは頭よくて使えそうだから私の子分にしてあげるわ!!」
「なにぃぃぃ!」
こうして俺は知力の高さを証明し、フェンリルの子分にされた。
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