第2話唯一の力

 「うおおおおぉぉぉしぬぅぅぅうう!!!」



 ――――ヤバい、マジで死ぬ。俺は大勢のスライムに追われながら必死に逃げている。何故かというと理由はわからないが、俺のステータスは何故か知力以外はすべて1になっていたのだ。



 まぁ、たぶんくそ生意気な女神の仕業だろう。なにが慈悲だ、こんなものはただのイジメだ。仮にも神がこんな事してもいいのかよ。



 この世界に来て一週間が経ったが、こんな惨めな一週間は初めての経験だ。あとから聞いたのだが、ギルド『タナハ』に案内した男は人身売買の斡旋業者だったらしい。俺みたいな金のなさそうな人に話を持ち掛け、この奴隷ギルドに登録させ金を稼いでいたらしい。そのおかげで爆弾付きの首輪をつけられ、今日に至るまで様々な雑用をやらされ、やっと終ったと思い、クエストを受注しこうして最弱の魔物『スライム』にすら殺されかけ、追いかけ回される毎日だ。



 ――――クスクス。今回も達成できるはずもなく、ボロボロな姿になり果てた俺を見て俺と同じくこのタナハに囚われている勇者達が嘲笑しているが、そろそろ慣れてきた。



 「また、失敗してきたんですか。全く何の役にも立ちませんね、この穀潰しが!」



 受付をしていた女は何も言えない俺を蔑みながら近づいてくる。



 「まぁ仕方ありませんね。あなたはステータス1のそこら辺の女、子供よりも弱いのですから・・・・」



 そう言い終えたあと女は俺の足を踏みつけ、足を抱えた所に顔を蹴り上げた。鼻が折れたかも知れない。鼻血がふき出し、足の甲には血が滲む。今にも叫びだしそうな声を押し殺し痛みを堪え、後方に倒れ込む。



 「ふん、こうしてストレス発散にしか役にはたたないんだから、殴って貰えるだけでも感謝しなさい!」



 「・・・・はい。」



 遠のいていく女の後ろ姿を睨みつけながら誓う。このくそ女が、絶対に許せない!死ぬほど後悔させてやるからな!!



 「ありゃりゃぁ。また派手にやられちゃったねー。ユウキさぁ、意地はってないで私が一緒にクエストいってあげるよーって言ってるのになぁ」



 顔を上げるとそこには小柄な少女が見下ろしていた。彼女の名はフェンリル、金髪のロングヘアーで大きな耳が生えていて、笑うと小さな牙が覗かせている。彼女は狼の獣人族であり、職業は召喚士で狼を使役しながら戦う。勿論フェンリル自身も戦える・・・・というより、フェンリルはかなり強い。というより獣人族はみんな獣に変身できるのだ。フェンリルも狼女に変身でき大抵の魔物より強力な力をもっているのだ。



 その力で彼女はこのタナハでもトップクラスだ。ギルドではクエストの達成率や戦闘力でランキング付けされており、カースト制度が確立されていて彼女はその中でも一番上のAクラス、そのクラスは自由に外出やクエストを断る事も許されており、もはや一般人よりも金と権力、そして自由が認められているのだ。



 そのせいで同じタナハの奴隷とは思えない程、豪華な装飾品を身に着けている。そして異常な落ちこぼれの俺の教育係として俺につきまとっている。



 「うるさい、いくら俺が弱くても、スライム一匹ぐらい俺一人でも倒せるはずだろ」



 「ハハッ。それが出来なくて、この一週間ボロボロになっていたんじゃないのー?」 



 「ぐぐぐ、そんな事はわかってるんだ。つってもまだ6連敗だ!俺は天才だから最後には勝てるんだ。がからまだ負けてない!」



 「ハハッ。負け惜しみだー!現実を受け入れなよー。ユウキのステータスは底辺も底辺。全部1だからなー」



 「ハァァ!全部じゃねーし!知力だけは1じゃねーから」



 「そうだね!でもその知力も測定不能でしょ!?」



 「だから、測定不能なくらい頭がいいって事だろぉぉ!」



 「どんだけポジティブなの!?じゃあさ、それを証明しに行こうよ」



 「証明?」



 知力の証明とはどういう事なのだろう。頭の良さなど証明のしようがないってのに。何かボードゲームでもない限り、しかもそれは頭脳の一部の証明にしかならない。そもそもこの異世界に将棋やチェスがあるはずもないのだ。



 「いくわよ!ユウキ。外に出してあげるわ!」



 「いや、俺は出られないから」



 「私を誰だと思ってるの?天下のフェンリル様だよ。私の付き人としてなら出られるよ」



 「そっか。仮にもフェンリルはAクラスだったな・・・・忘れてたよ」



 「忘れてただとぉ!この野郎、ふざけやがって。わかったならもっと私を崇めなさいよ!」



 「俺は自分よりバカには敬えないんだよ」



 「怒ったよー。知力だけ低いの気にしているのに!ついてこいユウキ!」



 「おい、ちょっと待てって!」



 見失いそうになるフェンリルの背中を必死に追いかける。歩きだすこと数分後、やっとフェンリルに追い付いた。



 フェンリルの前にはどこか懐かしいネオンの光が神々しく輝き、黄金の大きい建造物には生前に見覚えがあった。



 「カジノじゃねーか!」



 「せいかーい!さぁここで見せて貰うよ!」



 「いやいや、こんなのは頭の良さよりも運の要素が大きいだろ?」



 「ふふん、確かにスロットや、ルーレットはそうだね!でもね、ここの一番人気は麻雀よ!」



 フェンリルは得意げだ。



 「まーじゃん!?何で麻雀がここにあるんだ?」



 「なんでも何十年も前に日本という国からきたタカミヤマリって人が建てたらしいよ。でも変よね、日本なんて国はどの地図にもないのよねー」



 俺の他にも日本人がいたのか。当然といえば当然か、俺がこの世界に転生しているのだから前例があっても不思議じゃない。他にも同じ転生者がいるならそいつらを探し出せばあの女神の事が何かわかるかもしれないし、当分の目的はそれになりそうだ。



 「さぁそんな事は置いといて、さっさと入るよ!」



 考え事に気を取られ、先ほどまで隣にいたフェンリルの姿はもう居なくなっていた。



 「早く来なさい!」



 カジノの前で大手を左右に振り、俺に向け大声で呼びかける。



 「ちょっと、待てよ」



 フェンリルに少し遅れて俺も門をくぐった。中に入るや否やスロットやメダルの電子音と、大勢の歓声と笑い声に包まれた。



 懐かしいな。生前、俺がまだ大学の卒業祝いにラスベガスに潜り込んだ時の事を思い出すな。あの時は楽しかったな、莫大な大金稼いで企業資金にあてたっけ。



 大きい歓声が館内に響いてる中、ひと際おおきな歓声が起きてる場所があった。



 「さぁここよ!」



 フェンリルは迷わずその大きい人だかりに入っていく。



 「ポン!ロン!」



 麻雀牌の音やプレイヤー達の声に合わせ周囲の野次馬も歓声を上げる。ローブを纏いとても長い杖を持っている老人がトップで終局したようだった。老人の手元には点棒とチップが山の様に積み重なっているが、周囲の三人は燃え尽き魚の様な目をしていて、席を立つ事も出来ない様で黒服の男たちに引きはがされていた。



 「ルールは知ってるよね。さぁ席についてよ!金なら貸してあげるから」



 「ああ、知ってるよ。それより金はいくら持ってる?」



 「今、持ってるのは1万ゴールドだね!」



 財布を取り出し何故か自慢気に小さなポーチから札を取り出し、両手で俺の目の前に差し出した。



 「いや、子供のお小遣いかよ!」



 「なにぃー!一文無しの癖に貸してあげるだけでも感謝しろよ。それに1万ゴールドって言ったらスライムを千匹ぶん討伐しなくちゃいけないんだよ?」



 「はぁ。でも1万でできるのかよ」



 呆れて何も言えない俺に対して、断崖絶壁の胸を鳩の様に張り目を輝かして言い放つ。



 「大丈夫だよ!お金は後払いだしもし足りなかったら臓器や所持品を売り飛ばされるだけだから!」



 「内臓売ったら俺死ぬんですけどぉぉぉ!」



 「別にいいじゃん。今も死んでる様なもんでしょ!あんなに惨めな生活してるんだからー!」



 コイツまじでとんでもねぇな。それにしてもこの異世界において命がとても軽い。俺が平和な日本生まれだからだろうか。世界各地いろいろな所に住んでいたが、ここまで人命が軽く扱われるのは他にはない。タナハでは毎日の様に死亡する人間や亜人が大勢いたし、町にはホームレスの様な人も餓死している人間もよく見る。しかし噂では蘇生する魔法もあるらしいが、そのせいで拍車が掛かっている様にも思えるな。



 「いいから卓につけよー!天才なんだから負けないんでしょ?」



 フェンリルはニヤニヤしながら続ける。



 「もしかして勝てる自信がユウキには無いのかなぁ?あんなに大口叩いておいて怖気づいちゃった?」



 「おい、てめえ。誰が負けるって?黙って聞いてりゃ調子に乗りやがって。やってやんよ!さぁ早く始めろ!」



 勢いよく椅子を引き卓についた。俺の他にも3名は既にすわっていた。先ほど大勝ちしていた老人にシャツにベストをつけた紳士な猫の亜人、そして沢山の美女の奴隷を引き連れた成金みたいな指輪をつけているデブのおっさん。



 卓の周りにはディーラーだろうか?黒服の男が数名こちらを後ろから見ている。不正が無いように見張るらしい。その中のリーダーだと思われる男が口を開いた。



 「メンツが揃った様ですので始めてください」



 サイコロを振り手牌が配られる。俺はニヤリと笑い真後ろにいるファンリルに話かける。



 「フェンリル。始める前に一つ言っておく。俺はこの手のギャンブルで負けたことは人生で一度もない!」



 一段と大きい歓声が上がり、野次馬が増えていく。だが、ゲームが進行するにしたがって段々と、歓声や野次を飛ばす者は減っていった。それほどこの対局は、一方的なものだったのだ。

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