Moon River

ブログネタ:今まで1番泣いた映画は?



 過去にこのタイトルで記事を書いたことがあるらしいが・・・覚えていない。

「ティファニーで朝食を」という映画のタイトル曲がこのMoon Riverなのだが、この曲はパーシーフェイス?ヘンリーマンシーニ?だかが、3分くらいで作曲した曲

なのだという。紆余曲折とかまるでない、一直線な曲なのである。

 この映画は、原作に忠実に作られているなあ、という印象で、原作はトルーマンカポーティという作家が書いている。原爆投下を指示したのも確かトルーマンという大統領だったかと思うが、それは余談である。

 トルーマンカポーティの小説だと「クリスマスの思い出」というのが好きで、ベタベタに?甘い話なのですが、クリスマスだからこんな甘いお話もいいのでは?というところが阿吽の呼吸みたいにいいのです。でもこのことももう書いたかもしれない。

 月亭八方、という落語家の人が、これは昔有名だったナントカ、あーリートレビノか、リートレビノに教わったのだが、と、「ムーン、リヴァー♪」と口ずさみながらゴルフのスイングをするといいのだとレッスンしてもらったらしい。

「ティファニーで朝食を」というのは、オードリーヘップバーンの主演作で、僕が生まれる前だから当然ロマンチックないい映画なのですが?特に泣かせるのは、最後に、恋人に振られたヘップバーン演じるところの、ホリーゴライトリーという女優の卵が、雨が降る中を、自分が拾って飼っていた野良猫を、腹立ち紛れに「このドラ猫が!」と、一旦ほっぽり出したのを、あとで思い直して、拾いに帰って、「猫ちゃん!」と抱きしめるところである。

 猫は演技とかできないから寧ろなんだか迷惑そうなのだが?

 それにしても泣かせる場面なのだー


 泣いたというと「火垂るの墓」とかのほうが泣かせる映画かもしれないが、自分が生まれたあとの映画は全部なんとなく不愉快なメッセージがこめられているという被害妄想があって、純粋に賛美できない。

 芸術家という坑内カナリアはそれだけナイーブで、過敏なのだ、とか言われるとそれまでだが、自分に否定的なメッセージが込められているところの、なんだかセンシティヴな代物、というと、それは神経に障るすこぶる不愉快極まりない作物であるに違いなくて、そういうものは最近になるまで気がつかなかったが、寧ろ、強い自我の形成の障害になる、俗悪な創作物なのだ。

 思春期になるまでに、コミュニケーションの回路が閉じて、自閉症になってしまったというのも全て社会の責任であって、映画だの音楽だの、全て俺をスケープゴートにしようという陰謀の産物で、それはヒジョーにクライ、病的な発想であるので、

それを封じ込めようという動きが出ている時が社会が明るくなって経済も好調な時期であり、逆の時は陰陰滅滅の、全共闘世代の亡霊が妙にモテたりする時期である。


 もうずっとそれが続いていくに違いない・・・


(2014.12)

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