北杜夫の文体模写



 普段からわたしは小食であり、「酒は別腹」などと大言壮語するが、実はその酒もあまり鯨飲、というわけにはいかないのが実の処である。

 このお正月は、例によって朝からちびちびウィスキーを舐めつつ、漫画本を読み漁っていたが、昼ごろに、もう老婆といってもおかしくない年恰好に変貌しつつある妻が、「あなた、せめて初詣くらいにはいかないこと?」と、慫慂してきたので、「そんなものは虚礼だ。虚礼廃止というのがおれの今年の方針なんだ。だから年賀状もやめたんだ」そう力のない(ように聞こえたであろう)声で言い返したが、里帰りしてきている娘までが援軍に加わってひたすらにわたしの運動にもなるし、等々と説得をするので、羽織袴まで着せられて明治神宮まで出かける羽目に相成った。

(中略)

 帰りにはアメ横に寄り、日本古来からの正月の縁起物やら、破魔矢やら、ジャンクフードやらを買い漁って帰宅した時にはすっかり、日暮れて家遠し、という旧日本軍の敗残兵のような心境になり、その淋しさを紛らわすために矢鱈に、お節料理を腹いっぱい詰め込んでしまった。なんだか取り留めのないありふれた正月風景で、「それでも、仮にも芥川賞作家のエッセイであるか」と、読者諸賢から御叱りを受けそうであるが、結局5KG太ってしまった今年の正月も、いつも通り安寧で平穏で静謐で、曽野綾子さんのごとく「老いの才覚」という本を出版してベストセラーになるような才覚のない半分ぼけかけた老人作家のわたしとしては、このくらいでまあ、望外に平和で幸福な正月を今年も過ごせた、と言えるかもしれないのである。



(2012.1.8)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る