第6話 星の銀貨

「お疲れさまでした」


 手伝いを終え廊下に出ると、かぼちゃ頭は、懐からなにかを取りだし私に差し出した。

 掌で光ったのは、一枚のくすんだ銀色の硬貨。


「おかね、ですか?」

「それは〝星の銀貨〟。車内や駅でご利用いただける通貨です。あなたのおかげで彼の食事が無事終わりましたので、わずかばかりのお礼です」

「受け取れません、たいしたことしてないですし」


 遠慮がちにその銀貨を返すと、かぼちゃ頭はすっと銀貨を私の掌に優しく収め、握らせた。


「あなたは切符をお持ちでない。いつか購入できるとき、それが必要になります」


 それだけでは足りないですがね、と付け足してからかぼちゃ頭はまた喉で笑った。

 

「いや失敬。あなた、たいそう生きづらい生き方をしてたんじゃないのかとお察ししまして」

「そんなの、わかりませんけど」

「そうでしたね、失礼致しました。あなたは真面目で、やや融通の利かない人だ。でも固すぎると私みたいになりますよ」


 かぼちゃ頭は私の頭を指し、次に自分の頭をこつこつと叩いた。

 なにそれ、と私はおもわず笑った。 


「ありがとうございます」


 とりあえずスカートのポケットに納めると、かぼちゃ頭はこくりと頷いた。


「お金は天下の回りものですよ。大切に使ってください」


 かぼちゃ頭の表情はわからないけど、なんとなく微笑んだように見えた。

 かぼちゃ頭は私のいた寝台席へとまた案内してくれた。

 疲れた体にぼんやりとした灯りは、心地良い。


「いつもあのレストランで働いてるんですか?」

「ええ。基本的には私は通路内の案内人を任されておりますが、ホールも厨房も手不足ですから時間が空いていれば手伝うようにしています」

「大変ですね」

「そうでもないですよ」

「そうですかね。私だったらかけもちなんて――」


 かけもちなんて、嫌だったな。

 それは、いつの、記憶だろう。


「どうしました?」


 足取りをとめた私にかぼちゃ頭が振り返り、私はなんでもない、と誤魔化した。


「赤毛の彼は、明日に下車予定です。よければお見送り、してあげてください」


 そう言い残し、かぼちゃ頭の紳士は忽然と消えた。

 

 *


 私は寝台に横になりながら、かぼちゃ頭から受け取った〝星の銀貨〟を頭上に掲げた。

 500円玉ほどの大ぶりのサイズをしたコインはどれほどの価値があるのだろうか。滑らかな銀色の表面には、よく見ると星のようなマークが刻まれてる。

 外の夜空と見比べながらしばらく銀貨を弄んでいると、通路奥から人影が、からからと音を立てやってきた。

 列車や新幹線で見るような、カートを押しながら歩いてきたのは黒いが派手な女性だった。

 袖も胸元もたっぷりのフリルやレース、リボンをあしらった黒いジャンパースカートに、黒いブラウス。頭には黒いリボンのヘッドドレス。足元には真っ黒なリボンつきのパンプス。車掌さんやかぼちゃ頭と同じで、全身黒づくめだが、頭は淡い木苺色で立てロールのような巻き髪をツインテールに結っていた。

 私と同じくらいか、私よりやや年上くらい。

 目が合うと、ゴスロリ少女はひきつった愛想笑いを浮かべた。


「お客様。なにか、お求めのモノはありますか」


 カートの中には、見たことがあるようで不思議なもので溢れていた。

 まず上の棚にはキャンディやチョコが詰められた瓶。あまり見たことない、雑貨屋さんでたまに見るような外国のお菓子ばかりと思えば、ケースの中には大福やカップケーキも並んでいた。次に真ん中の棚には弁当やパンの他に、フラスコの中に入った冷えた飲み物など。どれもおもちゃ箱の中をひっくり返したみたいで、きちんと陳列されてはいないが、仕入れにこだわりはあるようだ。そして飲み物や弁当の他に、ゴスロリ少女が下棚を引き出すと、雑貨や備品もあった。

 子供のパジャマのような着替え、色の鮮やかな薬、古びた金の時計、茶色い皮鞄。

 気を利かせてゴスロリ少女は商品を紹介してくれた。


「どちらになさいます?」


 脅迫じみたにこにこ顔に耐えかねず、私は〝星の銀貨〟をとりだした。


「……こ、これで、買えます?」


 私が出した銀貨に「なんだ一枚か」と言いたげに舌打ちした。

 私はパジャマとキャンディをいくつか選ぶと、ゴスロリ少女は作り笑いでそのまま渡した。

 一瞬、カートの後部に真っ黒なゆりかごが備え付けてあるのが見えた。 

 私がちらりと目をやると、中を隠すようにゆりかごの前掛けを閉めて、


「この子は売り物じゃないわ」


 と怖い顔で、厳しく咎めた。

 ゴスロリ少女が去ってから、私はベッドに寝転がる。  


 ここでの生活は、入院生活みたいだ。

 

 まるで綺麗すぎる個室は異空間だった。

 ここは病院のような清潔さが保たれてるとは言い難いが、似ている。

 入院費は高い。

 基本的に寝てばかりで、節約しなきゃと思いつつ生活に飽きないように雑誌やお菓子を無駄に買ったり、テレビ利用や買い物代行を依頼していた。

 この閉鎖空間で――限られた中でしばらく過ごすなら、どうせならなるべくいい環境で生活をしたい。ただ時間のない時間を過ごすよりは、有意義に過ごしてみてもいいかもしれない。

 私にしては、わりかし前向きな検討だった。


 〝星の銀貨〟の稼ぎ方は、またあのかぼちゃ頭に聞いてみよう。

 そう自分に言い聞かせて、私は二度寝した。

 

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