七話
全てを話し終えるまで、美咲は黙って聞いてくれていた。
「……そんな事が……。」
「…ごめん、騙したりして。」
僕も美咲に謝らないといけない。
本当は起こった事を一番に報告しなければならない筈の幼馴染に報告さえせず、あまつさえ騙したのだ。
美咲が僕にした事よりもよっぽど重い罪だ。
だけど美咲はやっぱり優しい。
「……いいの。大変だっただろうし……。」
「ありがとう。」
そこで僕は思った。
あの時美咲に報告すれば良かったのかと。
………後悔しても過去は戻ってこない、か。
――――――
その日の夜、僕はベッドで自分は一体どういう存在なのかという事を考えていた。
あの神社で、僕は人間をやめた。
外見的特徴は人間だ。
だが実際は、何かを宿した化け物。
「人間じゃないなら……僕はなんなんだ?」
僕はそう呟く。すると、タイミングを合わせたかのような返事が帰ってきた。
「お兄ちゃんは、お兄ちゃんだよ。」
「……冬香か……」
冬香は優しい目をして言った。
「ねぇ、そんな事どうだっていいじゃん。」
「いや、どうでもいいという事は無いと思うけど……」
それでも冬香は首を振る。
「どうだっていい。お兄ちゃんはお兄ちゃん。いつも優しくて、冬香をいつも助けてくれるお兄ちゃんだよ。」
「……最近は、僕が助けられっぱなしだと思うけどな」
「ふふっ。言えてる。」
可笑しそうに笑う冬香に対して、僕は冬香の言った事を反復した。
「僕は僕……か。」
「……そう。お兄ちゃんはお兄ちゃん。それでいいじゃん。」
「……確かに、そうかもしれないな……」
“人間”でも無く、”化け物”でも無く、
”日下部 修”という一つの存在。
……うん。今はそれでいい。
「……冬香はすごいな。あっさりと解決だ。」
僕がそう言うと、冬香はクスクスと笑い、
「ありがとう。」
と言って一階に降りていった。
僕は天井を見上げながら思う。
……なんだか、小説の主人公の様な悩みだった……と。
―――――
次の日、スッキリとした顔をして階下に降りたが、冬香は何も言ってこなかった。
だが、その口元はずっと緩んでいる。
それを見て僕は、冬香にお礼を言わないといけない事を思い出した。
「冬香、ありがとうな。」
「…ん。いいよ。兄弟なんだし。でもね…」
「でも?」
「今度困ったら、1人で抱え込まずに誰かに話すこと。私じゃなくて、美咲さんでも。後、あの人。えーと…コウスケさん?だっけ。」
「涼介な……」
冬香はポンと手を叩いて頷いた。毎日会ってるのに覚えて無かったのかよ……
「そうそう、その人。とにかくお兄ちゃんは一人で抱え込み過ぎなんだから、ちゃんと人を頼らないとダメだよ?」
念を押すような口調で言われたので、僕の悪い所は其処なのかと思い知る。
「……分かった。今度からは気を付ける。」
そう言って頷くと、冬香はふわりと笑った。
その後、僕と冬香は揃って家を出た。
何時もの通学路を歩き、Y字路まで来る。するとそこには、涼介の代わりに意外な人物が立っていた。
「…おはよう、美咲。」
「おはよっ、修。」
美咲は元気に挨拶をした。黒髪がサラサラと風に靡き、まるで絵画の世界の住人の様に見える。
「おはようございます。美咲さん。」
「おはよう、冬香ちゃん。」
冬香も挨拶を交わしている。
美咲は僕と冬香が義理の兄妹だと知ったのは昨日のはずなのだが、全く態度に変化が無い。
でもまあそれは置いておく事にして、何故か居ない涼介の事を聞くことにした。
「美咲、涼介を知らないか?」
「うん。それがさっき会ったんだけど、私を見たらいきなり、面白くなりそうだ、とか言って、先に行っちゃった。」
笑顔で去って行く涼介の顔が目に浮かぶ。
……あいつ、学校一の美少女と登校する僕を見世物にするつもりかよ………憂鬱だ。
「修?早く行こうよ。」
僕がそんな事を思っているとは露ほどにも知らない美咲は、早く早く、と言って急かす。
「そ、そうだな。行こう。」
「はい。行きましょう」
歩いていると分かるのだが、視線が凄い。
興味本位で見てくる人は良いのだが、明らかに敵対心を持っている視線も見受けられる。美咲の人気を改めて実感した。
下駄箱で冬香と別れ、自分のクラスの方へ向かう。
……とそこで、僕は昨日の事を思い出した。
「……そういえば美咲、手紙は靴の中に入れたらダメだぞ?僕、気付かずに踏んだから……」
すると、美咲は胸に手をキュッと当て、恥ずかしそうにそっぽを向いた。頬は少し赤らんでいる。
「あ、あんまり外から見られたく無かったの…」
「そ、そうか……」
ま、まあ、それもそうだよな。仕方が無いよな。うん。美咲の可愛さに免じよう。
……あ。後1つ注意しておかないといけない事があった。
「……教室ではいつも通りで頼む。面倒事に巻き込まれたくないんだ。」
しかし、美咲はまたもやそっぽを向く。
「私、そのつもりないんだけど。」
「………え?」
「だって、今まではクラスの雰囲気に当てられて、修とあんまり仲良く出来なかったし……」
「いや、それはそうなんだが……美咲……自分の人気の高さを分かって言っているのか?」
「分かってるよ。でも、せっかく仲直り出来たのに、学校で仲良く出来ないなんて嫌だから。」
参ったな……この状態の美咲はもう梃子でも動かない。
でもなぁ………喧嘩とかだったらなんて事無いんだけど、陰湿な嫌がらせとかあるからなぁ……
「…もしかして、嫌がらせを受けるとか心配してる?」
「ああ……まあ……」
エスパーですか?
「それに着いては多分大丈夫。私達が生まれながらの幼馴染だって事を公表すれば収まるはず。」
「…え、どうしてだ?」
というか、逆に男子達からの嫉妬が強まるんじゃないか?
「だって、幼馴染ならまだしも、生まれた時から一緒に居るんだよ?だから、私が拓海の事を大事に思ってる事が伝わればみんな納得してくれると思う。」
なんか、色々と考えてるんだな……
「……分かった。美咲の好きなようにすればいいよ。」
「ありがとっ、修。」
「まあ、危害が加わらないなら別にいいし……」
「うんうん。じゃあ、教室行こっか?」
「ああ……」
教室に着くと、案の定僕達の方を見てクラスメイトが囁き合っていた。
美咲はある女子グループの方に向かって歩いていった。いつも美咲と一緒にいるグループだ。
一言二言美咲が話すと、あっと言う間に美咲はそのグループの女子に囲まれてしまった。周りの人達もそのグループに注目している。
……今の内だ。
僕はなるべく気配を感じさせないように自分の席に向かった。勿論涼介がそこにいる。
「よう、中々面白い物を見させて貰ったぜ。」
「……何が面白い物だ。せめてお前がいれば状況は違っただろうに……」
涼介は面白そうに笑い、僕に聞く。
「まあまあ、両手に華の感想は?」
「今までで最悪の登校だったよ。」
「またまた、すぐ嘘をつく。」
「嘘じゃないって……」
二人でじゃれ合っていると、美咲が女子グループを引き連れて歩いてきた。
……改めて見ると、まるで王女と侍女達みたいだな……
そんな事を思っていると、美咲が僕に話しかける。
「あのね、今私と修が幼馴染だって事を話したんだけど、修からも説明して欲しいって。」
目が、「合わせて」と言っている。
これも美咲の策略の1つか……
「…分かった。説明するよ。」
そして僕は、なるべく分かりやすく、
”生まれながら”という事を強調して簡単に説明した。それがどう効果を発揮するかは分からないが。
「これで分かったでしょ?私と修は、本当に幼馴染。」
一見、美咲は女子グループの人達に話しているようにも見えるが、実際はクラス全員に話している。クラス全員が揃うこの時間帯にケリをつけようという算段らしい。
女子たちは確認が取れると、また内輪の話で盛り上がり始める。
同時に殆どのクラスメイトが僕から興味を無くしたように視線を外した。
……これで、僕に明確な敵意を持つ奴がはっきりした。
僕から視線を外さかったのは一人のみ。注意しておくべきだろう。
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