2話
まず最初に感じるのは浮遊感。4月らしい草の匂いが混じった春風を体全体で感じる。
次に感じるのは重力。ジェットコースターは体が弱いので数回しか乗ったことがないのだが、急激な落下によって体の中心、お腹辺りに力を感じる感覚……落下?
冷静さを取り戻し辺りを見回すと今まさに自分は落下中だった。
なるほど。
これはゲームこれはゲームこれはゲーム……
「うわああぁぁぁぁ……ぁぁ?」
ゲームだろうとその身にかかる感覚はあまりにリアルすぎて叫び声をあげてしまったが違和感に気づく。
地面に落下する直前に緩やかに減速していき接地するころには問題ない速度まで落ち着いていた。
どうやら街の中央広場のような場所に降り立ったらしく、周りのプレイヤーたちの注目を浴びてしまっていた。ほとんどの人は見向きもしていないが、一部の人は懐かしいものを見るような、微笑ましいものを見るような目でこちらを見ている。
猛烈な羞恥心によりいたたまれなくなったので、街の南側に走り去る。おそらくそれすら日常茶飯事なのだろう、道行く人たちも温かい目で僕を見守っていた。
◇
走り去ったにも関わらず乱れていない息に感動しながら、街から出る門を抜け草原に足を踏み入れた。視界の上に 始まりの草原 と表示されるのを見るにここからが戦闘フィールドなのだろう。
「何からやろっかな…っと」
普段ゲームをするときは調べてからプレイするのだがこんなに動いても疲れない世界なら少しでも多く動いていたい。
とりあえずただただ南を目指して走り出すことにした。チュートリアルによると△状に大陸が広がっていて、最初の街は頂点の上側にあたるのでとりあえず南に行けば次の街にたどり着く。
走っている途中、やはり現在話題沸騰中のゲームのためソロでモンスターを倒すプレイヤー、パーティで連携するプレイヤー、薬草らしきものを採取するプレイヤーやただ世界を楽しみたいのかキョロキョロと観察しているプレイヤー、それらが至る所にいた。
しかしVRMMOらしく草原が尋常じゃなく広いので混雑している印象は与えられない。文字通り賑わっているお祭りみたいな雰囲気だ。
走り始めること数分、喘息の症状や肺のダメージなどはないがスタミナのような概念はあるらしく、体が重くなってきた。全力疾走ではなく駆け足とはいえ数分走れたことに感動しつつ地面に座り込んだ。だいぶ走りこんできたと思ったがまだまだプレイヤーたちは多く、何かぷにぷにした謎のモンスターと戦っていた。
モンスターを観察していると【スライム】という名前の下にHPバーが表示された。
このゲームだとスライムは序盤に出てくるタイプのモンスターか。ゲームによっては強いからなスライム。
剣士らしきプレイヤーはぷにぷにしたスライムの核に攻撃が当たらず大きくHPを減らせないでいた。
いやこれは当たらないのではなく当ててないのかな?どういう意図があるかわからないけど格の周りを削り続けていた。
意図を探ろうと観察しているとだんだん戦闘範囲が近くなってしまっていたようで剣士が回復のため大きく飛びのいたときにこちらにスライムの攻撃が飛んできた。
不意の事態に咄嗟に手で払い落すように防ぐがその時ちょうど核に攻撃が当たったようでクリティカルとなりスライムが倒れてしまった。
「あー……」
やってしまったかな。横殴りとかあるのかな。
スライムと戦っていた剣士らしきプレイヤーが近寄ってくるがあまり怒った様子ではない。
「すいませんタゲ取っちゃって」
「いやいや、経験値は普通に入るから気にしないでいいよ!それにしてもよく倒せたな!βプレイヤー…にしてはまだここにいるし初心者装備だね。VR経験者とか?」
「ゲームもVRも初心者です、反射神経だけはいいのでそれはあるかもしれないですけど、たぶんビギナーズラックですね」
昔から動体視力・反射神経だけは異常に良かったのだが現実では体が強張ってしまい動かないので怪我が絶えなかったけど…ゲーム内だと体がしっかり動くので防御できるみたいでよかった。
まぁ、反射的に攻撃しなかったら横殴りにもならなかったのだけど。
「へー、若いんだな。俺くらいだとそうはいかねぇ」
剣士さんは社会人くらいかな。いやいやまだまだ若いですよなんて歓談を交えつつ、スタミナが回復してきたのでとどめだけもらったお礼を言って立ち去ることにした。
「短剣持ちにしてはAGI低いな…STR・DEX振りかな?ソロだし最初は耐久とかに振ってるのかな……」
剣士さんが後ろで呟いている言葉はあまり聞こえなかった。
◇
その後はモンスターとの戦闘も避けつつ南に進んでいると雰囲気がだいぶ変わってきた。草原から木が生え始め、奥まで来ると地面に光すら通らない鬱蒼とした森になってきた。
走るのをやめ観察するように歩いていると、周りのプレイヤーが少なくなってきたことに気づく。ここら辺ではあまりモンスターも少なく狩りに適さないのだろうか。
もしくは危険なモンスターが出るのか……と思い至り一歩踏み出したところで足をとめた……その途端、視界に黄色い線が表示される。
『CAUTION!ボスエリアに侵入しました!ボスが接近中!』
プレイヤーがいなかったのもモンスターがいなかったのも理由があったらしい。しかし面倒くさい形でそれを知らされた。
木々の間をがさがさと動く黒い生物にむりやり視界が持っていかれる。そして近づいてきたそれは八本の足を広げ宙からこちらをのぞき込んできた。
『第一エリアボス!【マザースパイダー】!』
人の数倍はある大きな蜘蛛の姿に、思わず呟いてしまった。
「うわきっしょ!」
人語を理解しているかは謎だが、少し震えた後僕に向かって鎌のように鋭い足を突き出してくる。反射的に武器を盾にするもまだ何本もある足に防御ごと貫かれ、無事初めてのデスを体験した。
◇
少しの視界の暗転の後に広場に戻るか選択肢が現れ、戻ることを選ぶとリスポーンした。リスポーン時には初ログインのときのような落下はないらしく、静かに中央の広場に降り立った。
うっかりしていた、まさかボスエリアに入ってしまうなんて。まぁボスエリアがあるなんて思ってもいなかったのだけど。原因は……走るのに夢中になりすぎたな、次はボスエリア手前で引き返そう。
次はもっと広く走ろうか、隅々まで見て回ろうか、いやガンガン戦闘しようかなどと考えながら広場から出、再度始まりの草原の表示を見てから体が少し重くなったことに気づく。
なるほど、ネットゲームのデス……キャラクターの死亡にはゲームごとにペナルティ変わるけど、このゲームはステータスにマイナス修正が入るタイプなのか。
しかし現実の体はこれの比じゃないくらい動きづらいので気にせず草原を歩む。今回はレベル上げ……始まりの草原の街付近にいるモンスター、イッカクウサギを狩ることにした。
名前通り角が生えただけの可愛いウサギなのだが直線的とはいえ鋭い角は中々。
……いや、一匹だと弱いな。直線的だし突進の前に溜めが入るから見てから横に跳べば軽く反撃できる。数匹狩ってみたけど弱い。2匹でもまだ弱い。
ただそのせいか経験値も少なめだし、倒した時のアイテムドロップもウサギ肉がメインだ。次に皮、たまに角が落ちる。でもこれも何に使うかわからないし集めておこう。
ちなみにアイテムは結晶としてドロップして、説明が表示される。
【イッカクウサギの肉】
食用
食べることができる。スタミナを回復する。
【イッカクウサギの皮】
素材
イッカクウサギの皮。なめすと革装備に使える。
【イッカクウサギの角】
素材
イッカクウサギの硬い角。装備の素材になる。
生で食べれるんだ。ウサギの肉。結晶をアイテム化するとずるりと生肉が現れる。感触がリアルすぎるしVRとは言え生で食べるのは恐怖心が半端じゃないので再度結晶化しインベントリにしまった。
さて、世間一般のプレイヤーはわからないけど僕は素材やアイテムはなんとなくインベントリ1スタックは集めたくなる質だ。何に使うのかわからないし薬草とか1回も使わなかったりするのに一応99個買うタイプだ。
何が言いたいのかというと、ウサギ狩り続行。
◇
合計40匹ほど狩ってやっとレベルが1上がった。
ここまでドロップは肉が31くらいで皮が8つ、角はまだ1つだけか。最初の1個は運が良かっただけかな。
次で最後にしようかなと思っているとウサギが5匹の群れで現れた。30匹で4匹の群れだったので規則性はだいたい察していたけど。
しかし2匹3匹の時にも思っていたがウサギは群れてもしょせんウサギ、狩らせてもらおうと短剣を腰から抜く。
コツは簡単だ。まず最初の1匹目が溜めモーションに入る。ここから5秒で突進が来るので回避すると次のウサギからは3秒ごとのくるのですべて回避した後に最初の1匹に攻撃をいれる。これの繰り返しで狩れる。というわけで1,2,3……
「お、さっきの少年!」
「あ、剣士の人。どうもふべらぁ」
「しょうねええぇぇぇん!!」
剣士の人に話しかけられ、反射的に振り返ってしまったところにウサギの突進が次々と飛んできた。VITやHPもデスペナで下がっていたらしく、剣士さんが慌てて駆け寄るも僕は2度目のデスを迎えた。
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