ギルド『魔法使いの金言』

 なんとももっともらしい理由をつづった置手紙を残して、家出をしてきたが、実際のところ自由になりたかっただけなのだ。


 だから逃げだしてきた。


 わたくしの名前は、ヴァルロゼッタ・ベル・ロザリオ。大陸メガリアの北東に位置する大国エルダーランド王国の第三皇女である。

 

 だが、そんな重圧に耐えきれず。


 今は、その身分を隠し、冒険者ロゼッタとして地方のギルドを転々としていた。

 

 少なからず冒険者と言うものに憧れがあったのだ。

 正直、学園と城を行き来するだけの生活には飽きていた。いつの間にか、どうしても外の世界が見てみたい、そう思うようになっていたのだ。


 何を隠そう私は異世界転生者。


 創作上の産物だと思っていた異世界に転生したからには、神様から与えられたチートスキルを使い、悪党や魔物を討伐しながら冒険がしてみたいと考えるのは至極当然の事だった。


 只一つ死活的な問題があるとすれば、私には、ある程度のを越えると、チートスキルを抑えきれないという欠陥けっかんがあった。


 王都のライブラン魔術騎士学院にいた頃は、なんとかその範疇はんちゅうで手加減をし、力を抑えてこられたのだが、都市を囲う堅牢な壁の外を我が物顔で闊歩かっぽする魔物相手には、そのような小細工は一切通用しない。


 したがって非常に残念なことに、このは、なかなか周囲に受け入れられず町から町へ放浪する事を余儀なくされていた。


 どこかにゆっくり出来る安住の地を求めて、私は今日も歩を進める。



 ※※※

 


 大陸歴1554年。春の2月。


 転生する前の世界では4月に当たる今は、春の雪どけに呼応して、冬眠していて腹をすかせた魔物達が徐々に活発化し出す、危険な季節。


 王都を出て約10ヶ月。

 私の冒険者生活もなれたもので、今では、地図を読み間違えて目的地にたどり着けないという失敗の類は卒業したのだ。

 

 王都ライブランから方角を西に十数の町や村を経由して、辛うじて馬車がすれ違える程の田舎道を進んでいった先に、周囲を樹海に囲われた辺境の町がある。


 それが隣国、グラディエント皇国との国境に最も近い、エルダーランド王国最西端のアインシュタット辺境伯が治める人口500人ほどの町、ノーツライザ。

 その町並みは、辺境であるからなのか少し時代に取り残されたような独特のあじわいがあった。

 それでも商店が並ぶ大通りでは活気に満ちていて、なかでも王都とは違い、人間と亜人が差別なく暮らすそのさまは、この町が良い町であるという何よりもの証拠だった。


 私は、素敵な新生活の始まりの予感に心を躍らせながら、店先に並ぶ特産物に誘惑されながら、大通りを真っ直ぐ目的地へと進んでいった。


 この町にもこのような辺境の地でありながら、地方職業組合ギルドが存在しているのだ。

 ギルドとは、人間が生活する上で必要になってくる、力仕事や薬草などの素材調達、迷宮ダンジョンの探索や魔物の討伐を依頼としてまとめ紹介してくれる案内所のようなものである。

 

 また、ギルドから依頼を受けて生計を立てている者は、冒険者と呼ばれている。

 

 私もそんな冒険者の一人なのだ。


 ノーツライザのギルド集会場は、酒場と併設されているということもあってかひと際目立つ大きさの建物になっている。おかげで集会場へは迷わずたどり着くことができた。

 外観は、経年劣化のためか幾度の補修工事の痕跡こんせきが目立つ、この町一番の大きな木造建てだ。前世の感覚で言えば、廃校になった小学校みたいな感じというのが、一番しっくりくる表現になる。


 これが、この町のギルド『魔法使いの金言』である。


 今度こそ上手くやっていけますように――。


 そんな風に願掛けをしながら、少し緊張気味に、ゆっくり集会場の扉を開ける。

 中の様子は、外観のくたびれた感じとは裏腹に、わいわいと賑やかで気圧されるほどだった。

 

 まだ昼間だと言うのに宴会を開いている者もいれば、狩場を転々と旅しているであろう女冒険者に自らの武勇伝を語る軟派な男たち。

 募集依頼の紙が幾つか張られている掲示板の前では、何やら議論をしているまだ初々しく見える冒険者一行。


 ほとんどの人たちが獣の皮や鱗を主体とした防具を身に着けていて、やはりここでも自分のような軽騎士鎧ライトプレートは少し目立ってしまっている。

 

 「おい、見てみろよ。ありゃぁ、騎士か?」


 誰かがそう言った。


 こればかりは仕方ありませんね――。


 少しため息をつく。


 私も王都の壁の外に出て身をもって知ったことなのだが、人よりも素早い魔物相手では鎧の様な防具を着て戦うことはかえって自殺行為になりかねないのだ。

 確かに、獣の皮や鱗に比べると格段に防御力はあるものの、身軽さで言えば前者には及ばない。鎧を着ながらも俊敏に動けるのであれば、その分、鎧を捨て被弾率をゼロに近づけた方が結果的に生存率が上がるというわけだ。


 急所さえ保護できればといった感じの防具が今の冒険者のトレンドだ。


 したがって、私の様に律儀に鎧を着ているのは、よほどの物好きか元騎士団員の二択になる。


 それでも、私がこの鎧を捨てられずにいるのは、まだ少しばかり、王都にいた頃の自分を捨てきれていない、未練の様なものなのだ。

 

 ともあれ、今まで見てきたギルドと大きく変わったところは無いようで一安心する。どうやら序盤の方は問題がなさそうだ。

 私は、一通り集会場内を見渡すと用事を済ませるべく、集会場奥にある受付窓口へ向かう。

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