異世界転生者は無双ができない。ー魔法使いの金言ー
ぷ。
プロローグ
異世界転生者。
それは前世の記憶を引き継ぎながらに、剣や魔法や魔術やらが存在し、ドラゴンが居たり居なかったりする世界に……、つまりは、退屈な現代の世とは別の異世界へと……、果たせなかった夢や希望を抱いて生まれ直した奇跡の
そんな存在であるはずの
しかし、それは叶わなかったのだ。
一人の
私の約束されたバラ色の未来は、砂上の
***
「いやあ”あ”あ”あ”あ”!怖い”い”い”い”い”い”い”!!」
エルダーランド王国の最西端。途方もない緑、陸の大海、フォルテナル樹海。
朝焼けに照らされて小さな影が二つ、少し離れて巨大な影が一つ。
縦横無尽にその上空を飛び回る。
平時ならば、目を奪われるような美しい景観だが、今はその様な感想を抱いている余裕は心の
私達以外に生物の気配は無く。誰も彼もがこの異常事態に呼応して、安全な場所へと退避していた。
一秒、一瞬と油断の出来ない状況に身体は
怖い……、帰りたい……、怖い……、うぅ、帰ったらとびっきり美味しいスイーツを食べてやるんですから――、自分の中で逃げ出したい欲が堂々巡りをしながら膨れ上がってゆく。
世界を破滅へと向かわせる混沌の竜を前に、“敵を引き付けて逃げ回るだけで良い”。私に与えられた
また、断れずに貧乏くじを引かされてしまいました――。前世から全然変わっていない自分の性格を皮肉って乾いた笑いがこみ上げる。
それを知ってか知らずか(いえ、まぁ知らないでしょうけど……)、黒き鋼の如き鱗を
私、冒険者のロゼッタは、空飛ぶ魔法の箒(正確には箒に見える何か……)に
「あっつぅ!今、
十分な距離を保って回避しても、
私の跨っている箒の先端ではプルプルしながら
「頭髪の先が少し焦げているな。だが、命に別状はない、作戦継続だ。敵は、飛行中、
「嫌ですよ。当たってみたりとかしませんからね、絶対!」
期待ともとれるノアさんの視線を感じて、即座に拒否する意思を示す。
この私。何を隠そう泣く子も黙る異世界転生者なのだが、今となっては、それは些細な事であった。
「ロゼッタ、後方6時の方向。3秒後に次の
「えぇー!?ノアさん、分かりづらいですよ!それ!!」
「今すぐ左に避けろ」
「ひいぃいいいい!あ、危ないところでした……。オズさん!オズさぁん!!早くどうにかして下さぁい!!!」
その証拠に、耳にはめた
「ええい!無線越しにやかましいわ!!貴様、それでも異世界転生者か!!?今までチートスキルなんぞに頼りきりだからすぐ根が上がるのだ。根性を見せんかもっと」
偉そうにまくし立ててきた、遠慮のない尊大口調の彼の名前はオズバレット。中性的な顔立ちに束ねられた綺麗なブロンドの髪が風に撫でられて馬の尻尾の様になびいている。
オズさんは、
間違いなく言い切れるのは、異世界転生者の私なんかよりも異質な存在ということだ。
「高度と速度はこのまま維持だ。完全に奴の注意がそちらに向いたら、俺がすぐさま頭上を抑える」
「ですが、陽動作戦なんて……、いくら命があっても足りませんよぅ」
一度は決心して臨んだ事だが、いざ実戦となるとドラゴンの迫力に
「“貴様がどのような事でも協力させて下さい。”と言うからこの作戦になったんだぞ」
「うぅ……、それは重々承知しています……」
それについては全く反論ができない。あのドラゴン……、ズェヴェル・ナーガを救ってやりたいという気持ちは今も変わることは無く、その為のこの作戦だということも熟知している。
只、もう少し思いやりがあっていいのでは――とは、思わなくもないのだ。いくら異世界転生者であっても怖いものは怖いのだ。
「ロゼッタ。ワタシは君が陽動役になるのは、妥当だと判断する。事前情報の通り、敵の異世界転生者に対しての殺意は尋常ではない。正に適材適所を体現した、とても効率的な
「ノアさん……、それは全然嬉しくないですから……」
心無い残酷な現実を突きつけてきたのが、今回の作戦の責任者。姿は、銀色のメタルスライムにしか見えない、自称・量子コンピューターAIのノアさんである。
量子コンピューターAIがどのようなものなのか、そもそもファンタジーなこの世界に存在しても良いのか……、前世で文系だった私には、SF映画に登場するレベルの知識でしか分からないが、要は物凄く速く計算が出来て頭が良い機械なのだと独自に結論付けた。
初対面の時こそ、産業革命以前の文明レベルなこの世界で、その設定は流石に無理があるだろうと思ったが、今となっては、彼は何一つ嘘を言ってはいなかったと分かる。
オズさんのチートスキル耐性と、ノアさんの量子コンピューターAI。
今回の作戦においての主役は間違いなく彼らだった。あのドラゴン相手では私のチートスキルなど牽制程度にしかならず、そんな理由でも陽動役は適任なのだ。
この二人の強烈極まりない個性の前では、私の異世界転生者など最早没個性なのでは、と思えてきた今日この頃である。
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