追放

 今回、この町を選んだのは冒険者として働く以外にもうひとつあるのだが、先ずは冒険者登録だ。 


 「すみません――」


 丁度、一人の狼のような風貌の亜人が要件を終えるところだった。

 入れ替わりに、それをにこやかに対応していた、優しそうな女性の受付に自分の要件を告げようする。

 

 受付は、白金髪の美人さんだ。


 「お疲れ様です~。あらあら?見ないお顔ですね~。――あ!?もしかして!冒険者登録ですか?冒険者登録でよね!?」


 「――え、ええ。冒険者登録をお願いいたします……」


 人懐っこそうな彼女は、わたくしが冒険者志望であると察すると、食い気味に目をぱぁっと輝かせながら受付口から身を乗り出して来た。

 その大きな胸に、机の上の筆記用具などが押し上げられ散らばってゆく。


 自分の容姿にそこそこの自覚はあったが(転生者特典で、融通が利くので当たり前と言えば当たり前だが……)、この方は色々とそれ以上だった。

 

 胸の名札には、受付ファルシア・ヴァン・アインシュタットと書いてある。

 血縁者なのだろうか。この町の領主と同じ家門だった。

 最近では、没落した貴族が小遣い稼ぎにギルドを運営するということを耳に挟んだ覚えがあった。この受付の方もそうなのかもしれないと、察する。


 「わぁ~、万年人手不足で困っているので大歓迎ですよ~!しかも女の子!銀髪!!可愛い~!!!契約期間の希望は?短期?長期?―ん~。はっ!。ここは住み込み!住み込みで行きましょう!!今なら二階の客室に空きがあるのですぐに提供できますよ!さあ!!!」


 一体何なのですか、この方は――?

 私は、ぐいぐいとせまる、受付の態度に困惑する。

 興奮気味にあれよあれよと一人で話を膨らませていくのだ。


「今なら朝昼晩の三食付き、通常の半額で提供しちゃいます!どうですかぁ!?」


 今まで様々なギルドをにされてきたが、対照的にいきなりここまで歓迎されたのは初めての事だった。と、言うよりも逆に怖いくらいの歓迎で、何か裏があるのではと勘ぐってしまう自分がいる。


 しかし、元々この町では長くお世話になりたかったので、このお得?な提案を断る理由は無かった。


 この町は、噂によると、私の安住の地の最有力候補になるのだ。

 

 それに、たまにはこれくらい簡単に話が進むのも悪くない。



 ※※※



 言われるがままに契約書の類の記入を終えると、冒険者登録完了まで時間があるということなので、少し歩き疲れたこともあり、集会場の机を借りて休むことにした。


 どうしても見た目で浮いてしまうので、人目につかないように隅の日陰になっている席を選んだ。我ながら生前の小心者感が抜けないことに、少し自虐的になり微笑しながら、年季の入った木製の椅子に腰を下ろした。


 すると間もなくして、私の席の方に真っ直ぐ、どかどかと中性的で綺麗な顔立ちの青年が向かってくる。


 服装からして、彼もどこかの貴族の息子だろうか。それにしては所々に補修した跡がみられ気にはなった。見るからに没落貴族感?ありありだ。

 

 もしかしたら、この青年もギルドの関係者なのかもしれない。

 この方、何処かで見掛けたような――?


 「――貴様、ここでは見ない顔だな」


 残念。どうやら、顔見知りでは無かった様だ。それよりも。

 貴様……、ですか――。

 開口一番。初対面にしてこの高圧的な態度は、まさに典型的ステレオタイプな貴族そのものだ。先ほどの腰の低い受付さんとは大違い(あっちの方が貴族としては珍しいが……)。


 ともあれ、なんとなく嫌な予感がして身構えてしまう。


 この流れって――。

 大体どのギルドに入っても毎回起こる通過儀礼ログインボーナスのようなものだ。

 私は自分で言うのも恥ずかしいのだが、異性を引き付けやすい容姿をしているらしく、軟派の類には事欠かなかった。

 あるいは、血の気の多い荒くれものが新人相手に腕試しと言った感じの恒例行事アレだろう。何にしろ、こういった輩の対応には慣れているのだ。


 「初めまして、私は今日よりこのギルドでお世話になる、冒険者のロゼッタと言うものです、以後よろしくお願いいたします」


 非の打ち所の無い愛想笑い。

 変に悪目立ちすることは出来るだけは避けたいので、友好的に対処することにした。

 私は、腐ってもこの国の第三皇女なのだ。ありとあらゆる社交術は叩き込まれて来た。このような手合いの相手は、修羅場と言うにはほど遠い。


 さて、どうでしょうか――?

 青年は私の態度など気にも留めずに、つまらない物を見るような冷たい視線を向けてくる。


 「――ふうん、そんなことはどうでも良い」

 「……え?」

 「貴様は今日でこのギルドを追放になるのだからな」

 「な……!?」


 追放……、ですって――!?

 まさかの開幕追放宣言。


 一日でギルドを追い出されたことはあったが、町に来て一時間も経たずに追放されたことはなかった。

 これまで、数々のギルドでをしてしまい追い出されて来た私でも、していないうちに追放となっては納得がいかない。


 「――待ってください!それは何かの間違いではないでしょうか?私、今日このギルドに来たばかりなのですよ!?」


 思わず声を荒げてしまう。


 「そんなの見ればわかる」

 「それならば、何故……」


 確かに、“異世界転生者”と“追放”の二つは切っても切り離せない関係なのは仕方がない。

 私も最初の頃は、異世界転生者であるならば、ギルド追放後のざまぁイベントの一つでも経験してみたいものだと、馬鹿な妄想をしていたことがあった。

 しかしながら、まさかギルド追放がライフワークになるなどと夢にも思っていなかったのだ。


 しかも、追放の理由は至極まっとうな訴えで、ざまぁ展開などおこがましい。十割で私が悪い場合しかなかった。つまりは、決定的な事実の元、私は納得して追放されてきたのである。


 それが今回は、全く身に覚えが無いのだ。


 「俺に迷惑がかかるからだ」


 青年は至極当然のように言う。


 「――そんな。……迷惑って、まだ、私何もしていませんが……?」

 「何かされてからでは、遅いだろうが。貴様は馬鹿なのか?」

 「なっ……!?」


 この方、初対面ですのに好き勝手言ってくれますね――。

 完全に人を見下した物言いの上に、全く会話がかみ合わない。

 それよりも何よりも、なんとも一方的な言い分に、慈悲深く温厚な私でも流石に腹が立った。


 「ふん、理由なんぞなんだって良いだろ。どうした?出口はあっちだぞ」


 青年は白々しく、出入り口の扉の方を指した。


 「納得のできる返答が聞けるまでここを一歩たりとも動きません!」


 私は、意地になって、少しむくれてそっぽを向く。


 「ちっ」


 悪態を突きたいのはこちらの方だ。


 「では、言うが――、」


 青年は急に神妙な面持ちとなり、私の目を見つめ顔を近づける。

 ほのかに香水のいい香りがする。


 え、ちょ近――。

 以外にも顔が好みのタイプ(少年であったら完璧)で不覚にも赤面してしまう。


 「――貴様、異世界転生者だろ?」

 「え――?」


 瞬間。

 血の気は一斉に引き、紅くなっていた顔は青白く凍りついた。

 瞬く間に彼の言葉は、頭の中で反芻はんすうされ。延々に時間が引き延ばされていくような感覚に支配されていく。

 彼の言葉の意味を、私は理解したくなかったのだ。


 有り得ない――。


 有り得て良いはずが無いことが起こったのだ。

 この異世界人は、異世界転生者の存在を認識している。


 それは正に青天の霹靂で、人間はそういった全く想定していない事態に巻き込まれるとこうも立ち尽くす者なのかと痛感する。

 あまりの衝撃的な出来事に立ち眩みがして、呼吸が途絶え気が遠くなった。

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