第2話 後輩の夕飯
「そろそろ帰るぞ」
「はい、先輩」
素直にパタンッと本を閉じると、詩春は帰り支度をする。外はすっかり橙色の世界に色づき、運動部の解散する挨拶が聞こえてきた。
「先輩はなんで文芸部に入ったんですか?」
唐突過ぎる質問にも凛太郎はしっかりと答えていく。
「楽だと思ったから」
「でしょうね」
その分かりきった反応は腹が立つ。なら訊くな。
「お前は?」
「お前ではなく、できるだけ名前で呼んでください」
「詩春はなんで文芸部に?」
「もちろん先輩がいたからです」
さも当然のように言うのも腹が立つ。少し嬉しいけど。
「じゃあ、俺が野球部にいたら詩春も野球部に入ってたのか?」
「いいえ、文芸部に入っていました」
「俺が理由じゃねーじゃん! 最初から文芸部希望だったんだろ」
「それも否定しません」
「否定してたら嫌いになってるところだった」
二人は部室を出る。戸締りは一応部長である凛太郎がやって、鍵を職員室まで返しに行く。別について来なくてもいいのだが、詩春も後ろをちょこちょこ追いかけた。小動物みたいで可愛いと思ってしまったのは内緒だ。
昇降口で靴を履き替えて、二人は再び肩を並べて歩き出す。
「先輩とのこんなラブラブな姿を見られたら、きっとみんなは新婚夫婦と見間違えるでしょうね」
「そこはカップルって言って欲しいな」
「ラブラブなのは認めてくれるのですね。妊娠しそうです」
「もうその話題は引っ張るな!」
すると詩春はピタっと足を止めた。顔を右に四十五度回して見つめる先には一つのコンビニがある。
「寄っていくのか?」
「はい」
コンビニへと二人は立ち寄る。詩春が真っ先に向かったのはカップ麺のコーナーだった。ずらりと並ぶカップ麺たちに凛太郎の胃も唸り声をあげる。
「しばらく来ない間に新商品も増えたなぁ。もしかして今日の夕飯か?」
「はい。今日はお母さんの帰りが遅くなるらしいので」
詩春の家は母子家庭で、母親は仕事上、夜中や朝に帰ってくることも普通にあるらしい。
だからと言って同情するなんてことはしない。それは逆に失礼なことだと凛太郎は思っていた。
「でもよ、カップ麺が夕飯って悲しくないか? 普通に弁当とか買えよ」
「無駄遣いはできません」
金銭的な面までは頭が回っていなかった。
失言したと反省する。
「デザートにケーキを買う予定なので」
「普通に弁当を買え!」
「ですが、デザートのケーキはマストなのです」
「それでカップ麺を食うとか、俺が許せない。仕方がない、今日は俺ん家で飯を食っていけ!」
「いいのですか?」
「当ったり前だ。後輩がカップ麺とケーキを食べているのに、俺が普通の食事をしているのは嫌な気分だ。それに栄養面も心配になる」
いや、本当に心配で仕方がない。こいつすぐ体調崩すから、しっかり食べて身体をつくって欲しいのだ。
「ありがとうございます、先輩。ではさっそく、ケーキを二つ買いましょう」
「二つも食うのか⁉ もういいや、さっさと選べ」
「何を言っているんですか。一つは先輩の分なので、早く選んでください。今日は特別に後輩が奢ってあげます」
「そんな無駄遣いはするな。俺はいいから早く買ってこい」
すると詩春はやや値段の高いケーキを手に取ってレジへと向かった。
金ないのに贅沢するなよ……。
なんて思いながらも凛太郎は外に出て待っておくことにする。
「お待たせしました」
「節約してるんなら、ケーキも安いの選べばいいのに」
「いつもは一番安いのを選びます」
「じゃあなんで今日は高いのを買ったんだ?」
「先輩と半分こするからに決まってるじゃないですか」
「……」
「先輩? どうしました」
凛太郎はスッと歩き出す。
「早く帰るぞ。今日は上手い飯を作ってやる」
「楽しみにしてます」
その日食べたコンビニのケーキは最高に美味かった。
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