先輩は後輩のことがよく分からない。

花枯

第1話 青春先輩と変人後輩

 俺はどこかで、それを願っていたのかもしれない。ただ過ぎ去るだけの日常を壊して、俺の手を強引に引いてくれる。違う世界へと連れて行ってくれる。違う景色を見せてくれる。

 そんなきっかけをずっと待っていた。

 面倒なことは嫌いだ。疲れるのも、無意味なことも、無駄なことも大嫌いだ。それでも心のどこかではそれを「青春」の要素として求めている自分がいる。

決して自分からそれらに手を伸ばすことはないのに。

 そんな矛盾を自覚しながら生きている本当に面倒な人間こそが、この九重ここのえ凛太郎りんたろうだった。


 退屈過ぎる授業も終わり、今は放課後となる。この学校では全ての生徒が部活動に入らないといけない変わった校則が存在した。よって、一番楽そうだと思った文芸部に籍を置いている凛太郎は真っ直ぐに部室へと向かう。

 特に急ぐことはなく、その錆びついた扉を開けると、凛太郎にとっての「きっかけ」がやって来ていた。


「こんにちは、先輩」

「ああ、こんにちは」


 挨拶を済ませながら凛太郎は鞄を長机の上に雑に置いた。そして向かい合うような形でパイプ椅子に腰かける。

 別に日頃から本を熱心に読むようなタイプではない。暇だったら時々読む程度の少年が凛太郎だ。それ比べ、目の前の少女――白川しらかわ詩春しはるは文芸部に相応しい読書家である。自己啓発本よりも小説を好む一年生。この二人で文芸部は全員集合した。

 今日は本を読むような気分じゃなかった。だから詩春を眺めながら時間を潰す。


「……」

「…………」

「………………先輩」


 僅かに詩春の顔が俯く。そのせいで表情が前髪で見えなくなった。


「なんだ?」

「そんなに見つめられると妊娠してしまいます」

「妊娠しねーよ!」

「なんと⁉」


 詩春は顔を上げて新鮮な驚き方をする。


「ではキスをしたら妊娠するのも……」

「嘘に決まってんだろ! どんだけ妊娠させる気だ⁉」

「それは作りたい子供の数に合わせて……先輩は何人がご希望ですか?」

「そうだな……やっぱ娘と息子で二人は――」

「ふむふむ、先輩は最低でも二人が希望。男の子と女の子っと……」

「おいおい、メモを取るな!」


 正直に答えてしまった俺にも問題があるが、詩春の言葉は止まらない。


「先輩、私たちの子供の名前はどうしますか?」

「気がはえーよ! まずは結婚だろーが!」

「では、籍を入れる日と、式の日程を決めてしまいましょう」

「俺が悪かった。頼むから読書に戻ってくれ」


 心の底からの言葉を絞り出し、頭を下げる。これでは先輩としての威厳が損なわれるが、そもそも詩春の前で威厳もプライドもクソもない。

 この会話のスピード感と言い、脱線具合も異常だが、詩春が冗談で言っているのか本気でいているのかの判断ができないというのが一番の難儀するポイントだった。

 本人はいつも真剣な表情で喋り出す。先ほどの意味の分からない会話だって至極真面目な様子でペラペラと言葉を連ねていた。


 だが、これだけは真実だと言えることが一つだけある。


「お前、本当に俺のことが好きなのか?」

「はい、もちろんです。私は先輩が大好きですよ」


 真顔で言うな。少しは恥じらいながら言ってもいいじゃないか。


 だが、これが真実。先輩こと凛太郎と、この訳の分からない後輩こと詩春は、恋人同士なのだった。

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