Spooky Halloween㉒
―――思い返せばこの半日、色々と大変なことが起きたな・・・。
―――助けてくれたエルフ、リーフ、そしてバッドやエン、フランケンシュタインさん。
―――食べられそうになったり、捕まったりと色々あった。
―――それを思えば今こうして、リオンと手を繋いでいるのがまるで夢のよう・・・。
森を抜けて一段落、湖の傍までやってきたところで見知った四人が二人を待っていた。
「・・・あッ! あの時の吸血鬼!」
「おい! 俺のご主人様に向かって、何て口の利き方だ!」
「バッド、構わない。 まぁ確かに血を吸うことはできるが、君にはニンニクを食べるところしか見せていないと思うがね」
リオンがエンを吸血鬼だと判断したのは、その見た目からだ。 血を吸おうが吸うまいが、あまり関係がなかったとも言える。
「アンジュ、ここで待っていれば必ず会えると思っていた。 バッドから話は全て聞いたよ。 友人を捜すために私の屋敷から出たことや、バッドが手を貸したこと。
デッドゴッドの屋敷で噂になっていた人間の騒ぎのことも、全部ね」
「・・・それは、ごめんなさい。 迷惑をかけてしまって」
深く頭を下げるアンジュに、エンは優しく語りかけた。
「謝らせるために待っていたわけではないんだ。 私は以前から、人間も妖怪も壁を作る必要はないと考えていた。 ただそれは、私がニンニクを好んで食するという理由からなのかもしれないけどな。
きっとここで危険な目に遭ったり嫌な思いもしたと思うが、全ての妖怪がそうではないと分かってほしい」
「はい。 寧ろ、助けてもらったことの方が多かったと思う。 エルフ、リーフ、エンやバッド、みんながいなかったら、今頃私は無事にここまで来れていなかった」
「それはどうかな。 諦めなかったということの方が大きいだろう。 ・・・それにあの時の君が、アンジュの友人だったと知って驚いた。 通りであまり見ない顔だったわけだ」
エンは、リオンを見ながらそう言う。
「リオンもエンと知り合っていたの?」
「あぁ、アンジュも会っていたのか。 何か絶妙にすれ違っていた感じだな」
「確かにタイミングが合えば、もっと早く会えていたのかもしれないね」
「まぁ、いいさ。 今こうして二人は無事でいる。 それだけで十分だ」
「うん、そうね」
アンジュは少し照れ臭そうに返事をし、エンとバッドに向き直す。
「私も二人に会いたかったの」
「どうしてだい?」
「最後にお礼を言いたくて。 本当にありがとう」
「・・・本当に、律儀で優しい子だね。 妖怪に喰われなくてよかったとも、言うべきかな」
「まぁ、このバッド様がしっかりと案内をしてやったからな!」
「アンジュを助け出したのは見事だったというべきだろう。 流石、私の使い魔だ」
「よ、止してくださいよ。 もう、無我夢中でやっただけなんで。 ・・・で、ずっと思っていたんだけどその子は誰?」
バッドは頭を掻きながら、エルフの隣にいる少女に視線を移す。 急に話題を変えたのは、バッドが褒めなれていないせいなのかもしれない。
「俺のガールフレンド」
「え、マジで!? うわッ、何だこの敗北感・・・」
妖怪の世界で恋人を作るのは非常に難しい。 そもそもそんな習慣がない連中もいる。 だがバッドは、心底羨ましそうに眺め、うなだれていた。
「・・・さぁ、そろそろ行きな。 もうすぐで夜が明ける」
東の空が僅かに赤らみ始めていた。 ゲートから帰れるの明け方の一瞬、その機会を逃せばまた帰るのが一日遅れてしまう。
「エルフ、後は頼んだよ」
「分かりました」
エンの言葉に、エルフは力強く頷いた。 それを見たバッドが、二人に向かって呼びかける。
「アンジュ、リオン!」
「「?」」
「・・・もう、迷うんじゃねぇぞ」
「・・・ッ、うん! ありがとう、バッド! エン!」
こうしてエンとバッドと別れ、4人は森へと走り出した。 そこでアンジュは、リオンに手を引かれながら心の中で思う。
―――怖かったけど、こんな経験ができて本当に楽しかった。
だが――――彼女はまだ、残酷な真実を知らない。 いや、誰もそれに気が付いていなかった。
―――リオンも無事だったし、二人揃って脱出することができるんだから。
アンジュは意識を切り替えると、エルフに気になっていたことを尋ねかける。
「ねぇ、エルフ。 ・・・聞いてもいい?」
「何?」
「バッドから、エルフは元々人間で、偉い妖怪に変えてもらったって聞いたんだけど、それって本当?」
バッドは話していた。 エルフは元々人間で、人間を辞めたくてここへ来たと。 だが実際は、エルフはこの森で生きるため、デッドゴッドに復讐をするために妖怪になっただけだった。
「・・・うん、本当だよ」
「そうなんだ。 もしかして、それってリーフさんが関係しているの?」
アンジュはその事情を知らない。 魔女であるリーフのことが好きになって、妖怪に変えてもらったのかと勘違いしていた。
「勿論そうだよ。 リーフがいなければ、こんなところに二度と来たくはなかったと思う」
「凄いなぁ。 恋人のためなら人としての垣根なんて、簡単に超えられるっていうわけね(恋愛的な意味で)」
「あぁ。 そんなの迷う必要もないくらいさ(復讐的な意味で)」
アンジュはあまりにも真っすぐにエルフが言い切るので、逆に恥ずかしくなり顔が真っ赤になってしまう。 リーフはそれを聞き、一人笑いを堪えていた。
彼女は二人の間に認識の違いが生まれていると分かっていたのだが、何となく面白いので放っておいたのだ。
「・・・エルフは、リーフとここで生きていくんだよね?」
「生きていくっていうのが何を指すのかは分からないけど、ここにいるよ」
「そっか。 折角知り合えたから、一緒にこの森を出れたらって思っていたんだけど・・・。 そうだよね、エルフはリーフさんのために全てを捧げたんだよね」
「・・・ん? 全てを捧げた・・・?」
「いいの、言わなくても。 エルフの熱い想いは、十分過ぎる程伝わってきたから」
「・・・何かおかしいような気もするけど、まぁいいか」
そんなやり取りを黙って見ていたリオンが、東の空を指差しながら声を上げた。
「おい、見ろよ!」
「・・・朝日が昇ってきたね。 少し急ごう」
四人は少しだけ足を速めた。 アンジュももう、手を引く必要がないくらいには視界が回復している。 それでもリオンが手を繋いだままなのは、エルフとリーフに触発されたからなのだろうか。
―――・・・リオンも、ありがとう。
特に助けられたというわけではないが、アンジュは心の中で礼を言った。 やはり彼がいるという事実が、精神的な支えとなっていたのは大きい。
「あれが、ゲートなのか? ガラスがまるで崩れるように・・・。 すげぇな、本当に不思議な場所だ」
「ほら、君たちが望んでいたこの森の出口だよ。 ここを真っすぐに進めば、元の地へ戻れると思う。 明るいうちに、早く行きな」
エルフとリーフは立ち止まり、二人を先に行くよう促した。 月が消え、エルフはもう人間の姿に戻っている。
「分かった。 ここまで案内してくれて、ありがとな? リーフも。 お前らのことは忘れねぇよ。 つか、こんなに凄い経験をしたんだ。 忘れるわけがない」
爽やかな笑顔を浮かべるリオンとは裏腹に、アンジュは黙って寂し気な顔をしていた。
「・・・おい、アンジュ。 最後なんだから、悲しそうな顔をしていないで笑顔を見せろ」
「・・・うん」
別れの時は寂しい。 たった一日ではあるが、アンジュは二人に強い絆を感じていた。
「アンジュ。 俺たちのことは大丈夫だから、心配しないで」
「・・・」
「こっちの地へ戻りたいとか、思っては駄目だよ? ・・・また来たら、逆に迷惑だからね」
「うん、分かってる。 分かっているからこそ、もう二度と会えないと思うと寂しくて」
アンジュの目の端から、小さな雫が零れ落ちる。
「アンジュ・・・。 俺たちの分も、人間として生きてほしい。 アンジュが笑顔で毎日を過ごしてくれたら、俺もリーフもそれで満足だから」
「エルフ・・・」
「俺はこれからも、人間としての自分を忘れない。 例え姿形が変わってしまっても、心は人間のままさ。 だからアンジュも、ずっと笑っていてほしい」
「・・・うん!」
「さぁ、二人共もう行きな。 俺もアンジュとリオンのこと、絶対に忘れないから」
「分かった。 バイバイ」
こうして二人は、奇妙な森を後にした。 エルフとリーフは二人の姿が見えなくなるまで、見送ってくれる。
「・・・俺たちの分まで、幸せになって」
そして――――最後の言葉が、二人に届くことはなかった。 森からの出口を目指して歩きながら、リオンはポツリと言葉を漏らす。
「もしかして、リーフさんも元は人間だったんじゃないかな」
「・・・え、そうなの?」
「分からないけど、そんな気がしてな」
「そっか。 迷い込んだリーフさんを見つけるために、狼男になったのか」
魔女を好きになり妖怪になったと思い込んでいたが、こちらの方がよりロマンチックだなとアンジュは思った。
「あれ、でも、そうだとしたら俺たちと一緒に森から出られたんじゃ・・・?」
「何か事情があったんだよ。 ねぇリオン、もし私がリーフさんみたいに・・・。 いや、何でもない」
「な、何だよ。 そこまで言われたら気になるじゃねーか」
「別にいいの。 あ! もしかして、あれが森の出口かな?」
道の先が、白く輝く光へと伸びている。 根拠はないが、それが“この森の出口なのだろう”と直感的に理解していた。 二人は足を速め、その先へと向かっていく。
「行くぞ」
「うん。 さようなら、不思議な森とその住人さんたち」
「なぁ、アンジュ。 もしお前が一人いなくなったら、俺は命を懸けてでも迎えに行くよ」
「・・・ッ、え、リオ――――」
二人は光に全身を包まれ、そして意識は掻き消された。
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