Spooky Halloween㉑




数分前 最上階 鏡の前



アンジュはエルフを探しに、最上階まで来ていた。 鏡の中から出てくるリオンに、早速尋ねかける。


「リオン! エルフはいた?」

「・・・いなかった」

「え、そんな・・・」

「おかしいな、どこへ行ったんだろう。 そう言えば、何か大事な準備があるとか言っていたような・・・。 って、アンジュどうしたんだ?」


リオンが出てきた鏡を不思議に思い触れていると、背後から質問をされた。


「本当に私は、鏡の中へ入れないんだなって。 どうして私は入れないんだろう?」

「理由は分からないけど、本来はエルフしか入れないらしいよ。 だけど俺も入れたから、エルフも驚いていた」

「そう・・・」


とはいえ、今は鏡のことはどうでもいい。 エルフを見つけて礼を言うことすらも二の次であり、日の出と共にここから帰れるよう準備しておくのが最優先事項だ。


「・・・で、どうする? このまま、エルフが戻ってくるのを待つ?」

「・・・ううん、もういい。 一番大事なのは、私たちがこの森から無事に抜け出すことだから。 このままこのお屋敷にいて、誰かに見つかった時の方が危ない」

「でも、本当にいいのか?」


わざわざ探しに来たのだ。 本当は粘りたい気持ちもあったのだが、ここが分岐点に思えた。


「うん、いいの。 ありがとう、リオン。 ・・・ここまで、私に付き合ってくれて」



最上階を出発し階段を降りたところで、二人は壁の陰に隠れる。 この先は、このまますんなりとは行けそうになかった。


「うわっ・・・。 妖怪が想像以上にうじゃうじゃいるな。 これじゃあ、正面玄関から出られない・・・」

「でもここから、動かないわけには・・・。 見つかるのも、時間の問題よ」

「分かっている。 ・・・あ、そうだ! 俺が妖怪たちの目を惹きつけておくから、そのうちにアンジュは正面玄関まで走って」


リオンの提案に、つい大きな声で反論してしまう。


「それは駄目! みんなの前に出るなんて危険過ぎる! もしその方法でいくのなら、私が黒猫の姿になってみんなの気をそらした方が」

「アンジュには危険なことをさせるわけにはいかない!」

「じゃあどうするのよ!」


二人は徐々に言い合いの声が大きくなっていることに、気付いていなかった。 今も周りには、二人を探して妖怪たちがうろついている。 見つかってしまうのは、本当に時間の問題だった。


「お二人さん。 話す声が大きいよ」


突然背後からかけられた声に、二人は大きく驚いた。 だがそこに現れた相手こそ、二人がずっと探していたエルフだったのだ。 急な登場にもかかわらず、内心少し嬉しくなる。


「ッ・・・! エルフ!」

「エルフ! お前、今までどこへ行っていたんだよ!」


それを聞いたエルフは、隣に立つ少女と繋ぐ手をそっと持ち上げてみせた。 彼女は黒い帽子に真っ赤なルージュの唇、全身を包み込むローブを見れば魔法使いとも形容できそうな見た目である。


「俺の名前、アンジュから聞いたのか。 ・・・彼女を、迎えにいっていたんだよ」

「彼女・・・?」


エルフはリーフの肩を抱き寄せると、ニッと笑ってみせた。


「そう。 俺のガールフレンド」

「ガッ・・・!?」


言葉を失うリオンを面白く思ったのか、彼は言葉を続ける。


「そういう二人は、恋人同士だったりしないの?」

「べッ、別に俺たちはそんな関係じゃ」


リオンはチラりとアンジュを見ながらそう言った。 リオンの中で、アンジュとは友達以上の関係だという意識はある。 だが次のアンジュの言葉に、リオンの心は衝撃を受けるしかなかった。


「リオンとは、昔から長い付き合いのただの友達よ」


「へぇ、君の名前はリオンって言うんだ。 アンジュに堂々と答えられちゃったね」


引きつった笑みを堪えながら、リオンは精一杯の強がりで言ってのける。


「・・・。 さっきまであんなに尖って曲がりくねっていたエルフが、今では考えられない程に穏やかになっているなんて・・・。 逆に怖くて寒気がするぜ」


実際、リオンが驚く程にエルフの印象は変わっていた。 アンジュとリオンは知らないことだが、エルフは元々、復讐の念に憑りつかれていたのだ。

今ではそれも晴れ、更にはリーフという最愛の少女と再会することができた。 心が穏やかになるのも、当然と言えるだろう。


「リオン? エルフは最初から、穏やかで優しい人よ?」

「アンジュは騙され過ぎなんだよ」


その性格をどう捉えるのかは人それぞれ。 アンジュは元々呑気なところがあるが、最初から本質を見抜いていたのかもしれない。


「・・・ねぇ、エルフ。 捜したい人って、彼女たちのことなの?」

「あぁ、そうだよリーフ」

「あ、私もエルフのことを捜していたの!」

「俺を? どうして」

「どうしても、最後にお礼が言いたくて。 私を一番最初に助けてくれた人だから」


これでアンジュに心残りはなくなった。 そこに気の緩みを見つけたのか、エルフが首を振りながら再び釘を刺す。


「・・・油断するのは、まだ早いんじゃない? ここには君たちを狙う怖い妖怪たちが、たくさんいるんだよ」

「そう、だけど・・・」

「俺たちは二人を助けにきた。 このまま森の出口まで案内してあげるよ。 礼は最後でいい」

「急に優しくされると、逆に怪しいんだけど」


リオンは未だに、以前のエルフの印象が拭えないらしい。


「・・・アンジュに怖い思いをさせてしまったからね。 その償いだと思ってくれていい」


更に言うなら、エルフの考えではデッドゴッドのところにすんなりいけたのは、アンジュたちが関係していると思っている。 アンジュが見つかり妖怪たちが集まったことで、他が手薄になったのだ。


「でも私たち、ここから動けないの。 今は妖怪の姿なんだけど、人間だとバレちゃって・・・」

「うん、事情は知ってる。 今から二人を10秒間透明にするから、そのうちに正面玄関まで走るんだ。 俺たちが先導する」

「透明に・・・!? エルフ、魔法が使えるの?」


リーフと共にデッドゴッドに妖怪にされた時、二人はその性質を試していた。 エルフは当然狼男だったが、リーフは魔女。 簡易な魔法を10秒だけ自在に使えるという、驚きの力を。


「魔法が使えるのはリーフの方。 10秒経ったら強制的に魔法が解けるから、その前には外へ出るんだよ」

「分かった。 リーフって凄いのね、魔法が使えちゃうなんて」

「10秒しか効果がなくて、一度使ったら5分間魔法が使えなくなっちゃうのが難点だけどね。 ・・・じゃあ、いくよ?」


10秒は短い。妖怪たちの間をすり抜けるように走り、外へ出ないといけない。 不安はあったが、やるしかなかった。 だが事態は、思ったよりも容易かったのだ。

透明にしてもらった直後――――エルフとリーフが、妖怪たちの前に出て注意を引いてくれたから。


「二人共、無事に屋敷から出れたね。 ここはまだ危険だから、妖怪の目が届かないところまでもう少し走ろう」


再度合流し、森の中を走っていく。 ただ森は相当に暗い。 何度も木の根に引っ掛かりこけそうになるアンジュに、リオンは手を差し伸べた。


「・・・ごめんリオン、私は黒猫なのに暗闇には弱いの。 急いでいるのに悪いんだけど、ありがとう」

「それくらい大丈夫さ・・・って、おい!? 妖怪が付いてきているぞ!」

「え!?」


二人の後ろには、魔女であるリーフと全身毛むくじゃらの男が走ってきていたのだ。 突然の登場に驚き、この場から走り出そうとする。


「俺だよ、エルフさ。 狼男だから、満月の日は姿が変わってしまうんだ」

「エルフ・・・。 貴方、狼男だったのね」

「あぁ。 今は怖いかもしれないけど、このまま行こう」

「ううん。 怖くなんかない。 凄くカッコ良いよ」

「ッ・・・」


褒められると思っていなかったところで褒められ、エルフは照れ臭くなってしまう。


「だから『今日、満月だから』って、言っていたのかぁ・・・」

「あぁ、うん・・・」


そしてアンジュに友達と断言され他の男を褒めるところを見せられたリオンは、一人拗ねていた。


「・・・アンジュ。 早く行くぞ」

「あ、待ってリオン!」



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