Spooky Halloween⑳




―――ずっと前から、この日だと決めていた。


最上階。 デッドゴッドの居室を前にし、エルフは拳を握り締めた。 満月の夜は、狼男であるエルフが最も力を発揮できる日。


―――誰とも遭遇せず、ここまですんなり来れるとは思ってもみなかったな。


おそらくはアンジュが、何か騒ぎを起こしてしまったのだろう。 だがそれも、幸運が自分の味方をしてくれているのだと考えることにした。


「行くぞ」


みなぎる力を憎悪に変え、重いドアを蹴り飛ばす。 そのまま、震える口で間髪入れずに告げた。


「デッドゴッド・・・。 ついに、ついにこの日が来たな」


破片が飛び散る程の激しい突入であったのにも関わらず、デッドゴッドはエルフに目を向けるだけで、ただ静かに佇んでいた。


―――澄ましていられるのも、今だけだ。


エルフは元々人間だった。 アンジュやリオンと同様に恋人とこの奇妙な森に迷い込み、そしてデッドゴッドに恋人であるリーフを殺されてしまった。 

人の命はモノノ怪を前にして、あまりにも脆かったのだ。 ギラりと睨み付けるエルフに、デッドゴッドは淡々とした口調で言う。


「復讐に来た。 そうだろう?」


いきなり核心を突かれ逆に動揺してしまうが、バレていることは想定の範囲内でもある。 今現在、部屋にデッドゴッドと二人きりで護衛はいない。 そのチャンスを、逃すわけにはいかなかった。


「お前の働きを、本当に頼もしく思っていたんだがな」

「ふッ。 お前の弱点を探るために、従順なフリをしていたまでさ」


デッドゴッドはこの森の王、支配者である。 その力は、自分にとって格上のエンパイアと比べても遥かに上。 そこらの妖怪たちが束になってかかっても、相手にならない程の実力の差があった。


「お前の目は生きる者の命を奪う。 それは、お前の弱点の裏返しでもあったんだ」

「・・・」


デッドゴッドは死を司る化身。 生きとし生けるものを全て、目が合えば命を奪い取る。 リーフも、ただ目が合っただけで死んでしまったのだ。

沈黙を肯定と捉え、エルフは懐で森で捕まえておいたカエルを握り締めた。 別にカエルが弱点というわけではない。 命があるものならば、何でもよかった。


―――俺は見たことがある。

―――デッドゴッドが森で一人でいる時、必要以上に生き物に怯えていたことを。


「死者や妖怪では、お前に手出しはできない。 だから命を奪い、妖怪に変えていたんだろう? 俺もそれが分かっていれば・・・」


エルフはデッドゴッドへの復讐を誓った時、人間であることを辞めデッドゴッドに狼男に変えてもらったのだ。 だがそれは、デッドゴッドへの復讐の機会を逆に失ったのだと後に気付いた。


「そういうわけではない」

「言い訳は聞かない。 俺が、終わらせる!」


もちろん、カエルでデッドゴッドを倒せるとは思っていない。 倒すにはまた別の何かが必要。 そして、それは嘘つきしか入れない鏡の中で見つけていた。

切り付けると癒しの力が発動する、謎の短剣。 試したわけではないが、デッドゴッドにはこれが効くということを何故か確信していた。 短剣を握ると、エルフは走りながらカエルを投げ付ける。 

そしてそれは、想像以上の効果を示した。


「くッ」


カエルはデッドゴッドと目が合い命を奪われてしまったが、致命的な隙を作ることに成功したのだ。


「デッドゴッドォォォォォォォォ!!」


「それはッ・・・!?」


短剣はエルフの全力の突進と共に、デッドゴッドの心臓を貫く――――はずだった。


「なッ!」


デッドゴッドの羽織るマントが大きく切り裂かれ、闇とも形容できる中身が露となる。


「中身が、ない・・・?」

「その短剣の刃が私に届いていれば、確かに手傷を負わすことはできただろう。 残念だが、私に胴体はない。 そういうモノなのだ」


勢い余ったエルフが壁に激突し、体勢を崩していると何やら白く光る球体を投げ渡された。 満月以外の球体を触ると、狼男の変身が解けてしまう。


「くそッ・・・! 殺せよ」


人間に戻ってしまっては、もうどうすることもできない。 短剣もデッドゴッドに奪われてしまった。 この状況を打開する手段は、他に思い浮かばなかったのだ。


―――・・・すまない、リーフ。

―――今から俺も、そっちへ行くよ。


最期に考えるのは、失ってしまった最愛の少女のこと。 目を瞑れば、今でもその笑顔を思い出すことができる大切な人。

覚悟を決め、待っていたのだが――――デッドゴッドの鎌が、エルフに振り下ろされることはなかった。


「付いてきなさい」


「・・・?」


デッドゴッドは背中を向けると、静かに廊下を歩き始める。 今なら逃げることもできただろう。 ただそうせず付いていくことにしたのは、デッドゴッドがどこか哀愁を漂わせていたためだった。


「この部屋は・・・」


先導され辿り着いたのは、バツ印が大きく書かれた謎の部屋の前。 エルフ自身、中がどうなっているのかは全く知らない。 何故かデッドゴッド以外の妖怪は、ここに入ることができなかったのだ。


「私も理由は知らないが、館の主と人間しかここに入ることができない。 それは知っているな?」


そう言いながら、デッドゴッドはエルフの腕に触れた。 本来、狼男として定着してしまったエルフは、妖怪に触られても元に戻ることはない。 だが、相手がデッドゴッドとなると別だ。


「わざわざ人間に戻して、ここに何があるというんだ?」


デッドゴッドは何も答えなかった。 ただ黙って扉を開けると部屋を進み、頑丈な扉に手をかける。


「お前の望むものが、ここにある」


エルフの目に飛び込んできたのは、果ての見えない謎の空間。 屋敷全体、いや、森全体と比べても広過ぎるそこは無機質で、そして、いくつかの奇妙な木が立ち並ぶだけだった。


「――――ッ!? リーフ!」


エルフは駆け出していた。 奇妙な木はシャボン玉のような大きな実を吊り下げており、そこには最愛の少女が眠っていたからだ。


「デッドゴッド! お前は命を奪うだけでは飽き足らず、こんな惨い仕打ちまでを・・・」

「その少女は生きている。 いや、正確に言えば人間としては死んでいるが」

「・・・どういうことだ?」

「人と妖怪では、住んでいる時間が違うんだ。 ここで眠らせていないと人の時間は、あっという間に終わってしまう」


エルフには、デッドゴッドが何を言っているのかよく分からなかった。 ただ一つ言えることは、もう一度彼女に会うことができたという事実。


「彼女は、目覚めるのか・・・?」


エルフ自身、その望みは薄いと思っていた。 だが予想外に、返ってきたのは肯定的な言葉。


「あぁ、もう大丈夫だろう」


―――何が大丈夫なんだ・・・?


エルフの疑問を他所に、デッドゴッドは少女が吊るされている木まで近付いた。

カサカサと次第に枯れていく葉、萎れる幹、そしてボロボロに朽ち果てた木から、少女の包まれた実だけがボトリと地面に落ちる。


「ッ、リーフ! おい、しっかりしろ!」


破水し水浸しの少女を抱え上げ、必死で声をかけた。 するとずっと待ち焦がれていた少女の瞼が、ゆっくりと持ち上がっていく。


「・・・おはよう、カイル」


もう何年も聞いていなかったように思える、人間の時の名前。 自分でももう忘れかけていたのは、自身が妖怪になってしまったからだろう。


「おはようじゃないよ、ったく・・・」

「どうして泣いているの? って、痛いよ」


自然と溢れた涙が、少女の鼻へと落ちていく。 そして、抱き締める力も強くなっていた。


「色々あったんだ・・・。 色々。 君がずっと、眠り続けている間に」

「ずっとって、私はそんなに長い時間寝ていたの? ・・・そう言えば、凄く長い夢を見ていた気がする」


首を捻るリーフの頭を撫で、デッドゴッドに尋ねかけた。


「どうして俺がアンタのもとへ行った時、目覚めさせてくれなかったんだ?」


エルフにとっては複雑だが、今はデッドゴッドに対する恨みの気持ちはほとんどなくなっていた。


「それはエルフ、お前がこの森を生きたまま出ていってしまったからだ。 人と妖怪の時間には差がある。 だから、ズレが生じてしまったのだよ」

「・・・よく分からないけど、今でないといけなかったっていうことなんだな」

「そういうことだ。 そしてお前たち二人はもう、人間としては死んでしまっている。 どうするのか決めるがいい。 ここで生きるのか、魂の安寧を望むのか」

「妖怪になるか、成仏するかっていうことか・・・」


エルフが悩んでいると、リーフがそっと語りかけてきた。


「ちょ、ちょっと、あの人・・・。 何? コスプレ? それに、私たちはもう死んじゃっているって・・・。 どういうこと?」

「あぁ、先にリーフに説明しておかないといけなかったな」


エルフは簡潔に、これまでのことと今の状況を説明した。 

人間の時に森に迷い込みリーフの命を失ったこと、妖怪になり復讐を誓ったこと、自分の名前がエルフになったこと、これからどうするのかなどを、全て。


「え! カイル・・・。 いや、今はエルフ、狼男になっちゃったの!? もう送り狼とか、冗談じゃなくなっちゃうじゃん」

「ば、馬鹿! 何を言っているんだ。 今はそんなことを言っている場合じゃないだろ!」

「ごめん、あまりにもビックリしたから・・・。 でも、私は妖怪としてここで生きていくっていうの、面白そうだからいいよ。 エルフと一緒なら、それだけでいいから」


その言葉が本当に嬉しかった。 再度溢れそうになった涙を堪え、もう一度妖怪になる覚悟を決める。


「じゃあ、二人を妖怪に変えるぞ」



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