Spooky Halloween⑲
―――何なの、これ・・・。
アンジュはまるで、金縛りに遭っているかのように身体を動かすことができなかった。 バッドに返事をしたいのだが、声すら出すこともままならない。
目の前の“デッドゴッド様”と呼ばれる妖怪と目が合った瞬間、意識が急に吸い込まれ深い闇へと落ちていく感覚に陥った。 デッドゴッドは他の妖怪とは何かが違うと感じたのだ。
もっとも布を深く被っているせいで顔はあまり見えず、光っている目しか確認できなかったのだが。
「デッドゴッド様、どうなされました? ほらほら、デッドゴッド様は今回のパーティの主役なんですから。 会場へ行かないと、みんな寂しがりますよ」
バッドは慌てて取り繕った笑顔を浮かべ、デッドゴッドの背中を押しここから離れるよう促した。
その瞬間、ようやく解放されたアンジュは全身の力が抜け、この場に崩れ落ちそうになる。 だが、何とか堪えることができた。
「そう言えば、僕のご主人様が仰っていました。 デッドゴッド様にはいつもお世話になっているから、今度はウチへ招待して色々とご馳走をしたいって」
バッドとデッドゴッドは、アンジュを追い越しそのまま長廊下を進んでいってしまう。 振り返ると、バッドがこっそり窓の方を指差していた。
“俺がデッドゴッド様の気をそらしておくから、今のうちにアンジュは行け”――――そう、言っているような気がした。
―――・・・バッド、ありがとう。
―――私、頑張るからね。
困った時には、いつも隣にいてくれたバッド。 そんな彼が急にいなくなると、途端に心細くなり怖気付きそうになる。 だが、バッドが作ってくれた折角のチャンスなのだ。
無駄にするわけにはいかない。 アンジュは一度深呼吸をし覚悟を決めると、黒猫の姿へと変身した。 軽くジャンプをし、窓際に着地する。
そのまま下を見ないよう気を付けながら、長いベルトに飛びかかった。
―――おそらくみんなは、私の騒ぎを聞き付けて下の階へと移動するはず。
―――だったら今は、上の階の方が安全かな。
行き先を決めると、最上階を目指し落ちないよう慎重に上り始める。 順調に上へ。 そのつもりだったが、数階分上り終えたところである妖怪を偶然発見し、アンジュの動きはピタリと止まった。
エンパイアと、ユーストだ。
―――勝手にお屋敷を抜け出しちゃったから、エンは怒るかな・・・。
―――というより、ユーストは私が人間って知らないんだよね?
―――さっきまで関わっていたのが実は人間だと知ったら、きっと驚くはず・・・。
―――今はエンと楽しそうに笑っているということは、裏庭で起きた騒動、聞いていないのかな・・・?
だとしたら、これより上の階は騒ぎを知らない妖怪がたくさんいるということ。 ならば、リオンが隠れている可能性は高い。
―――どうしよう、この一つ下の階から捜し始めようかな・・・。
エンとユーストの姿を遠くから確認しつつ、これからどう行動しようかと考えた。 だがそれが、油断だったのだろう。
足元に注意を払っていなかったせいか、いつの間にか掴まれていたことに気付くのが遅くなってしまった。
―――な、何!?
伝わるのは手の感触。 ということは、森の時のようにつるではなく、一つ下の階から誰かが足を掴んだのだ。
足を前後左右にバタバタと動かしもがくが、かなりの力が込められているため簡単に抜けることはできない。
「おい! もっともがけって!」
―――十分、もがいているじゃない・・・!
―――というよりこれ以上、私に触れないで・・・ッ。
下から聞こえてくる声に反応しながら、必死に身体を揺さぶり続ける。
「このまま地面へ突き落してやるから! ほら、もっと命乞いするように暴れろよ!」
―――嫌ッ・・・!
なんて悪趣味なのだろう。 動物が弱っているところを見て楽しむなんて、どうかしている。
―――もう駄目、このままじゃ・・・。
どのくらい時間が経ったのかは分からない。 もしかしたら、触れられて10秒以上経っているのかもしれなかった。 だけど今はそれよりも、自分の命を守る必要がある。
そこでアンジュは、足を掴んでいる妖怪に向かって飛びついて、一つ下の階へ着地しようと考えた。
―――怖いけど、落とされるくらいならそれでいくしかない。
―――廊下に足を着いたらすぐに、人の姿へ戻るんだ。
そうすることで、流石に妖怪でも危険を察知し手を引くだろう。 触れられるのにはリミットがあるため、早速行動を起こした。
「ニャーッ!」
「わッ!?」
飛びかかるのと同時に、威嚇する。 想像していた通り、足を掴んでいた妖怪は咄嗟に手を引っ込めた。 というより――――勢いのあまり、尻もちをついてしまっていた。
だけど自分に怖い思いをさせた張本人でもあるため、アンジュは手を貸したり心配したりなどはしない。
―――動物に対して、酷いことをする方がいけないのよ。
―――って、あれ・・・?
アンジュとしては珍しく、強気な態度を取ってみせる。 だが目の前にいる妖怪にどこか見覚えがあったため、失礼ながらも相手の顔をまじまじと見てしまった。
そこで人の姿になったアンジュと妖怪が、初めて視線を交じり合わせる。
「・・・! リオン? リオンなの!?」
「・・・! 君は、誰?」
「アンジュ、私はアンジュよ!」
目の前にいる、ピエロのような恰好をした男――――よく見ると、背丈や体型、顔がリオンにそっくりだった。 だがそれは、アンジュの思い過ごしだったらしい。
「本当に誰? 俺はリオンじゃない!」
「違う、の・・・?」
「だからリオンじゃないって。 残念だったなぁ、君を見つけることができなくて」
「・・・え、待って、何を言っているのかよく分からない・・・」
会話が成立せず、あまりの不気味さに一歩身を引いた。
「それより君、その恰好全然似合っていないね」
「なッ・・・!」
その発言には、流石のアンジュも傷付いた。 相手がリオンに似ていることから、まるでリオン本人に言われたような感覚に陥り、より落ち込んでしまう。
一方目の前にいるピエロの妖怪は、アンジュが酷く悲しんでいるのを見て――――ようやく、自分の過ちに気付いたようだ。
彼は慌てて立ち上がると、中身が入れ替わったかのように突然会話が成立し始める。
「あー! そうじゃなかった! ご、ごめんアンジュ! 俺だよ、リオンだよ!」
「・・・え、本当にリオンなの・・・?」
いきなり態度が変わったことが詐欺師のように思えてしまい、アンジュは素直にその言葉を受け入れることができない。
「え、っとー・・・。 そ、そう、そう! 本当に、リオンだって! 俺はずっと、アンジュを、捜していたんだ! はぐれた、時から!」
「・・・本当にリオンだというのなら、どうしてそんなに詰まり詰まりなの?」
「・・・あー、実は、さ」
そこで彼は、今までの経緯を全て話してくれた。 アンジュを捜している最中に妖怪と鉢合わせてこの屋敷へ連れてこられたことや、途中で怪しい水を飲みピエロの姿になってしまったこと。
そして先程まで世話になっていた妖怪がいて『君は思っていることと逆の発言をしている』と指摘させられたこと、全てを。
事情を聞いたアンジュは、ようやく目の前にいる妖怪をリオンだと信用することができた。
「そう、だったのね・・・。 だから私はあんなに長く触れられても、大丈夫だったんだ」
「多分ね。 俺は思っていることと逆の発言をしないといけないから、まだスラスラとは言えないだろうけど・・・。 そこは許してほしい」
「もちろん。 今では、十分に伝わっているよ」
望んでいた再会。 できればもっと、いい形で出会いたかった気持ちはある。 それにもっと、リオンにかけたい言葉がたくさんあった。 だけど今は、それは我慢。
まともな会話をするだけでも大変だという彼に、あまり負担をかけたくなかったのだ。
「よかった。 アンジュ、会ってすぐだけど早いうちにこの不気味な屋敷から出よう。 二人で一緒に、この森から抜け出すんだ」
「うん。 ・・・あ、でも待って、リオン。 私、この地で初めて会った人に言われたの。 この森は日が沈んでしまうと、他の地へと続く道が見えないゲートによって塞がれてしまうんだって」
「見えないゲート? いつになったら、そのゲートは開くんだ?」
「また日が昇るのを待てば、森の先へ行けるらしい。 この屋敷も危険だけど、外の森も十分に危険よ。 私は一度、襲われたことがあるから」
最後の言葉を聞いて、リオンは一瞬驚いた表情を見せた。
「襲われ、って・・・ッ! ・・・まぁ、今は無事だしいいか。 じゃあどうする? 夜が明けるまで、この屋敷のどこかに隠れて時間を過ごすか?」
折角案を出してくれたことに申し訳ないと思いながらも、アンジュは自分の気持ちを彼に伝える。
「・・・リオン。 私は今、会いたい人がいるの」
「会いたい人? 妖怪じゃなくて?」
「あ、そう、妖怪」
「ソイツは今、どこにいるのか分かるの?」
「ううん。 でも捜したいの。 ・・・私を一番最初に助けてくれた人だから、元の地へ戻る前に一言でもお礼を言いたい」
アンジュとは付き合いが長いおかげか、リオンはアンジュの性格をよく分かっている。
こんな状況だというのにもかかわらず、相変わらずお人好しな一面を見せるアンジュにも二つ返事で頷いた。
「分かったよ、俺もソイツを捜す。 で、その妖怪の名前と特徴は?」
「名前はエルフよ。 ・・・妖怪っていうより、見た目は私たちと似た人間の姿をしているの。 歳は私たちより少し上くらいかな」
「エルフ・・・。 へぇ・・・。 そういや俺も、人間の姿をした妖怪には会ったぜ。 さっき話した、少し世話になったっていう奴」
「そうなの!? その人、どんな服装をしていた?」
「んー、普段の俺たちと変わらない、至って普通な恰好? 青いジーパンみたいなものを履いていて、上は白の長袖を着ていたかな・・・」
その特徴がエルフと完全に一致し、アンジュは目を輝かせた。
「その人がエルフよ!」
「マジで!? ・・・アイツの名前、エルフっていうのか・・・。 大して耳も長くないくせにエルフとか、よく分からなくなるな・・・。
つかやっぱり、アンジュとアイツは自己紹介をし合っていたのか・・・。 何で俺には教えてくれなかったんだよ・・・」
「ねぇリオン。 エルフは今、どこにいるのか分かる?」
リオンの独り言を聞き流しながら、話を先へと進めていく。 そんなアンジュに、彼は素直に頷いてみせた。
「あぁ、分かるよ。 付いておいで、俺が案内する。 といってもまだ妖怪たちはうじゃうじゃいるから、慎重に行動しような」
「うん!」
一番望んでいたリオンと再会することができ、礼を伝えたかったエルフの場所も知ることができて、アンジュはもう怖いもの知らずになっていた。
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