Spooky Halloween⑱
同時刻 裏庭前の廊下
マモーはバッドのことを、分厚い包帯から微かに覗く目で鋭く睨み付けた。
「おい、答えろバッド。 もしかしてお前、人間の味方をする気か?」
「・・・」
―――とにかく今は、マモーを静めるよりもアンジュを助け出さないと。
畳みかけるように問いただしてくる彼を、今度はバッドが睨み返す。 両腕一杯に持っている包帯の中から一つだけを掴み、残りを全てマモーへ押し付けた。
当然のように彼の腕から溢れ出した包帯は、ポロポロと床にこぼれ落ち、あちらこちらへ転がっていく。
「あ、おい! 何をするんだバッド!」
「一つ包帯を貰っていく! あとは一人で運んでくれ!」
「はぁ!?」
バッドは包帯を咥えると、瞬時にコウモリに変身し裏庭へ出た。 そのままある程度の高さまで上り、アンジュの居場所を把握する。 彼女は今、壁を背にして窮地に立たされている状態だった。
前方からはたくさんの妖怪が、まるで怖がる反応を面白がっているかのようにジリジリと時間をかけて近付いていた。
―――・・・アンジュ。
バッドは、彼女のいる場所目がけて急降下する。 距離が近付くにつれ、アンジュの前にいる妖怪たちの声がハッキリと届いてきた。
「ねぇ、黒猫さん。 君は本当に人間なんだよね?」
「実際動物に変身しちゃうから、人間だなんて疑わなかったよ」
「まぁ噂が本当かどうかは、君に触れたら分かることだし?」
「確かに。 じゃあ一気に取り囲もうぜ」
―――させるか・・・ッ!
―バサバサバサ。
同時にアンジュに向かって伸びる、複数の腕。 それらを自分の羽で遮るように、大袈裟に羽ばたいてみせた。
突然現れたコウモリに、アンジュは驚いた表情を浮かべ『バッドなの!?』と叫んでいる。 だけど今はコウモリの姿のため、返事をすることができない。
その代わり、行動で“味方”だと伝えることにした。 咥えている包帯を器用に伸ばすと、妖怪たちをまとめてぐるぐると巻き付けていく。
「ッ!?」
「おい! 何をするんだ!」
彼らはジタバタと暴れ出すが、あまり意味がなかった。 これはマモー用に作られた、丈夫な包帯なのだ。 本来のものと比べて、分厚く作られている。
包帯を最後まで使い切り、彼らの身動きが取れなくなったことを確認してから人間の姿へと戻った。
「バッド! やっぱりバッドだったのね。 マモーの声が聞こえたようだけど・・・」
「話は後だ! アンジュ、早く猫になれ!」
近付いてくるアンジュを止めるよう、すぐさま命令を言い放つ。 その間彼女を守るため、バッドは妖怪たちの前に立ちはだかった。 その時、突然大きな影が見え警戒する。
「ッ、お前もアンジュには手を出すな!」
「おでも、協力したいだぁ」
「・・・は、協力?」
力強くそう言葉を発した――――フラーンケーンシュタイン。 彼は毅然とした態度で、バッドの前に背を向けて立った。
「おで、さっきアンジュに助けてもらっただ。 だから今度は、おでがお返しをする番だ」
確かに今の状況で、助かる言葉ではある。 しかしバッドは、彼の欠点を知っていたため少々困惑した。
「・・・いや、でも、フラーンケーンシュタインは・・・」
「何だ?」
「力、物凄く弱いだろ・・・? 一人が相手でも、太刀打ちできないと思うぞ」
「だったら、こうするまでだぁ!」
フラーンケーンシュタインはそう言うと、近くにある井戸へと移動した。 そして淵へと足をかける。 井戸の上に立ち膝を大きく曲げると、そのまま一気に跳躍。
未だに包帯で巻かれている妖怪たちの上に、思い切りのしかかった。
「「「うぐっ・・・」」」
―――うわ、痛そ・・・。
―――アイツ、力は弱いくせに体重はあるからな。
下敷きになっている彼らに同情の目を向けていると、フラーンケーンシュタインは振り返り大きな声で言い放つ。
「今すぐに、アンジュと一緒に逃げるだ!」
「ッ、あぁ、おう!」
そう促されたバッドは、慌てて後ろのアンジュを確認する。 彼女は既に黒猫の状態になっており、次の指示を大人しく待っていた。
「アンジュ、10秒以内には放してやる。 だからそれまでは、痛いのを我慢してくれ」
アンジュだけに聞こえるよう囁き、バッドは再びコウモリの姿に変身する。 足でアンジュを掴み上げると、そのまま真上へ飛んでいき裏庭から離れることに成功した。 だが、移動したのは一階分だけ。
つまりここは二階だ。 適当に開いている窓を見つけ、躊躇うことなく屋敷の中へと入っていく。 ほとんどが騒ぎを聞き付け裏庭へ行ったのか、廊下には妖怪の姿は見受けられなかった。
バッドはゆっくりと黒猫を床に下ろすと、瞬時に人間の姿へ戻る。
「アンジュ、大丈夫?」
「うん、平気。 助けてくれてありがとう。 でも、バッドこそ大丈夫? 私を助けたら、他のみんなを敵に回しちゃうんじゃ・・・」
アンジュは自分の状況を差し置いて、バッドのことを心配してくれている。 優しいとは思うが、呑気だとも思えた。
「俺は平気だよ。 俺の味方なんて、ご主人様がいてくれればそれで十分。 きっとご主人様も、このような状況になったら俺と同じことをしていただろうし」
「・・・そう、なの・・・」
―――大事な友人であるエルフに頼まれたから、っていうのもあるけど。
安心させるような言葉を言っても、アンジュは納得ができていないのか不安気な表情を浮かべている。 そんな彼女に気遣い、違う話題を振りながらこの場から離れようとした。
「あと、マモーのことも大丈夫だから。 また後でキツーく叱っておく。 だからアンジュは心配いらないよ。 ってことで、さっさとこの屋敷から出ちまおうか。
さっきみたいな移動手段でもいいんだけど、10秒じゃとてもこの屋敷内からは出られなくてね」
「待って、バッド。 そう言ってくれて嬉しいんだけど、私はまだ帰れない。 リオンを探さないと。 そのために、私はこの屋敷へ来たんだから」
迷いのない言葉を聞いて、バッドは心の奥底で溜め息をつく。
「・・・あー、そうだった。 肝心なことをすっかり忘れていたよ。 じゃあ、どうしようかな・・・。
階段を使って上の階とかに行きたいけど、既にアンジュは目立っちゃっているから、見つかったら余計大騒ぎになるだろうし・・・」
『ならここで、少年が自ら来てくれるのを待ち伏せしていよう』とも考えるが、もし少年がどこかに監禁されていたら待つ意味がない。 かといって、派手に動き回ると悪目立ちしてしまう。
あれも駄目だ、これも駄目だと試行錯誤を繰り返し、何かいい案はないかと考えていると――――先程入ってきた窓の外に、小さな違和感を感じた。
―――ん?
それに惹かれるよう身体を傾け、窓の外を覗いてみる。 するとそこには、一本の長い帯が吊り下げられていたのだ。
―――何だ、これ。
―――ベルト?
よく見るとそれは、何本ものベルトが一本に縫い合わさったもの。
『何のためにこんなものがあるのだろう』と思ったのも束の間、ベルトの金具が“三日月”の形をしていることから、誰がやったのか思い浮かんだ。
―――もしかして、エルフがこれを?
―――一体どうして。
バッドは窓に身を預けるような態勢になり、空を見上げた。 屋敷の作り上ほとんどが見えないが、おそらくこのベルトは最上階から吊るされているのだと推測する。
同時に、今日の夕方に起きた出来事を自然と思い出していた。
『あ、おい待てエルフ! 俺はご主人様の命令しか聞かないんだぞ! エルフはいつから俺のご主人様になった!』
『・・・』
『・・・ったく。 エルフ! これは貸しだからな! 貸し1! いつかちゃんと返せよ!』
―――もしかしてエルフ、これはあの時の礼だったりする?
揺れているベルトを見て、苦笑いが漏れた。 一方ずっと外を見ているバッドに不審を抱いたのか、アンジュが口を挟んでくる。
「バッド、どうしたの? ・・・それは、ベルト?」
「あぁ、うん。 そうみたい。 丁度いい、これを使わせてもらおう。 俺はコウモリの姿に変身してそのまま飛ぶから、アンジュは黒猫になってベルトに掴まりながら上っていきな」
「暗くてよく見えないから、少し怖いけど・・・」
「大丈夫。 ほら、ここに三日月の形をした金具が光っているだろ? それを辿っていけばいい。 もし落ちそうになったら、俺が支えに行ってあげるし。 階段が使えない今、最適な手段だろ。
じゃあまずはこの階から捜す? それとも上の階から・・・。 って、アンジュ聞いているか?」
途中から返事がなくなり、心配になったバッドは視線をアンジュへと移した。 すると彼女は外ではなく、全く別の方向を見て固まっている。
「アンジュ? どうかした?」
彼女の顔色を窺いつつ、優しく尋ねかけた。 そこでようやく、バッドの視界にとても大きな影が映る。 凄まじいオーラを感じ取り、咄嗟に振り返った。
「ッ、デッドゴッド、様・・・」
体格は細身なのだが、大きな布を頭から被っているため、とても大きな妖怪に見えてしまう。 それに、何といっても気になるのはデッドゴッドが持っている特大サイズの鎌だ。
きっとアンジュはそれを見て、驚き固まってしまったのだろう。 最初は、そう思っていたのだが――――
バッドはいきなり屋敷の主が現れたことに驚き、アンジュはバッドが思っているものとは別の意味で、その場から動けなくなっていた。
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