Spooky Halloween⑰
一方その頃、バッドはマモーと共に大量の包帯を持って長廊下を歩いていた。 アンジュのことは心配だったが、マモーをかわす方法が思い付かなかったのだ。
思わぬことに時間を取られてしまい、つい愚痴が零れる。
「全く。 たくさんの包帯を一気に抱え込んだら、自分の包帯と絡まって解けなくなるんだから。 もうまいっちまうぜ」
「仕方ねぇだろ。 何度も往復するのは面倒だし、一度で運び切りたかったんだ」
「はいはい。 つか、こんなに貰ってどうすんの? マモー、自分の包帯は使い捨てだっけ?」
「いや、酷く汚れない限りは洗ってもう一度使うよ。 でもこんなに余っているんなら、しばらくは新品を使い続けてもいいな」
「デッドゴッド様から頂いた、大切な包帯だぞ。 無駄遣いはするなよ」
「デッドゴッド様に比べて、エンがケチなのがいけないんだ」
「俺のご主人様を悪く言うな!」
くだらないいさかいが、ここでも始まろうとした瞬間――――ふと裏庭から、大勢の賑わう声が届いてきた。
廊下と外を繋ぐガラス張りの扉は、強い風が屋敷内へ吹き込む程に開いている。 気になった二人は、思わずその場に足を止めた。
「何だ? 誰かパフォーマンスでもやっているのか?」
「さぁ・・・? 裏庭でそんなイベントがあるなんて、俺は知らないけど」
疑問を感じたマモーは、扉付近にいる妖怪に尋ねかける。
「おい! 今ここで、何かやっているのか?」
「あぁ、ついさっき、困っているフラーンケーンシュタインを助けた小柄の黒猫がいてね」
「「黒猫?」」
その疑問が重なるのと同時に、バッドとマモーの頭には同じ妖怪が思い浮かんだ。
「そうそう。 数人で助けようと思っても無理だったのに、彼女は一人で助けちゃうもんだから。 もうビックリだよね」
「「・・・」」
楽しそうに笑う妖怪の言葉を聞いて、バッドたちは視線を人だかりの方へと移動させる。 だが見えるのは妖怪たちの背中だけで、肝心な“黒猫”の姿を見つけることができなかった。
心当たりのあったバッドは、悪いことが起こるかもしれないと警戒し、早めにここから立ち去ろうとする。
「マモー、もう行こう。 どうせここからじゃ見えないし」
「・・・」
「ほら、ご主人様が待っているって。 ただでさえ、時間がかかっているんだから」
「・・・」
「マモー!」
「あッ・・・」
頑なにこの場から動こうとしないマモーに、大きな声を発した瞬間。 包帯で塞がれている目を珍しく見開きながら、彼は小さな声を漏らした。
「・・・ッ、アンジュ」 「人間!!」
そう口を開いたのも、同時だった。 アンジュの顔が、ほんの一瞬だが人だかりの隙間を横切ったのだ。
マモーが大きな声で“人間”だと告白してしまったため――――先程の悪い予感が、当たろうとしていた。
「何だって!?」 「人間だと!?」 「ここに人間が紛れ込んでいるというのか!」 「人間っていうのはどこのどいつだ! 今すぐに出てこい!」 「もしかして、あの黒猫のことじゃない?」
「え? でもちゃんと、生き物に化けていたぞ」 「きっと、湖の水を飲んだのよ」 「人間さん、早く出ておいでよー」 「俺たちが食ってあげるからさぁー!」
数十秒前までの妖怪たちはあんなに楽しそうに笑っていたというのに、今ではその光景が一変し混沌としていた。 マモーのまさかの発言に、バッドの心は次第に荒れ始める。
「ッ、おいマモー! 変なことを言って問題を起こすなよ!」
「はぁ? 変なことって何だよ。 本当のことを言っただけじゃねぇか」
「アンジュの気持ちを少しでも考えろ!」
「どうして人間の気持ちを考えないといけないんだよ。 つか、バッドはアンジュと知り合っていたんだ? いや、それよりも・・・」
「?」
「バッドはアンジュが人間って、最初から知っていたのか?」
同時刻 屋根裏部屋
裏庭での騒動は、エルフとリオンの耳にも届いていた。
「・・・何か、外が騒がしいな」
「言われてみれば、確かに。 この部屋ってドアも窓もない密室なのに、外からの音は結構聞こえてくるんだな」
「あぁ。 逆にこの部屋の音は、外には聞こえないけど」
「そうなのか? 変わった部屋の作りだな」
「俺も仕組みはよく分からない。 ここは前に住んでいた人の部屋で、勝手に使わせてもらっているだけだから」
「へぇ・・・?」
訳アリであると察したのか、リオンはこれ以上深くは踏み込んでこなかった。 騒がしい原因を確認するため、鏡を使って表にある廊下へと出る。 そのまま開いている窓に歩み寄り、見下ろした。
「「・・・」」
たくさんの声が行き交っているため、正確な情報は入ってこない。 だが皆同じ話題を共有していることから、何となく現状を把握することができた。 同時にリオンは、不安気にエルフに訴えかける。
「お、おい! 今みんなが話している人間の小娘って、アンジュのことだろ!? どういうことだよ! さっきお前『アンジュは信頼できる奴に保護させた』って言ったじゃないか!」
「・・・何だよ、俺を疑うって言うのか?」
「べ、別にそうじゃないけどさ」
「信頼できる奴に任せたのは本当だ。 だけど今日はパーティがあるから、きっと疎かになったんだろう・・・。 このままだとアンジュが危ない、今すぐに助けに行くんだ」
「あぁ!」
エルフはもう一度窓を覗き込み、目を閉じてそっと耳を澄ませた。
「・・・場所はおそらく裏庭だ。 少しここで待っていろ、すぐに戻る」
そう言って彼は、屋根裏部屋に続く鏡へと躊躇うことなく入っていく。 リオンはそれを奇妙な気持ちで見守っていた。 やはり自分の常識では、鏡の中に入ることはできない。
まるで壁にめり込むように見えるのだ。 そのようなことをぼんやりと考えていると、コップを持ったエルフが鏡の中から戻ってきた。 並々と注がれた液体が揺らいでいる。
「ほら、これを飲め」
「・・・」
「毒は入っていない。 というより、君は一度同じものを口にしたんじゃないのか?」
そう尋ねられ、屋敷にあった水差しのことを思い出す。
「・・・確かに、したかも」
「なら怖くないだろう。 ほら、早く。 ・・・これを飲まずに妖怪の中へ潜り込んだら、どうなるのか分かっているよな?」
「ッ、わ、分かったよ! 飲めばいいんだろ、飲めば!」
“人間のままだと、喰われるかもしれない”と恐怖を感じたリオンは、強引にコップを奪い取り一気に中身を飲み干した。
最後まで見届けたエルフは、リオンからコップを受け取り背中を見せる。
「じゃあ、あとは頑張って。 無事を祈るよ」
『おう! ・・・って、ちょっと待ってちょっと待って! お前は来てくれないのかよ? 俺一人!?』
「・・・俺には“準備”があるんだ。 だから行けない」
『その“準備”っていうのは、今すぐにやらなくてはいけないことなのか?』
その質問に対し、エルフは何も言わずコクリと頷く。 彼の後ろ姿は、何故か決意に満ちているように思えた。 それを見せられては、引き止められるわけがない。
『・・・分かった、俺一人で行くよ。 じゃあ、最後に一つだけ質問いいか?』
「何?」
『今更だけど、お前の名前は何て言うの?』
エルフは小さく溜め息をついた。
「・・・本当に今更だな。 別に名乗っても意味がないだろ。 どうせ数時間後には、もとの地へ戻るんだから」
小さな声で言葉を返すと、もう振り向くことはなくそのまま鏡の中へと入ってしまう。 あまりにも素っ気ない態度と回答に、リオンは――――
『はぁ!? それはないだろ! アンジュには自己紹介をさせておいたくせに!』
と不満をぶつけながらも、裏庭へ向かって駆けていった。
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