Spooky Halloween⑯




三人組の捨て台詞を気に留めることなく、アンジュは巨人に尋ねかける。


「足がはまってしまったのね。 動かすことはできない?」

「お、おで・・・」

「大丈夫、私は味方だから」


自分に対しても怯える様子を見て、優しく語りかけることにした。 どうやら普段から、からかわれているのだろう。


「足、何かにつっかえてる・・・。 うんにゃ、何かが引っかかっていると思うだ」

「そうなのね」


足と井戸の隙間から覗き込んでみても、暗くてよくわからなかった。 辺りを見渡しても、棒のようなものは小枝くらいしかない。 足を引っ張ってみても、ビクともしなかった。

やはり原因を取り除くしか、彼を助ける方法はなさそうだ。


―――といっても、井戸の中に降りることはできないからなぁ・・・。

―――ッ、そうだ!

―――私が黒猫になれば、隙間から中の様子を見に行くことができるかも。

―――・・・いや、でも黒猫になっても夜目が利かないから、やっぱり見えなくて意味がないかな・・・。


こうして悩んでいる間も、巨人は不安気にアンジュのことを見つめていた。 ――――アンジュは一人思い出す。 人間である自分を、エルフやバッドが助けてくれたということを。


「巨人さん、私が井戸の中に入って見てくるね」

「こんな隙間に入れるわけないだ」

「大丈夫。 私には、特殊な力があるから」


そう言って、変身能力を使った。 もっとも、使ったといってもアンジュ自身に何かをしたという感覚はなく、念じれば何となく変身できるというものなのだが。


「お、おぉ!? 女子さいなくなって、めんけぇ黒猫が現れただ!」


そのままアンジュは井戸の中へ行こうとしたのだが、巨人が辺りをキョロキョロと見回しているのを見て変身を一度解くことにした。


「おぉ! めんけぇ黒猫さいなくなって、女子さ現れただ!」

「私は黒猫に変身できるの。 だからさっきの黒猫は私だから、いなくなったわけじゃないのよ」

「?」


小首を傾げる様子から見て、あまりよく分かっていないらしい。 だがアンジュ自身も、変身能力についてサッパリ分かっていないため、気にしないことにした。


―――バッドとか、変身する人は他にもいるけどね。

―――でも今は、それよりも・・・。


「じゃあ、行ってくるね。 ・・・あ、そうそう、私の名前はアンジュっていうの。 女子っていうのは間違ってはいないけど」

「おぉ、そうが! おではフラーンケーンシュタインっていうだ。 巨人っていうのも、間違ってはいないけどな」


そう言って、二人は笑い合う。 アンジュ自身今はもう、巨大なフランケンシュタインを相手にしても、一切恐怖など感じていなかった。

再び黒猫に姿を変えると、恐る恐る井戸の中へと足を踏み込んでいく。 暗さで視界は悪いが、幸い黒猫としての運動能力のおかげでスルスルと進むことができた。


―――フランケンシュタインさんが、ズボンを履いていてくれてよかった・・・。

―――って、そういうのじゃなくて!

―――・・・こうも暗いんじゃ、困っちゃうな。


それでもアンジュは、慎重に奥へと進んでいった。 だがそこに誤算があったとすれば“足がはまってしまったのが井戸だった”ということだろうか。

何か固いものを見つけ前足をかけようとしたところ、ツルリと滑ってしまったのだ。


「ニャァァッ!?」


―――マズいッ、助けて!


アンジュは爪を立て、手探りで何かに掴まろうとするしか方法はなかった。






一方その頃、フラーンケーンシュタインは――――微かに肌を撫でるような感覚に、必死に堪えていた。 動けばアンジュを振り落としてしまう可能性が高い。

自ら危険をおかし自分を助けようとしてくれているため、我慢するくらいは当然だと感じていたのだ。 だが――――よくないことは、重なるもの。

待っている間、数人の妖怪たちがこちらへと近付いてきた。


「おいおい、フラーンケーン。 いくら枯れ井戸だからといっても、注意してもらわないと困るなぁ。 まぁ、お前が抜けているのは今に始まったことじゃないが」

「お、おで・・・」


先頭切って話しかけてきたのは“狐男爵”と呼ばれている妖怪だ。 この地での発言力は強く、フラーンケーンシュタイン自身会話をしたことは一度もなかった。

そのため、言いたいことがあっても口ごもってしまう。


「とりあえず力の強い虎小象を連れてきてやったから、何とか、なる、か・・・?」


フラーンケーンシュタインの巨体を下から上へと眺め、首を捻ってみせる。 虎小象は力は強いが、フラーンケーンシュタインの巨体からしてみれば赤子もいいところだ。

狐男爵もそれを考慮し、5人を連れてきてはいるのだが――――


「駄目、か・・・」


やはりというべきなのか、試しても足を引っ張り上げることはできなかった。 その時、突如フラーンケーンシュタインは欠伸を噛み殺したような奇妙な表情になる。


「ど、どうし・・・ッ! なッ!?」






アンジュは暗闇で、必死にもがいていた。 態勢を崩した身体を立て直すため、手当たり次第に両手両足を振り回している。


―――ど、どうしよう。

―――このままだと落ちちゃう!


自分がいるのは井戸の中。 夜目が利かないという弱点が不安と恐怖を倍増させ、アンジュの思考を奪い取った。

そのため、咄嗟に目の前の何かに噛み付いて態勢を整えようとした彼女を責めることはできない。


「――――!?」


聞こえてくる大きな悲鳴、そして揺れる全身。 激しい衝撃にアンジュは放り出されそうになるも、何とか必死に食らい付く。 ――――だが気付けば、宙を飛んでいた。


―――・・・え?


どうやらフラーンケーンシュタインが、アンジュに噛まれた痛みで足を引っこ抜いたようなのだ。 舞ったアンジュは、そのまま近くの木の枝にしがみ付く。


「おッ? これは何事だ!?」


尻もちをついた狐男爵が、感嘆の声を上げていた。 フラーンケーンシュタインはそれを聞き流しながら、枝にくっついているアンジュに手を差し伸べる。


「・・・アンジュ、助けてくれたんだな。 でも、ちょっと痛かったぞ」

「よかった、無事に抜けれたんだね。 あと、噛んじゃってごめんね」


下りてから元の姿に戻ると、彼にペコリと頭を下げた。 自分自身何かをやったという感覚はないのだが、助かったのならそれでいいという精神だ。


「いやぁ、素晴らしい!」


起き上がった狐男爵のその言葉を皮切りに、突然ギャラリーから拍手の雨を浴びせられた。 何事かと思って集まってくる妖怪たち。 それにアンジュは、内心焦っていた。


―――・・・え、妖怪が集まってきてる!?



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