Spooky Halloween⑬




最上階



その頃リオンは、目的地である最上階に来ていた。 ここの廊下はとても狭い。 屋敷の屋根に近付くにつれ、鋭角になっているためだ。 廊下を見る限り、部屋は一つもない。 

あるのは廊下の真ん中付近に大きな窓。 そしてその窓の向かいに、大きな鏡がある程度だった。 アンジュがここに来たとしても、隠れる場所はないだろう。

最上階まで上り身体が疲れたため、外を眺めながら少し休もうと考える。 窓の前で足を止め、扉を大きく開いた。


―――あー、涼しい・・・。


冷たい風が疲れた身体を冷まし、ホッと息をついた。 窓枠に身を任せながら何気なく下を覗き込んでみる。


―――にしても、この屋敷は広いなぁ。

―――下が見えやしねぇ。


しばらく休んだ後、アンジュ捜しを再開しようと振り返った。


『なぁッ!?』


向かいの鏡に映った自分を見た途端、リオンは思わず声を上げてしまう。


―――いや、何だよこの姿! 

―――これ俺じゃないよな!?


驚くのも無理もない。 何故ならば、自身の姿が派手な衣装を纏った、ピエロのような容姿になっていたのだから。

そのピエロに可愛らしさはなく、派手なのだがダークな色でまとめられている。 どこからどう見ても、邪悪な道化師といった姿だった。 リオンは鏡をまじまじと見つめながらも、冷静さを保とうとする。


―――うん、分かった、これは俺じゃない。

―――この鏡がおかしいんだ。

―――この鏡に映ると、人が化けるんだ。


そう自分に納得させ、もっと間近で見ようと鏡に近付いた。


―――にしても・・・よく、できてんな。


衣装だけでなく、顔にまでピエロのようなメイクがされている。 好奇心から鏡に手を触れようとしたのは、仕方のないことだっただろう。


『わぁッ!?』


少し指先が触れただけなのに、手首まで勢いよく鏡の中に吸い込まれた。


―――何なんだよ!


怖くなり急いで手を引っ込めようとするが、一度入ってしまえばなかなか抜け出すことができない。 それでも必死に、引っ張り続けた。


『―――ッ!?』


声にもならない音を発しながら――――リオンは、鏡の中へと吸い込まれていった。 それは一瞬の出来事で、地に足が触れているのが分かるとすぐに状況を確認する。


『・・・あ、生きてる! よかったぁ・・・。 って、なんじゃこりゃ! マジかよ!? さっきのピエロは本当に俺だったのかよ!?』


生きていることに安心したのも束の間、着ている服が鏡で見た姿そのままであることにようやく気付いた。 異常事態に、リオンは全身をくまなくチェックする。


『俺の本当の服はどこへ行ったし! 何でこんな姿になっちま・・・あ』

「・・・」


ふと顔を上げると、一人の青年が立っていた。 リオンのことを怪しむような目つきで見ながら、警戒している様子だ。 ただ気になることが一つあった。


『ッ、お前! もしかして人間!?』

「・・・何を当たり前なことを聞いている」


青年は警戒しながらもそう答えた。 青年はリオンより少し背が高く、少し年上に見える。 アンジュと最初に出会った“エルフ”であるのだが、リオンがそれを知るのはまだ先のことだった。

彼の答えを聞き、リオンは安心した表情を見せながらエルフに近付いていく。


『マジか! よかったぁ。 ここには人間なんていないと思ってたよ。 つかさ、ここの屋敷怖くね? 化け物がうじゃうじゃいるというか、もう別世界に来ちゃった感じで』

「動くな!」

『え?』


突然大きな声で遮られ、思わずリオンは足を止めてしまう。 エルフはリオンのことを不審な目で見据えながら、静かに尋ねてきた。


「君は・・・人間か?」

『は? いや、さっきそれ俺が質問したし見たら分かるだろ・・・。 っていうか、そうか、俺は今こんな姿だし人間だと言ってもそりゃあ疑うか』

「・・・通りで、さっきから会話が成立しないわけだ」

『え?』


するとエルフは、お構いなしにリオンとの距離を詰めてくる。


『え、え、何? ちょ、ちょちょ、ちょっと、まっ・・・ッ!』


距離が近くなったと思いきや、知らぬ青年に口付けされたのだ。 あまりにも急なため逃げることはできなかったのだが、ふと我に返ったリオンは思い切りエルフを突き放す。


「おいッ、急に何すんだよ! 俺はそんな趣味なんて」

「鏡を見てみろ」

「え? 鏡?」


そう言われ、先程吸い込まれた鏡を見ようと身体の向きを変えた。 鏡に映っている自分の姿を見て、一瞬言葉が詰まる。


「なッ・・・! 戻ってる・・・。 人間の姿に戻ってる!」


興奮しているリオンをよそに、エルフは溜め息をつきながらソファーに深く腰を下した。


「すげぇ! キスをしたら、元の姿に戻れるのか?」

「・・・あぁ。 男同士だとこうしなければ元に戻せない。 本当に、どうしてこんなことをしないといけないんだろうな」


言いながら、エルフはカップに入っている温かい飲み物をそっと口に運ぶ。 そんな彼を見ながら、リオンは尋ねた。


「どうして、俺が人間だと分かったんだよ? 普通は信じてはくれないと思うんだけど」

「その姿、どこかで見覚えがあったから。 人間がこの地の水を飲んで変身できるものは、限られていてね。 そしてそのピエロででたらめな言葉を言われると、流石に気付けたね」

「でたらめ?」

「あぁ。 邪悪なピエロ・・・っていうのかな。 君のさっきの姿は。 その姿になると、発した言葉が相手には逆の意味となって伝わるんだ。

 だからさっき、君との会話は成立していなくて意味が理解できなかった」

「あぁ・・・」


―――そうか、だからあの吸血鬼と話した時も、会話が成り立たなかったんだな。


「そのままだとややこしいから、一時的に元の姿に戻しただけだ。 また後でピエロの姿に戻してあげる」

「いや、戻すなよ。 折角元の姿に戻れたんだし」

「君は妖怪に喰われたいの?」

「はッ、そんなわけねぇじゃん!」


エルフの言葉に強く反論したが、冷静になり静かに提案する。


「なぁ、こんな不気味なところにいないで一緒に抜け出そうぜ」

「・・・あぁ、そうか。 さっきの会話は成立していなかったんだよね。 俺は人間じゃないよ」

「そんな人間らしい姿で?」

「ッ、俺を人間なんかと一緒にすんな!」

「ッ・・・」


気に障ったのか、突然感情的になったエルフを見てリオンは言葉を詰まらせる。 そんなリオンを見て、彼は落ち着きを取り戻した。


「・・・悪い」

「・・・いや。 ・・・人間と、何かあったのか?」

「別に君には関係ない。 とりあえず、俺が聞きたいのは一つだけ。 どうして君はここが分かった?」

「どうして、って?」

「まず、どうやってこの屋敷へ来た? この屋敷はこの森の一番奥にある場所だ。 人間がここまで辿り着くとは思えない」


そこでリオンは、ここまで辿り着いた経緯を彼に話した。


「カボチャの奴にこの屋敷まで連れてこられた・・・? ・・・ジャッキーのことかな。 で? 閉じ込められた部屋から抜け出して、ここまで来たということか」

「あぁ」

「そんなわけがあるか! 最上階の廊下へ来るだけならまだしも、鏡の中までは入れないはずだ!」

「入ったというか、勝手に吸い込まれたんだから仕方ないだろ!」

「そんなはずがない! だってここに入ることのできるのは俺しか」

「・・・?」

「・・・」


そこまで言い終え、エルフは口を噤む。 リオンのことをじっと見つめながら、独り言ちた。


「そうか・・・。 邪悪な道化師・・・。 だから君は、この部屋に入ってこれたのか・・・」

「え・・・?」


何を言っているのか分からず聞き返すが、彼はもうこの話はしたくないのか違う話を切り出した。


「いや、もういい。 下手なことは言わないから、早くこの水を飲んでこの屋敷から逃げな。 ちゃんと元の地へ戻るんだよ」


そう言いながら、エルフはカップに入った水を持って近付いてきた。 だがその言葉に、リオンは反対する。


「いや、まだ俺はこの屋敷にいる。 俺はアンジュを捜さないといけないんだ」

「アンジュ?」

「あぁ。 今日一緒に出かけるため外に出ていたんだけど、生憎この森に迷い込んじゃってな。 アンジュも今頃怖い思いをしているだろうから、早く見つけ出さないと」

「アンジュって・・・。 髪が短くて、ワンピースを着た・・・」


エルフのその言葉を聞いて、リオンの顔色は一瞬にして変わる。


「え・・・。 アンジュのこと、知ってんの?」



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