Spooky Halloween⑫
森の中
バッドが持つ枝を掴み誘導されながら、アンジュはゆっくりと空を見上げた。
―――物凄く、綺麗・・・。
エルフが言っていたことをぼんやりと思い出しながら、木々の隙間から覗く満月を見てそう思う。 同時に、見える月が自分の知っているものとは違うことにも気付いた。
何故ならば、昨日見た月は半分以上が欠けた三日月だったからだ。 一日で満月になるはずがない。 つまりここは、自分がいた場所とは違う場所で、妖怪の世界ということになる。
アンジュは、バッドに聞きたいと思っていたことを尋ねかけた。
「ねぇ、バッド」
「ん?」
「エルフも妖怪なの?」
「当たり前だろー? まぁ、エルフは9割以上が人の姿だから妖怪には見えないかもだけどね」
バッドに聞くまでは人間だと思っていた。 だが『人間がここで生きるのは無理』と、エンに言われたのだ。 改めて考えてみれば、エルフが人間のはずがなかった。
「バッドも通常時は、完全に人間に見えるよ。 ちなみに、エルフは何の妖怪なの?」
「それはアンジュが見て、自分の目で確かめたら? 俺から言えることではないよ」
「・・・そっか。 エルフにもう一度、会いたいな」
それを聞いたバッドは振り向き、ニヤニヤと楽しそうに笑った。
「え、何々? もしかしてアンジュ、エルフに恋しちゃった系?」
「違うよ。 ここへ来て、私を一番最初に助けてくれたのはエルフだったから。 ちゃんとお礼を言いたくて」
そう、そこに他意はない。 確かにエルフを好ましいとは思っているが、やはり今大切に思うのはリオンのこと。 心の底から、エルフが助けてくれたことに感謝していた。
「そっか。 まぁ、また会えるといいね」
「うん。 バッドやエンも優しいけど、エルフの優しさはどこか違くて・・・」
何が、と言われてしまえば答えに詰まってしまうが、バッドやエンとはどこか違うように思えたのだ。 そしてバッドの次の言葉は、アンジュにとって非常に衝撃的なものだった。
「まぁね。 エルフは元々、人間だったから」
「え!?」
アンジュは大きく驚くも、バッドは歩くペースを落とさない。
「バッド、それはどういうこと?」
「そのまんまの意味だよ。 これは聞いた話だから、本当かどうかは分からないけどさ。 ・・・エルフの奴、人間をやめたくてこの森へ来たらしいんだ。
どうしてこの森のことを知っていたのかは、よく分からないけど」
「そう、なの・・・」
「あぁ。 この森で、頂点に立つ者がいるんだ。 その方に、エルフは『俺を妖怪にしてください』って頼み込んだらしくて。
当然エルフは喰われそうになるけど、何故かその方はエルフのことを気に入っちゃったらしくてさぁー。 妖怪に変えたみたいなんだ。 今はエルフ、その方の屋敷に住んでいるし。
だからもしエルフがこの森から出たら、元の姿に戻っちゃったりするかもね? 分からないけど」
そう言って、バッドは楽しそうな笑顔を向けてきた。 そんな彼に、真剣な表情でアンジュは尋ねかける。
「もしバッドが人間の世界へ足を踏み入れたら、どうなるの?」
「さぁ? 今までこの森の者が外へ足を踏み入れたことないし、どうなるのかは分からないなぁ」
その答えを聞いて、アンジュは黙り込む。 バッドからエルフのことを聞いて、漠然とした不安がアンジュの心に纏わり付いた。 その不安を、バッドに向かってゆっくりと紡ぎ出す。
「エルフは・・・人間のこと、恨んでいるのかな」
「どうして?」
「だって、人間をやめたかったんでしょう・・・?」
「んー、そうだけど。 だったら、アンジュを助けたりしなくね?」
「あ・・・。 そっか」
「悪いけど、詳しい事情は知らないよ。 知りたかったら、エルフから直接聞くんだな」
アンジュは少しの間を置いて、再び口を開いた。
「じゃあ・・・エルフは私に同情して、助けてくれたのかな」
「その考え方はお勧めしないよ。 アンジュ、分かってる? 俺たちは妖怪で、人間が大好きっていうこと」
「え?」
「エルフも、人間を喰ったりするからね?」
「ッ・・・!」
「はははッ。 その驚く顔、ご主人様を見た時以来だな」
「エルフも、人間を食べるの?」
「そりゃあ喰うよ? もちろん。 人間を喰わないのは俺みたいな動物や、ご主人様のようなちょっと変わった者くらいだよ」
「・・・」
あまりの恐怖に、表情が沈み込んでいくアンジュにバッドは尋ねかける。
「・・・この森にいる者のことは信じるなって、最初エルフに教わらなかった?」
「・・・教わった」
「ならどうして、今俺と一緒にいんの? 俺が人間を喰わないのは確かだけど、このままアンジュをたくさんの妖怪の前に放り出すかもよ」
「・・・」
彼の冷たい言葉に、アンジュは俯いたまま、枝を握っている手に力を込めることしかできなかった。
「・・・やれやれ。 アンジュは素直過ぎだっての。 ・・・ほら、着いたよ。 ここが、頂点に立つお方のお屋敷だ」
そう言われ、アンジュはゆっくりと屋敷を見上げる。 エンの屋敷よりも何十倍も広い屋敷が、そこにはそびえ立っていた。 ここでリオンを捜すとなると、相当大変だろう。
「大丈夫? 覚悟はできてる? とりあえず、俺から離れては駄目だよ」
「・・・うん」
と言われても、バッドに掴まることもできないためアンジュは自分で何とかする覚悟を決める。
「もし俺とはぐれたら、そうだな・・・。 正門で待ち合わせしようか。 ここには、俺を呼べる紐なんてないから」
「そうなの?」
「ここの地は、偉いお方のものだからな。 俺を呼べる紐が吊るしてあるのは、ご主人様の所有している敷地内だけだ」
「分かった・・・」
「もしピンチになったら、黒猫になってその場から逃げろ」
しっかりと頷き、アンジュは案内されるがまま正門まで移動した。
「折角だから、正門から堂々と入っていこうか。 こそこそとしている方が怪しまれるから」
まるで大きく開く口のような門をくぐり、デッドゴッドの屋敷へと足を踏み入れた。
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