Spooky Halloween⑩
「ちょっと、黒猫に変身してみてよ」
「そう、言われても・・・。 変身の仕方なんて分からないよ」
困っているアンジュに、バッドはヒントを与える。
「そうだなぁ。 まず、お腹らへんにグッと力を入れるんだ。 そして“自分は猫になる”って強く念じれば、すぐに変身できるよ」
「・・・うん、分かった。 やってみる」
不安な表情を混ぜながらもバッドから少し距離を空け、アンジュは目を瞑り集中し始めた。 一瞬薄い煙のようなものが、彼女の身体を包み込む。
煙が消えると、バッドの足元には小さな黒猫の姿があった。
―――お、成功したじゃん。
「アンジュ、ばっちりだよ。 ちゃんと黒猫の姿になってる」
笑顔で語りかけ、しゃがみ込み黒猫の頭を軽く撫でてやった。 くすぐったいのか、彼女は左右に首を振りバッドの手を振り払おうとする。
「あぁ、言っていなかったけど、動物の姿になったら言葉を喋れなくなるからね。 話したかったら、人の姿に戻るんだよ」
そう言って、バッドは両手で黒猫を掴み優しく持ち上げた。 そのまま先程入ってきた小さな窓に、彼女を乗せる。
「この高さなら、飛び降りることができるだろ」
黒猫は躊躇うことなく飛び降り、この場から姿を消した。 彼女につられ、自分も一度コウモリの姿に変身し窓から外に出る。
もう一度人の姿になり屋敷を目指そうとしたのだが、アンジュは黒猫のままだった。
「ん? もう元の姿に戻ってもいいんだぞ。 戻るには、さっきと同じことをすれば戻る。 “元の姿に戻りたい”って念じれば」
アンジュにそう説明するが、バッドの発言を無視し適当な場所へと歩き始めた。
彼女の謎な行動に一瞬思考が追い付かなくなるが、黒猫のままの姿の方が動きやすいのだと考え彼女に合わす。
―――人が走るより、動物の姿で行った方が速いかな。
再びコウモリ姿に戻るとアンジュを先導し屋敷へと向かった。
向かうこと、数分。 互いに動物状態のため会話がなく、先程からつまらない時間を過ごしている。 彼女はちゃんと付いてきているのかと思い、バッドは振り返って彼女の様子を確かめた。
が――――
―――ッ、アンジュ!?
振り返ると、そこにはアンジュの姿が見当たらない。 見失ったと思い、バッドは急いで元来た道を引き返した。 暗い中、懸命に黒猫の姿を探す。
だがそれ程遠くには行っていなかったようで、すぐに見つけることができた。 アンジュは、なぜか屋敷とは違う方向へ行こうとしている。
これ以上離れられると厄介だと思い、バッドは一度人の姿に戻り黒猫を抱きかかえた。
「おいおい、アンジュどこへ行こうとしているんだよ」
バッドの言葉に対し何かを言いたいのか、アンジュはバタバタと手足を動かし落ち着きがない。
「何? 喋りたいことがあるんなら、人の姿に戻ってくんね?」
一瞬黒猫の体重が軽くなり、アンジュから薄い煙が出てくる。 人の姿に戻ると察し急いで手を引いた。 すると、至近距離でアンジュの姿が現れる。
「おっとぉ!?」
あまりの近さに驚くのも束の間、アンジュは軽くバッドに縋ってきた。
「あぁ、バッド! よかった、私一人にされたのかと思った。 真っ暗なところに一人残されて、とても怖かった・・・」
潤んだ目で見つめながら、震えた口調でそう言ったアンジュ。 普通ならここで彼女のか弱さに同情してしまうところなのだが、バッドが考えることは違った。
―――もしかしてアンジュ、暗闇に弱いのか?
「アンジュ、俺の姿は見えてるの?」
「うん、一応。 でもどうしちゃったんだろう。 お月様はちゃんと見えるのに、視界がとても悪いの」
そう言って、辺りを不安そうな表情で見渡す彼女。 そんな彼女に“マズいなぁ”といった表情をしてしまう。
「どうかしたの?」
「あぁ・・・いや。 まさかアンジュの弱点は、本当に暗闇に弱いことだなんてな」
「え?」
「人間の時よりも、視界が悪くなったりしていないか?」
警戒しながら小声でそう問うと、アンジュは少しの間考え込む。
「あ・・・。 そうかもしれない! 特に気にしなかったから気が付かなかったけど、エンの屋敷が暗くて見にくかったの」
「マジかぁ・・・。 黒猫のくせに暗闇が苦手とか、厄介だな」
―――ならどうやって屋敷へと向かう?
―――互いに動物のままで行けば早く着くけど、アンジュが動けないとしたら・・・。
―――俺がコウモリ状態のまま、アンジュでも黒猫でも、運ぶのは無理だしなぁ・・・。
―――・・・遅くなるけど、人の姿のまま向かうか。
バッドはそう思い、おもむろに彼女の手を取った。
「え?」
「アンジュは俺に抱えられるの、嫌なんだろ」
視線を合わせずにそう言うと、彼女の手を引き再び屋敷へと目指した。 だがそれでも、彼女は申し訳ないといった表情で手を放す。
「抱えられるのが嫌っていうわけじゃなくて、10秒以上触れていると変身の効力が切れちゃうから・・・」
そこで初めて、抱えるたびにアンジュが暴れている理由を思い出した。
「あー! すっかり忘れていたよ。 これじゃあ黒猫の効果が消えちまうじゃんー!」
何度も触れることを拒んできた理由が分かり安心したが、依然視界の問題は解決していない。 仕方なく、そこら辺に落ちている木の枝を拾い上げる。
「じゃあもう、これでも持って。 木の枝を引っ張っていくから、視界が暗くて怖くても俺を信じて付いてきてな」
「・・・うん。 ごめんね、ありがとう」
申し訳なさそうな表情でそう言う彼女を見てから、今度こそと思い屋敷を目指す。
―――あーあ、俺は何をやってんだか。
―――人間の娘の面倒を見るなんて。
―――エルフから、ちゃんと豪華なご褒美を貰わないとなー。
―――・・・今頃エルフは、パーティには参加せず屋敷の屋根裏部屋にでもいるんだろうな。
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