Spooky Halloween⑨




同時刻 エンの屋敷



アンジュは一人、部屋の隅にうずくまっていた。 エルフを真似て紐を引いてみたのはいいものの、何も起きる様子はない。 

そこに何の根拠もないのだ。


―――これからどうしよう。

―――・・・寒い。


人間から黒猫妖怪の姿になり、肌の露出が増えたため物凄く寒い。 明かりがないため心細くも感じていた。 その時、上方の穴から一匹のコウモリが入ってきた。 アンジュは分かっていた。

それが、待ち望んていたバッドだということを。


「・・・ッ、バッド!」

「やっぱり俺を呼んだのはアンジュだったんだな」


バッドは下まで降りてくると、人間の姿に戻る。 転がっている包帯を見回してから、アンジュへと向き直った。


「でも、どうしてこんなところに?」

「マモーに人間だとバレて、捕まってしまったの」

「あー・・・。 まぁ、喰われずに監禁だけで済んでよかったね、と言っておいた方がいいのかな、って・・・。 アンジュ、その姿・・・」


互いの姿を確認したところで、バッドは不思議そうにアンジュの全身を眺めた。


「あぁ、この姿ね。 エンに言われて湖の水を飲んだら、この姿になったの」

「へぇ、黒猫かぁ。 いいね、アンジュに似合っているよ」

「ありがとう」


バッドの言葉に笑顔で返すと、彼は部屋に吊るされている紐を指した。


「で、マモーに捕まってどうしようかと困っていたら、あの紐を見つけて俺を呼んだわけだ」

「うん。 エルフがその紐と全く同じモノを引いてバッドを呼んだのを見たから、この紐を引いてもバッドが来てくれるかなって」

「・・・」

「・・・迷惑だった?」

「・・・あぁ、いや。 迷惑なんかじゃないよ。 いいよ、助けてあげる」

「本当? ありがとう」


礼を言った後、申し訳なさそうに尋ねかけた。


「でも、突然呼び出してごめんね。 バッドも何かしていたんでしょ?」

「あぁ、ご主人様と共にパーティーに参加していたよ」

「そうなんだ。 大分無理させちゃったね」

「いや、別に。 ご主人様も、たまには一人でいるのもいいだろ」

「今頃みんな、パーティを楽しんでいるのかな」

「あぁ。 アンジュが見たら驚く程怖い妖怪たちが、うじゃうじゃといるさ」


悪戯っぽく笑いながらそう口にするバッドに、アンジュは苦笑を返した。 互いに会話が途切れたところで、バッドはアンジュに気になっていたことを尋ねる


「なぁ、アンジュ。 一つだけ聞きたいことがあるんだけど」

「何?」

「アンジュって、この森には一人で来たの?」

「ううん。 私と同い年の、リオンっていう男の子と一緒よ。 ・・・でも、リオンは今どこにいるのか分からない。 

 この森じゃなくて、普通に人間が暮らす街で、迷子になっていたらいいんだけど・・・」

「・・・」

「バッド? どうかしたの?」


バッドが気まずそうな表情を向けてきたため、アンジュは彼の顔を覗き込んだ。 バッドは言いにくそうに、首を傾ける。


「いや。 ・・・これ、パーティ会場で聞いた話なんだけどさ。 人間の男の子が、屋敷で捕まっているみたいなんだ」

「え!?」

「まだその子が“リオン”って決まったわけじゃねぇぞ?」

「そうだけど! でも、その子がリオンじゃなくても助けに行かなきゃ!」

「どうしてそこまでするんだよ」

「だって同じ人間だもの! このまま妖怪たちに見つかったら、その子が食べられちゃうかもしれない! それにもしその子がリオンだったら、助けに行かず後悔するのは絶対に嫌だから!」

「いや、でも・・・。 協力はするけど、俺にできることは限られているし」

「何を言っているの! 私も探すに決まっているじゃない!」

「は!? アンジュ何を言ってんだよ! 自分の立場を分かってそれを言ってんのか? だったらもう一度考え直せ!」

「分かって言っているよ! もしリオンが食べられちゃったら、その方が嫌だもの! お願いバッド、早くここから私を出して。

 そしてリオンが捕まっている屋敷まで、私を案内して!」


そう言ってアンジュは、手の平をバッドに向けて差し出した。


「え・・・。 何?」

「私の手の匂いを嗅いで。 人間の匂い、まだする?」

「・・・」


バッドは鼻をアンジュの手に近付け、匂いを嗅いだ。


「・・・多少はするけど、ほとんど消えているな」

「なら大丈夫。 マモーにはバレてしまったけど、ユーストには気付かれなかったし」

「・・・ここからアンジュが出て誰かに喰われても、俺は知らないぞ」

「うん。 自分の身は自分で守る」


強い意志を示すと、バッドは小声で『今のアンジュには何を言っても、無駄だろうな』と呟き、アンジュの意見を受け入れてくれた。

そのことに喜んでいるのも束の間、早くここから出て屋敷へ向かうためバッドに外からドアを開けてもらうよう頼み込む。

だが彼はドアを開けようとはせず、何かを閃いたかのようにアンジュに提案した。


「あ、アンジュが黒猫の妖怪なら、俺みたいに本来の動物の姿に変身できるんじゃね?」


「・・・え?」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る