Spooky Halloween⑥
ユーストに案内されるがまま、エンの部屋を出て広い廊下を進んでいた。 冷たい風が流れ、アンジュの身体が寒さに包まれていく。
「・・・寒い」
思わず呟くと、ユーストは雑巾を絞り上げるようにして身体を捩じった。
「エンの部屋から、何か羽織るものを借りて持ってこればよかったね。 今から戻る?」
それを聞き、アンジュは何も言わずにただ首を横に振る。 今はのんびりしているつもりはなかったのだ。
長い廊下を進み終え、広いホールのような場所へと移動した。 あまりにも大きなそこに、アンジュは素直に驚く。
「わぁ・・・!」
「ふふ。 マモーはもう少し先にいるよ」
話を聞いているうちに、アンジュはその妖怪はがどんな姿をしているのか大体想像できていた。 包帯を巻くと言ったら、もうあの妖怪しか思い浮かばない。 そう――――ミイラ男だ。
―――・・・ミイラ男さん、か。
―――包帯を巻いてほしいということは、その中身も見えちゃうっていうことだよね。
―――中身はどうなっているんだろう・・・。
そんな他愛のないことを考えているうちに、目的の場所へと到着したようだった。
「着いたよ。 マモー!」
大きな広間にいる、真っ赤なソファーに座っている者に呼びかける。 多少白い布が見えるが、布面積が少ないということはかなりのところが解けているのだろう。
ユーストに付いて行きながら傍まで近付くと、そのミイラ男――マモーに、鋭い目付きで睨まれた。
「・・・その子、誰」
「ッ・・・」
静かな口調なのだが明らかにアンジュを受け入れてないと分かり、思わず返事に詰まってしまう。 そんなアンジュに気遣ったのか、ユーストが代弁してくれた。
「この子の名前はアンジュだよ! エンのお友達みたいなんだ」
「ふーん・・・」
ユーストからそう聞くも、未だに視線をアンジュからそらさないマモー。
「エンを探したけど、見つからなくてさぁ。 だから代わりに、エンの部屋にいたアンジュを連れてきた! じゃあアンジュ、包帯を巻くのよろしくね!」
「あ・・・。 うん!」
彼のオーラに気圧されながらも、解けている包帯を手に持ち綺麗に巻いていく。 包帯は上半身全てとは言わないが、彼の右肩からお腹にかけてほとんどが解けている状態だった。
包帯の中からは、乾燥した肌が見えており少し――いや、かなりグロテスクである。
―――あまり、直視していられない・・・。
―――それより、変身が解けないように気を付けないと。
―――10秒前になったら一度手を離すことを繰り返せば、大丈夫かな。
「マモー、どうしてこんなに解けちゃったの?」
「遊び過ぎた」
「にしても今日、解け過ぎでしょ?」
だが何度も手を離すとなると上手く巻けず、ユーストにも協力してもらう。
「ユースト、ここの包帯をちょっと抑えられる?」
「あ、いいよ!」
そう言ってユーストは、自分の身体をマモーにくっつけるようにして抑えてくれた。 彼の助けもあり包帯を順調に巻いていく中、マモーがアンジュに対して尋ねかける。
「アンジュはどこから来たの?」
「え?」
今もなおジッと見据えてくるマモーに恐怖を感じ、アンジュは思わず視線をそらしてしまう。 だがその問いには答えられず口を噤んでいると、ユーストがまたもや助けてくれた。
「こらこら、マモー? 初対面の女の子に、個人情報は聞いちゃいけないよ? もしかしたらエンのガールフレンドなのかもなんだし」
「エンの?」
「うん。 アンジュはエンの部屋で寝ていたからね」
「寝ていた!?」
彼らの会話を聞きながら再び包帯を巻くのを再開し、数分後――――ようやく全ての包帯を巻き終える。
「わぁ、アンジュ凄く綺麗に負けたね! マモー、カッコ良いよ?」
「ん。 さんきゅ」
生憎無愛想なマモーだが、きちんと礼を言ってくれたことを少し嬉しく思った。
「さて! えっと、今時間は・・・。 7時40分過ぎかぁ。 10分前にはもう屋敷を出るよね? もう一度、エンを探してこようっと!」
そう言ってユーストはこの場から離れようとするが、何かを思い出したのかこちらへ振り向きながら大きな声で注意を促した。
「そうだ、アンジュ! マモーが火に近付かないように、見張っていてあげて!」
“まだこの場に残らないといけないの?”というのが、その言葉を聞いての素直な思いだ。 だけど言えるはずがない。
「見張る・・・?」
「火に近付くと、マモーはすぐに燃えてしまうんだ!」
「そうだね、包帯は燃えやすいから。 でも、それは自分自身が一番分かっているんじゃ・・・」
「それなら苦労はしないよ。 ほら、エンの部屋には暖かい暖炉があるでしょ? 前に一度、マモーがエンの部屋に入っちゃって。
その時炎の暖かさに感動して、自ら燃えに行こうと炎の近くへ行っちゃったんだ。 馬鹿だよねー! 他にも燃え移っちゃったし、大変だったよ」
その言葉に、マモーは地団太を踏みながら反論した。
「馬鹿じゃねーし! 俺は燃えねぇって! あの時はたまたまだよ、たまたま」
「たまたまで自分に火をつける妖怪、他にいないよ。 実際燃えるかどうか試してもいいけど、また屋敷中が大騒ぎになったら、止めなかった僕まで責任を問われるんだからね! ・・・もう。
ということで、大変だろうけど少しの間、マモーをよろしくね!」
ユーストは笑顔でそう口にした後、エンを探しにこの場から離れてしまう。 マモーと二人きりというのは大変気まずかった。
時間も惜しい今、本当は一人この場を離れたかったがなかなかに難しい。 マモーは今も、訝し気な目線を向けてきているのだ。 そこで、黙って静かにしているのが最良だと判断した。
だが――――それは失敗だった。 何の感情の混じり気もない、淡々ととても冷静な口調で、アンジュにとって最も聞かれたくないことを尋ねてきたのだ。
「アンジュってさ。 もしかして、人間?」
「え!?」
“人間”という言葉に思わず反応してしまったアンジュは、その場に立って彼から少し後ずさってしまう。
その反応を見たからなのか、マモーもゆっくりとその場に立ち上がりアンジュとの距離を詰めてきた。
「やっぱり、人間なんだ・・・」
今度は先程とは違い、とても愉快で楽しそうな声色で言葉を紡ぎ出す。 そんな彼が怖くなり、アンジュは更に後ずさった。 そしてまたもや、マモーは近付いてくる。
「だって・・・。 人間の匂いが、ほんのりするし? かなりニンニクの匂いがキツいけど、人間が大好物な俺にはすぐに嗅ぎ分けられる」
「ッ・・・」
「アンジュは、エンの知り合いなんだろ・・・? どうやって、この屋敷まで辿り着いた? ユーストやエンも、アンジュが人間だっていうことは・・・知ってんの?」
「・・・」
「黒猫の姿になっているということは、アンジュはあの湖の水を飲んだのか。 それだけで、妖怪になりきれたと思ってた?」
アンジュは冷たい壁に追い詰められていた。 どうやら逃げ場がなくなってしまったようだ。 怯えた表情をしているアンジュに、マモーは楽しそうだった。
「いいね、楽しいね。 人間が怖がる姿とか、超最高じゃん・・・。 でもまぁ、身体の力を抜いたら? そんなに怖がらなくても大丈夫だって」
「・・・」
「俺が一瞬で、アンジュを喰ってやるからさ」
そう言ってマモーは、片腕の包帯を少し解いた。 両手で持った包帯を目線まで上げ、アンジュの口元へと重ねていく。
包帯で抑え叫ばれるのを防ぐのと、10秒以上触れて本来の人間の姿に戻らせることを――――同時にするかのように。
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