Spooky Halloween⑤
「アンジュ! アンジュはどこにいるんだ!」
(え・・・? リオン?)
アンジュは自分が呼ばれていることに気付く。 それは聞き慣れた、幼馴染の声だった。
「アンジュ! いたら返事してくれ!」
(リオン! 私はここよ!)
返事はした。 全力で、声を張り上げて。 それでもリオンには届いていないようだった。 それに何かがおかしい。 視界には白が映るばかりで、声の方向にリオンの姿を見つけることができない。
「アンジュ・・・。 ここにもいないのか・・・」
(え・・・。 私の声、届いていないの・・・?)
“こっちだよ” “こっちにおいで”
(あ、あの囁き・・・!)
「え? アンジュ、そっちにいるのか・・・?」
(駄目リオン! そっちへ行っては!)
「アンジュ・・・。 今すぐ、そっちへ行くから・・・」
(リオン! 駄目ーッ!)
アンジュは身体をブルリと震わせ跳び起きた。 火の粉が弾ける暖炉のせいで、側頭部が熱くなってしまっている。 そこで初めて先程の光景が夢である分かり、ホッとした。
―――あれ・・・。
―――私、寝ちゃってた・・・。
―――というか、凄く嫌な夢を見たな・・・。
―――今は何時・・・?
時刻を確認するために時計を探そうとする。 が、その時――――
「BOO!」
「わッ!」
突如視界に入ってきた白い影に思わず悲鳴を上げると、部屋の隅へ逃げ込んだ。 距離を取れば、じっくり相手を観察することができる。 子供がいたずらで白い布を被っているような形態。
映画か何かで見たことのある幽霊――――いや、ゴーストというべきだろうか。 透けているわけではないが、宙をふわふわと浮いている。
目と口だけの作りで顔はコミカルだが、やはり実際に飛んでいるところを見ると恐い。
「あれれ? どこへ行くのー?」
「来ないで!」
逃げ回るも、幽霊は素早く一瞬にしてアンジュに追い付いてしまう。 まるで背中に憑いているかのようにピタリと付いてくる、全力の追いかけっこをしているような状態だった。
「大丈夫だよ。 安心して? 僕は、初めて会った女の子を襲ったりなんかしないよ」
「・・・」
逃げている本当の理由は他にあった。 追いかけてくるということは、まだ人間の匂いが完全に消えてはいないということだろう。 10秒触られると、変身が解けてしまい人間だとバレる可能性があった。
だからこの地の妖怪たちには、極力近付きたくなかったのだ。
「君、あまり見ない顔だねー? もしかして、エンのガールフレンドだったりする?」
「ガッ・・・!」
予想外の言葉に戸惑っていると、幽霊は一気に近付いて距離を30センチ程に詰めてくる。 “もうおしまいだ”と思ったアンジュは覚悟を決めたが、幽霊は何も手を出してこなかった。
―――・・・あ、そうか。
―――これだけニンニクの臭いがするんだから、人間の匂いがするわけないじゃない・・・!
自分自身もニンニクの臭いが染み付いていることもあり、意識していなかったが、改めて考えてみると部屋中にニンニクがあるのだ。 ニンニクの匂いはあまり好きではないが、今はこの状況に感謝した。
「僕の名前はユースト。 君の名は?」
「・・・私は、アンジュ」
「アンジュ! 見た目も可愛いし、名前も可愛いんだね」
「あの・・・。 貴方は、幽霊?」
「そうだよ!」
今まで出会ってきた中で、一番陽気な妖怪。 不安がないことはないが、緊張は明らかに少ない。
「ここへ来て、どうしたの?」
「あー、そうだった! エンを探しているんだ! エン知らない?」
「さぁ・・・。 パーティへ行く準備をするって言って、この部屋から出ていったけど」
「そっかぁ・・・。 早く、エンを探さないといけないんだけどなぁ」
そう言ってユーストはいないと分かっていながらも、この部屋を何度も何度も往復しエン探しを再開する。 不思議に思いながら眺めていると、クルリと宙返りをし質問を投げかけてきた。
「アンジュも、パーティへ行くんでしょ?」
「え、私は・・・。 行けない、かな」
「え、どうして!? ・・・まぁ確かに、パーティは強制ではないけど・・・」
そこまで言い終えると、またもやユーストは一瞬にしてアンジュとの距離を詰め、自分の額をアンジュの額と接触させた。
「・・・あ、駄目!」
急な出来事に戸惑い反応は遅れてしまったが、身を守るためユーストを突き飛ばした。 慌てて身体を確認してみるが、元に戻った様子はない。 どうやら10秒は経っていなかったようだ。
――危なかった。
――それにしてもユーストの体温、凄く冷たかったな。
驚いているユーストに、冷えてしまった両手を擦りながら謝った。
「あの・・・。 ごめんなさい」
「いいよ。 僕こそ、急に驚かせちゃってごめんね? パーティへ行かないのなら、体調でも悪いのかなと思ってさ」
再びエンの姿を探し始めるユーストを見て、アンジュは尋ねた。
「どうしてそんなに探すのが大変なの? 幽霊なら、壁をすり抜けられるから移動は簡単でしょ?」
「んー? 僕の身体は壁や物をすり抜けることができないんだよ。 移動するのは速いけど、ちょっとは風の抵抗があるし。 ね、不便な身体でしょ? ・・・いてッ!」
「大丈夫!?」
「いたた・・・。 ・・・うん、大丈夫だよ。 僕は動きながら喋っているとよくよそ見しちゃうから、壁や物に当たるのはしょっちゅうさ。
身体が透けていたら、こんなにぶつからないんだけどなぁ・・・」
おっちょこちょいな一面を聞くと、微塵も怖さが感じられない。 ある意味見た目通りの妖怪、というべきなのだろう。
「本当に触れられるかどうか、僕の身体を触ってみる? まぁさっき、実際に触れたけどね」
ブンブンと必死に首を横に振って否定した。 アンジュからしてみれば、触れられない方が都合がいいというのもある。
「そんなに急いでいるっていうことは、エンには急用なの?」
「急用というかもうすぐパーティが始まっちゃうからさー! マモーがさっき帰ってきたんだけど、包帯をぐちゃぐちゃに解いたまま戻ってきて。
マモーは不器用で自分で自分の包帯を巻けないから、いつもエンに巻いてもらっているんだよ。 ほら僕は見ての通り手がないから無理だし? バッドも、外回りとか言って屋敷から出ていくし・・・」
エンを探すことを諦めたかのように、移動スピードを緩める。 だが突然、何かを閃いたのか大きな叫び声を上げた。
「あ、そうだ! アンジュがマモーの包帯を巻いてやってよ!」
「え!? 私には無理だよ!」
「大丈夫。 マモーは怖い妖怪じゃないって。 僕がちゃんと、アンジュの傍に付いているし」
「そうじゃ、なくて・・・」
今まで、アンジュはエンに助けられてきた。 だからせめて、エンの仲間である彼らを助けてあげたいという気持ちはある。
だが一つ問題なのは、包帯を巻くとなると妖怪と接触することになるため――――元の人間の姿に戻ってしまう可能性がある、ということだ。
「でも本当に早く包帯を巻いてあげないと! マモーの身体が腐っちゃう!」
だけど――――だけど、それでもいい。 エンに何かお返しができるのなら、人間の姿になってしまってもいい。 襲われそうになったら、逃げればいいのだから――――
「・・・分かった。 私がやる」
コクリと小さく頷くと――――ユーストは嬉しそうな表情を見せ、案内を始めた。
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