Spooky Halloween④
屋敷から森へ、男の後を付いていくうちに見覚えのある場所へと到着した。 そこはエルフと最初に出会った大きな湖のほとり。 満月がゆらゆらと水面に映り、幻想的な雰囲気を放っていた。
「凄い・・・。 綺麗な満月」
ポツポツと漂う白い光が、まるでダンスを踊るように揺らいでいる。 それは蛍なのだろうか、それともここにしかいない何かなのだろうか。
「水妖精の一種だ。 意思はなく何故水の上を漂うのかも分かっていないが、なかなか悪くはないだろう?」
「はい、素敵ですね。 ・・・これを見せるために、ここへ・・・?」
そう尋ねかけると、吸血鬼は意味深に笑みを浮かべた。
「いや、そうではない。 ここへ連れてきたのには当然意味がある」
言いながら男は湖に近寄ると、持っていたワイングラスを水にくぐらせた。
「アンジュ。 これをお飲み」
と、言われても『はい、分かりました』と即答することはできない。 いくら何でも湖から汲んだ水をそのまま飲むというのは、流石に躊躇われる。
「不安なのは分かるが大丈夫。 毒は入っていない」
「・・・」
受け取ったグラスに、ジッと視線を向けてみる。 濁っているようなことはないし、率直にいって綺麗な水だと思った。
―――いくら綺麗でも・・・。
そんなアンジュの様子を見て何が可笑しいのか、男はクツクツと笑いを漏らした。
「その水を飲むのは、人間がこの地に適応するのに必要不可欠だからなんだ。 もしどうしてもというのなら、ニンニクの絞り汁でも入れてやろうか?」
「け、結構です! 飲みますッ」
意を決し、中身を一気に飲み干していく。 生のニンニクの絞り汁なんて入れられてしまえば、身体中がニンニク臭になってしまうだろう。
「んっ・・・」
「はは、いい飲みっぷりだね」
「・・・はぁッ、はぁ・・・」
途中で飲むのを止める方が怖くて、一気飲みしたアンジュ。 苦しさのあまり、肩で息をした。
―――・・・あれ?
―――何も、起こらない・・・。
一瞬身体が熱くなったようにも感じるが、特にどこも痛みなど感じられず違和感などなかった。 呆気に取られているアンジュをよそに、ご主人様は楽しそうに笑みをこぼす。
「可愛らしい姿に変身したね。 黒猫、か・・・」
「え?」
「湖を覗いてごらん」
優しい表情でそう言われ、恐る恐る湖に映る自分を見ると――――
「なッ・・・!」
「ふふ」
そこに映ったのは、猫耳と尻尾が生えた自分の姿だった。 慌てて直接自分の身体を確認すると、先程まで着ていた自分の服ではなく、完全に黒猫と言ったような衣装に変わっている。
黒くてふわふわしていて、まるでコスプレをしているような――――
「元の姿に戻してください!」
「駄目だよ。 この地にいる時は、アンジュもそのような姿でいてもらわないと。 すぐ誰かに目を付けられ喰われてしまう」
「そんな・・・」
「安心して。 この地から出たら、自然と元の姿に戻るから」
「・・・」
不安気に俯いているアンジュにそっと近寄り、再びご主人様は匂いを嗅いできた。
「ん・・・。 まだ少し、人間臭いか・・・。 まぁ、さっきよりはマシだろう」
そう言って、ゆっくりと身体を離していく。
「一つだけ忠告をしておくよ。 この地の奴らとは、絶対に接触はしないこと。 直接肌に触れるな、っていう意味だ。 少しの間ならいいが、10秒以上接触をしていると変身の効果が消えてしまう」
「・・・分かりました。 あの、質問いいですか?」
「何だい?」
「・・・その、貴方は吸血鬼?」
「・・・」
ご主人様は難しそうな表情を浮かべ、答えるのに躊躇っていた。 だけどアンジュの迷いのない瞳を見て答えると決めたのか、時間を置いてハッキリとこう告げる。
「・・・あぁ。 私は吸血鬼で、名はエンパイアという。 私のことはエンでいいよ」
「じゃあエン。 バッドは、一体何者なの?」
「バッドはコウモリだね。 人間の姿にもなれるが、本来の姿はコウモリだ。 そして、私の使い魔でもある」
「やっぱり・・・」
「・・・あれ、怖がらないのかい?」
「・・・もう、慣れました」
「不思議な子だね。 普通の人間なら、私たちが妖怪だと知った瞬間ここから逃げようとして、喰われて死ぬのがオチなのに」
そう言ってエンは、アンジュの猫耳にさり気なく触れようとする。
「・・・ッ!」
唐突な行為に瞬時に反応すると、すぐさま後ろへ下がった。
「はは、いい反応だね。 その調子だよ」
そしてエンはワイングラスを受け取り、アンジュを連れて屋敷へ戻りながら先程の続きを語ってくれた。
「ここはね、妖怪の住む森なんだ。 バッドからの話だと、会ったのはエルフとバッドと私だけなのかな。 私はともかく、エルフとバッドという人間らしい彼らに出会えてよかったね。
彼ら以外の奴らだったら、きっとアンジュも怖がっていたことだろう」
「・・・そう、ですね」
「大丈夫。 アンジュはちゃんと、元の地へ返してあげるから。 今夜は運がいいのか、ある大きなイベントがあってね」
「イベント?」
「あぁ。 今日は10月31日。 何の日か知っているかい?」
10月31日。 それは――――
「・・・ハロウィンの日」
「正解。 今夜は、年に一度の大きなパーティが開かれるんだ。 妖怪たちはみんなそこへ集まる。 だからそこへ行かなければ、アンジュは喰われずに済むということさ」
そのようなことを話しているうちに、あっという間に屋敷へ戻ってきた。 相変わらず裏口からの出入りなのだが、それはアンジュのためを思ってのことだろう。
エンはワイングラスを暖炉の上に戻すと、少しだけ炎を強くした。
「寒いだろう? 暖炉の前にあるソファで休むといい。 ・・・今は6時半過ぎ、か・・・。 アンジュはここにいな。 私はパーティへ行く準備をしなくてはならない。
ここでぼんやりと過ごしていれば、あっという間に夜は明けるだろう」
「分かり、ました・・・。 あの、ありがとうございます」
礼を言い軽く頭を下げると、彼は優しい笑みを返してくれた。
「・・・いい子だね。 その行いが、タイミングのいい今日に繋がったのかな」
小さな声で呟くと、エンはこの部屋から出ていってしまった。 一人になったアンジュは冷えた身体を温めようと思い、暖炉へ近付きソファーにゆっくりと腰を下ろす。
―――暖かい・・・。
―――というより、エンはいい人だな・・・。
―――このまま、エンを信用しちゃってもいいのかな?
―――エルフには、この地にいる者は絶対に信用しちゃダメって言われたけど・・・。
―――今日、ハロウィンのパーティなんだ。
―――私の地では凄く楽しいイベントだけど、ここで行われるパーティを覗いたらきっと怖い妖怪がたくさんいるんだろうな。
―――それにしても、ここはおかしな世界・・・。
―――夢じゃ、ないんだよね・・・。
そう思ったアンジュは、軽く自分の頬をつねってみる。
「いたッ・・・」
夢ではないと確信すると、急に心細くなり身を縮こまらせた。
―――バッドはコウモリなのに、逆さまになるのが苦手なんでしょ・・・。
―――エンは吸血鬼なのに、凄くニンニクを好んでいるし・・・。
―――本当、あべこべな世界。
未だにニンニクのキツい匂いが纏わり付いてくるが、流石に慣れたのかもう嫌な気はしなかった。 その代わり、暖かな炎のせいで今度は眠気が襲ってくる。
―――そう、言えば・・・。
―――リオンは、大丈夫かな・・・。
―――私のこと、心配して・・・いない・・・か、な・・・。
そうしてアンジュは――――今までの疲れがどっと出たためか、暖炉の前でそのまま眠りに落ちてしまった。
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