Spooky Halloween③




「この森・・・。 結構静かなのね」


アンジュは先導するバッドに語りかける。 現在はバッドいわくご主人様のところへ向かってる最中で、殺風景な暗い森を歩いていた。

やはり無言で歩き続けるのは、少しばかり背すじを刺激するのだ。


「いつもは賑やかさ。 でも今日は静かだね。 みんな準備で忙しいのかな」

「準備って?」


その問いに、バッドは意味深に笑った。 アンジュとしては疑問が残るが、答えてくれないというのならこれ以上追及することはできない。

そうしているうちに森の切れ目が見え、徐々に大きな屋敷が現れた。 初めて見る立派なお屋敷に、アンジュは目を丸くする。


「わぁ・・・。 大きな屋敷」

「表じゃなくて、裏口から入ろうか。 中に誰かいるのかもしれない」

「たくさんの人と一緒に住んでいるの?」

「いいや? 一緒に住んでいるのは、ほんの数人さ」


裏口へと案内され、薄暗い屋敷の中へと一歩足を踏み入れた。 だが、その瞬間――――


―――うッ・・・。


強烈な匂いがアンジュを纏い、思わず鼻をつまんでしまう。


「おい止めろ! ご主人様に失礼だぞッ」


その仕草にすぐさま突っ込まれ、嫌々ながらも手を下ろし匂いに耐えた。 そして大きな扉の前まで着くと、バッドは一度アンジュの方へ振り返る。

目が合い覚悟を決めたところで、彼は静かに扉を開けアンジュを先に中へと誘導した。 その途端――――纏わり付いてくる強烈な匂いが更に増し、鼻から脳まで悪臭漬けになるような錯覚を覚える。 

あまりに強烈過ぎて分からなかったが、改めて思えばそれは嗅いだことのある香り――――ニンニクの臭いだ。


―――どうしてこんなに、ニンニクが・・・?


ニンニクは部屋中の至るところに置かれ、吊るされている。 何百、何千ものニンニクに占領された部屋に驚いているアンジュをよそに、バッドはキョロキョロと辺りを見渡し始めた。

そしてクローゼットを開き中を漁っている大きな人影を見付けると、バッドの表情は一気に明るくなる。 今は扉で見えないが、あの方がご主人様だと悟ったアンジュは姿勢を正し気を引き締めた。


「あぁ、いたいた。 ご主人様ー、ただいま戻りましたー」

「遅いぞバッ・・・ド・・・ッ!」

「ひゃっ!」


バッドの方へ向き直ったご主人様は、アンジュと目が合うと物凄く驚いた表情を浮かべ、羽織っている分厚いマントをすぐさま口元に寄せる。

同時にアンジュもご主人様を見て、驚きのあまり咄嗟に両手を口元に寄せた。


「だーから驚くなって言ったでしょー。 ご主人様すみません、彼女、この地が初めてみたいなんで」


バッドはアンジュを一瞥し、すぐにご主人様の方へフォローを入れる。 するとご主人様は、訝し気な表情をして問いかけてきた。


「・・・そなたは、人間か?」

「はい、彼女は人間です。 エルフが見つけてくれたみたいで」

「バッド、どうして私のもとへ連れてきた? その人間を私が喰うとか考えなかったのか」

「まぁ、喰われたらそん時はそん時で。 でもご主人様、普段ニンニクしか食べないから大丈夫かなーって」

「年に一度くらいは、ニンニク以外のものも口にするぞ」

「ほとんどというかほぼ100%、ニンニクしか食べていないじゃないですか」

「バッドはもうちょっと、自分以外を疑うことを身に付けた方がいい」

「ご主人様を疑うことなんてできるわけないでしょう」

「・・・それも、そうか」


ご主人様は少しの間躊躇うが、意を決したのかゆっくりと口元に寄せていたマントを下ろし始めた。 露になった彼の姿を見て、アンジュは確信する。

本の世界で見たことのある――――吸血鬼の姿をしていたのだ。 そんな彼を見て恐怖を憶えるが、それ以上に一つだけ疑問に思ったことがあった。


―――あれ・・・?

―――吸血鬼って、確かニンニクが苦手なんじゃ・・・。


彼は青白い肌に綺麗な赤い眼をしており、襟のある分厚くて長いマントを羽織っている。 そして口元には長い牙があり、耳も尖がっていた。 正真正銘の吸血鬼だ。

人がコスプレをするにしても、ここまでは再現できないだろう。


―――・・・この吸血鬼、本物なの?


「バッド、それで? その小娘を私にどうしろと」

「俺が見ていてもあれなので、ご主人様に任せようかなと」

「大変な役を私に押し付けるな」

「そう言うけど、ご主人様は面倒見がいいから」

「・・・」

「で、アンジュはいつまで口元を押さえているんだよ」

「あっ・・・」


バッドに小声でそう言われたアンジュは、我に返り慌てて両手を下ろした。 するとご主人様は何かを考え込んだ後、バッドに向かってこう尋ねる。


「今は何時だ?」

「んー。 6時くらいじゃないですかね」

「まだマモーが帰ってきていないんだ。 バッド、外へ行って探してきてくれないか?」

「かしこまりました」


そう言ってアンジュの隣でバッドが深く一礼をすると、ふと視界から彼の姿が一瞬で消え去った。


―――え?


だが、不思議に思ったのも束の間――――アンジュの目の前に、大きなコウモリが姿を現したのだ。 


「バッド、なの・・・?」


不安気に尋ねるが、バッドはアンジュの方へ顔を向けるだけで、何も言わずに先程来た裏口への方へと飛んでいってしまった。

この場に取り残されたことに不安を感じていると、気を遣ってくれたのかご主人様が静かに問いかけてくる。


「で・・・。 そなたの名は?」

「あ・・・。 アンジュ、です」

「アンジュ、か・・・」


復唱するように小さく口にすると、彼はゆっくりとアンジュのもとへ近寄ってくる。 あまりの恐怖に後ずさってしまいそうになるが、ここはグッと堪えることに成功した。

ご主人様はアンジュの目の前で立ち止まると、上半身を前に傾けアンジュの肩へと顔を寄せる。


―――マズい、噛まれっ・・・!


相手は吸血鬼だと思い抵抗しようとするが、その考えはいい意味で裏切られることになる。


「・・・人間臭いな。 でも、美味そうな匂いだ」

「ッ・・・」

「そんな潤んだ瞳で見つめないでおくれ。 別に喰ったりはしないさ。 ・・・今はね」

「・・・」

「でも、その姿だとかなり目立つな」


突然ご主人様は、暖炉の上に置いてある中身が何も入っていないワイングラスを一つ持ち、アンジュの横を通り過ぎて裏口の方へと足を進めた。


「アンジュ、付いておいで」


振り返りながらそう言った彼は、再び外へと歩き出した。



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