Spooky Halloween②
―――嘘・・・。
―――私、これからどうしたらいいの?
この深い森の中に閉じ込められてしまい、身動きが取れなくなってしまった少女は必死に周囲を見渡す。 元来た一本道を引き返そうかとも思ったが、暗くなったせいか道を見つけることすらできなかった。
完全に視界を奪われ、どうしようもなくなり困り果てていると――――
“こっちだよ”
“こっちにおいで”
―――あ・・・さっきの声!
聞き覚えのある囁きに反応し、声のする方へ咄嗟に顔を向けた。 だがその先は真っ暗で、何があるのか誰がいるのか全く分からない。
恐怖と葛藤するもここにいても何も変わらないと思い、少女は意を決して声のする方へと足を進めた。 一人では心細い。 誰かと会いたい。 そして今すぐに助けてほしい。
そのような気持ちを持ち合わせながら、少しずつ前へと歩んでいくと――――突如、左足首に違和感を憶えた。 “何だろう?”と思った時には既に遅く、強い力で足首を前方に引っ張られ尻もちをつく。
「きゃっ!」
足首には、何本もの細いつるが固く纏わり付いていた。 慌てて引っ張り解こうとするが、固く絡まっているせいかビクともしない。
それでも必死にもがいていると、突然つるは動き出し――――少女を、森の奥深くへ引きずり込もうと動き出した。
必死に引かれないようどこかに掴まろうとするが、つるの引っ張る強さに負けてしまい手は空中を舞う。
力では勝てないと分かると抵抗するのを諦め、目を固く瞑った――――その瞬間、何かが横切ったのを感じた。 同時に、あれ程力強く引っ張られていた足首がもう何ともない。
何が起きたのかを確認するため、恐る恐る瞼を持ち上げると――――
「あ・・・。 さっきの!」
目の前には、先程湖で出会った少年が小さなナイフを持って立っていた。 どうやらつるを切ったようで、少女を助けてくれたらしい。 足首に残っているつるは、もう緩くだらんとしている。
「間に合わなかったか・・・」
少年は空を見上げながら、ボソリと呟いた。 一方少女はつるを完全に解き切ると、その場に立ち上がって彼に静かに問いかける。
「助けてくれてありがとう。 ・・・ねぇ、教えて? ここはどこなの? どうして私、ここから出られないの? 出るとしたらどうすればいいの?」
畳みかけるよう質問攻めされた少年は、軽く溜め息をつきナイフを懐にしまった。
「質問をする前に、まずは自分の名を名乗るもんだろ。 ・・・の前に、いったんここから離れようか」
そう言って、先程の鏡のような壁のところまで戻ろうとした。 そんな彼を見失わないよう、少女は小走りで追いかけていく。
「私の名前はアンジュよ。 今日は友達と一緒に出掛ける予定だったんだけど、その友達とははぐれてしまってこの森の中へと迷い込んだの」
経緯を伝え終わる頃には、既に元いた場所まで戻ってきていた。 少年は行き止まりになった道を見るとくるりと身体を少女の方へ回転させ、冷静な口調で質問に答えていく。
「俺の名前はエルフ。 さっきの質問に答えると、まずこの地には名前なんてない」
「名前がないって、どういうこと?」
「この場所は存在しないっていうことさ」
「でも私とエルフは今、この地に立っているじゃない」
「そういう意味じゃないよ。 君の知っている地図には、この森は描かれていないんだ」
「え・・・?」
困惑しているアンジュをよそに、エルフは壁をなぞりながら話を続けていく。
「そして、ここから出られない理由。 この森は、日が沈んでしまうと他の地へと続く道が、見えないゲートによって塞がれてしまうんだ。 だからアンジュは、今はここから出られない。
もしここから出たいなら、また日が昇るのを待てばこの道の先へ行ける」
「そんな・・・」
心底不安気な表情を浮かべるアンジュだが、構わず彼はもう一つのことを話し始めた。
「あと、アンジュには囁きの声が聞こえていたんだろう?」
「あぁ・・・。 “こっちにおいで”っていう声?」
「実際なんて言っているのかは、俺には分からないけどな。 その声の方へは、絶対に行かないように」
「どうして?」
瞬時に聞き返されたエルフは――――鋭く冷たい視線を、アンジュに向ける。
「じゃないとアンジュ、喰われて死ぬぞ」
「ッ・・・!」
その答えにビクリと身体を震わせると、彼は更に言葉を付け加えていった。
「というより、この地で出会ったモノのことはまず信用するな。 ・・・人間が、大好物なヤツが多いんだ」
「人間が、って・・・」
「もちろん俺のことも疑っていいけど、俺はアンジュを喰ったりはしない。 俺は、人間には興味がないから。 とりあえずこの地に住んでいるヤツは、人間であるアンジュを狙うことだろう。
そこらへんは自分で気を付けてくれ。 さっき聞こえてきたその囁き声も、アンジュを狙う声だからな」
「・・・でも、どうして? エルフも人間でしょう?」
「俺は・・・」
その質問には言いよどんだエルフだったのだが、結局はいい返事が見つからなかったのか荒く溜め息をつき、近くにある一本の木へ足を進めた。
「とにかく気を付けろ。 ここへ来た人間は、ほとんどが生きては帰れない。 ・・・もし生きて帰れたら、それは奇跡だと思え」
そう言って彼は、木に吊るしてある細い紐に手をかける。 そしてそれを、勢いよく引っ張った。 だがそんなことをしても、何の音も鳴らないし何の変化も起きない。
“何だろう?”と思ったアンジュは、エルフに近付き尋ねかけようとした――――その時。
「お呼びですかぁー?」
「ひゃっ!?」
突然聞こえてきた陽気な声に、思わず進む足を止め身を震わせる。 アンジュの隣には――――木の低い枝に逆さまにぶら下がっている、真っ黒な服を身に纏った一人の少年がいたのだ。
一体どうやって逆さまになってぶら下がっているのかはよく分からないが、ブレることなく安定した状態でその場に留まっている。 エルフはその姿を見ると、何故か困ったような表情で彼に近付いた。
「バッド。 逆さになって大丈夫なのか?」
「あぁ、こんなん大丈夫大丈・・・夫・・・。 おえーっ!」
「全く・・・」
逆さになっていた少年はどんどん顔色が悪くなり、しまいには木から降りて気分を悪くしていた。
「逆さになるのが弱いのに、どうして逆さになろうとするんだよ」
「逆さになるのが俺の役目だからだよぅ! あー、気持ちわり・・・。 でー? エルフは俺を呼んで何の用? ・・・その子誰」
睨んだような目付きで見られると、アンジュは咄嗟に怖くなり身を縮込ませる。 そんなアンジュの代わりに、エルフは簡単に説明をしてくれた。
「この子はアンジュ。 この森に迷い込んじまったんだってさ。 だからバッド、後は頼んだわ」
「ういー・・・。 って、は!? 何で俺!? 俺が人間を喰わないからって、俺に頼む必要ねぇだろ!?」
「バッドしか頼めるヤツがいねぇんだよ。 じゃあ俺、帰るから」
「え、エルフはどこへ?」
「今日は生憎、満月だ」
「あー・・・」
「アンジュ、コイツのことは信用してもいいから。 と言っても、難しいだろうけど。 じゃあな。 ・・・ちゃんと、生きて帰れるといいな」
そう言って最後に彼はアンジュに優しい表情を見せると、くるりと背を向けこの場から離れていってしまう。
あまりにも勝手な流れにアンジュはどうすることもできず、エルフとバッドと呼ばれる少年を交互に見つめていると、突然バッドはエルフに向かって大きなで叫び出した。
「あ、おい待てエルフ! 俺はご主人様の命令しか聞かないんだぞ! エルフはいつから俺のご主人様になった!」
「・・・」
「・・・ったく。 エルフ! これは貸しだからな! 貸し1! いつかちゃんと返せよ!」
それを聞いたエルフは、背を向けたまま片手を上げて合図する。 おそらく、バッドの発言に承諾したという意味なのだろう。 バッドはそんな彼に溜め息をくと、アンジュの方へと顔を向けた。
「この森に迷い込んじゃったんだねー。 へへ、怖かった? でもまぁ、一番最初に出会ったのがエルフで当たりかもねー」
無邪気に笑いかけてくるバッドにどうしたらいいのか分からず、困ったような表情を浮かべていると――――彼も状況を察したのか、急に難しそうな顔をした。
「んー、そうだなぁ・・・。 これからどうしようか。 俺といても、アンジュを守り切れるかどうか保証はできないし。 ・・・とりあえず、俺のご主人様にでも会っておく?」
「ご主人様?」
「そう。 俺にとって、立派なご主人様。 でも・・・ご主人様の顔を見て、絶対に驚かないでね?」
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