第2話 ノートの隅の会話
一時間目の授業は、古文だった。
普段なら眠くなる退屈な授業も、今日は一味違う。転校生の
高校二年の十月などという季節外れの転校生は、教科書が間に合わなかったらしい。必然的に、席を並べる友介が見せてやることになる。
意識しないようにできるだけ前を向いているが、視界の隅に映るクロエの一挙手一投足が気になって仕方がない。
細く長い指が、クルリとペンを回す。
小さくため息を吐き、小首を傾げるような姿勢で二人の机の中間に置かれた教科書を眺めている。すると背中の中ほどまで伸ばした黒髪が、さらさらと滑るように肩から零れ落ちていく。
(黙っていれば、目の覚めるような美人なんだがな……)
これだけ美人なら、適当に女子力の高いことやって、適当に好感度の高い服でも着て、適当に生きてるだけでも人生勝ち組のイージーゲームだっただろうに。
(何が原因で、ここまで中二病を
実際、教室へ入ってきたとき、クラスメイトたちが息を呑んだのが分かった。
美人に手厳しい一部の女子でさえ何も言えなくなってしまうほど、クロエは美しすぎたのだ。それが、ほんの五分でそこに誰もいないような扱いだ。不良だって、ここまで露骨に視線を逸らされないだろう。
(その
ルーム長なんて、内申点欲しさに引き受けなければよかった。
今さら後悔したところで、もう遅い。
ふと、視界の隅でクロエがノートに何かを書いた。ペンを握った手で、トントン、とその書き込みを指さす。
――次の休み時間、お話できますか?
どうやら相手は、友介がこっそり観察していることに気づいていたらしい。
(仕方ないな。毒食わば皿まで)
顔は黒板のほうへ向けたまま、そっと手を伸ばし、彼女のノートの隅へ書き込む。
――OK、二つ隣が空き教室だからそこで。
この学校も、地元ではそこそこ偏差値の高い名門校として名が知られている。全国区ではなく、県内限定レベルだが。ともあれ、その編入試験を通過したのなら、本物のアホではないに違いない。そう願いたい。
平和な学園生活をかき乱されないためにも、中二病はほどほどに抑えてもらわなければ。冷静に、穏やかに、民主的な話し合いのもと、合理的判断をしていただこう。
(この転校生がイジメにでもあったら、教師どもは、ルーム長の俺の責任にするんだろうし。最小限、クラスに馴染んでもらえるように話し合っておかないと)
それっきり、友介は古文の教科書ではなく、窓の外を眺めて時間を潰した。クロエの華奢な肩を這う美しい黒髪が、視界の隅に映らないように。
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