第15話 ご注文はメイドですか???

「ユッキー。疲れたー。もうムリー」

「こっちも限界だ」


 倦怠感に襲われ、机に突っ伏してしまう。明日香もうなだれるように隣で机に身を預けている。

 

「アッスーがあんなに挑発するからだぞ」

「ユッキーこそ、途中からノリノリだったくせに」


 先ほどまでのことを考えると、たしかに雰囲気に飲み込まれ、普段では絶対やらないことを、いろいろやらかしていた気がする。

 恥ずかしいので思い返したくはない。


——ガラッ


「おつかれー! 」


 明るい声とともに、室内に数人の女子たちが入ってくる。その中には珠里の姿も見えた。

 声を発した女子が持っていたレジ袋からアイスバーの箱を取り出し、強調するように持ち上げて、再び声を発する。


「差し入れ持ってきたよー」


 おおー、と男子から歓声が上がり、パチパチパチ、と拍手が捲き起こる。


 完売につき、喫茶店は閉店した。閉店は片付けの時間等を考慮して、十六時の予定だったが、まだ十四時半すぎである。明日香には接客に付き合ってもらった。少ない人数で店を回さなければいけなかった状況下で、若い労働力が暇していたのだ。それを活用しない手はないと思った。アッスーは源氏名だ。テキトーにその場で着けた。

 だが、その作戦は太一の一言によって裏目になった。


「メイドが増えたからカラオケをしよう」


 謎のトンデモ理論である。


 だが、明日香の同意を元にカラオケ大会が始まってしまった。そして、そのおかげか繁盛し、かなり忙しくなった。


 最初は絶対歌わない、と宣言していたのだが、明日香の、えー、ユッキー、もしかして音痴なんですかー、という安い挑発に見事に乗ってしまい、歌う羽目になった。

 慣れない接客をしながら、順番に歌うのはかなりのハードワークで体力をほとんど使い果たしてしまった。


 アイスバーの箱が二箱、机に置かれ、クラスの男子たちはそれに一斉に群がる。少し前までクラス内で対立していたことなど、すっかり忘れているようだ。この差し入れも女子なりの仲直りの印みたいなものなのかもしれない。だとしたら、後で女子にも差し入れを持っていくのがすじだろう。それならあとでなにか買いに行った方がいい。


 そんなことを思っていると、隣にいる少女が餌を目の前に置かれたが、待て、と主人に命令されている犬のように恨めしそうにアイスバーを眺めていることに気づいた。お店を手伝ったとはいえ、このクラスの人間ではないので遠慮しているのだろう。


 みんながアイスをとって人がいなくなったのを見て、アイスバーを二本取り出す。人数からしてアイスのあまりは出る。二本とっても何も言われないだろう。

 一本は袋に入れたまま、机の上に置き、もう一本はビニールの袋から取り出し、口に入れる。疲れた時に食べる甘いものはやはり美味しい。


「アイス、うまー」


 わざとらしく口にする。

 そして、明日香の動きを観察する。

 思った通り、机の上に置いたアイスバーに、これ私の分だー、と嬉しそうに手が伸びたのを確認してからそれを我がもの顔で先に奪い取ってやった。そのままもう一本にも手をつけようといった感じでビニール袋を破る。


 先ほど挑発して無理やり歌わせてきた憂さ晴らしである。


 明日香はすっかり拗ねてしまったようで、ほおを膨らませている。私も頑張ったのに、と思ってそうだ。

 

 これ以上意地悪が過ぎると後がめんどくさそうなので、袋から取り出したアイスバーを強引に明日香の口に突っ込む。明日香がうまうま、とアイスを頬張っているのが、木の棒を通して伝わって来る。小動物に餌をやっているみたいな感覚に襲われた。なかなかにいいものだ。


 そんなことをやっていると、教室の後方で声がした。


「それじゃ、私たち準備あるから」


 見ると、女子たちは教室から出て行こうとしていた。だが、珠里だけなぜかその場に立ち止まっている。クラス外の人間がいることが気になったのか、アイスを頬張っている少女の方を一瞥した後、まっすぐこちらを向いて話しかけてきた。


「よしのん」


 なんだろうか。続く言葉を待つ。しかし、なかなか珠里から次の言葉は出てこない。

 強い緊張と不安の入り混じった表情をしている。


「ううん。やっぱ、なんでもない」


 珠里はそう言って教室から出て行こうと背を向ける。

 そういえば、言っていなかった言葉があった。それを言うのはこのタイミングだろう。


「珠里」


 名前を呼んで、珠里の歩みを止める。


「がんばれ、シンデレラ」

「——うん」


 その言葉は正解だったようで珠里の表情から、強い緊張と不安の色が消え、笑顔になる。その顔を見てこちらも安心する。


「ほらー。じゅりー。行くよー」

「あー。ごめんごめん」


 クラスの女の子にかされて、珠里は教室の入り口の方へ体を向けた。


「じゃ、行ってくるね」


 そう言って小さく手を振りながら、教室から出て行く。

 背中を見送りながら、どうして珠里はシンデレラ役を自分から引き受けたのだろう、と疑問が持ち上がった。

 これは考えても仕方ないことだろう。珠里に訊かない限りわからない。


 そんなことを思っていると、不意にグイッと手を引かれる。


「さあ、河内さん。約束です。一緒にまわりましょう」


 明日香はアイスを食べ終わったようで、先ほどまでアイスの付いていたスティックで教室の出口をさしながら言ってきた。

 疲れているが、店を手伝ってもらった手前、今更断ることはできない。それにクラスの連中は今から片付けがあるため、とくにやることもないし、一緒に校内をまわる相手もいない。

 クラスの女子たちの演劇は、十六時半から。時間は残されている。


「うちのクラスの劇までな」


 そう言うと、明日香は時間が勿体無いといった感じで急かすように手を更に強く引いてくる。


「さ、行きましょう! 」


 だが重大なことに気づき、それに抵抗した。


「着替えは? 」


 この格好のまま回るというのだろうか。


「そんな時間、勿体無いじゃないですか」


 たしかに勿体無いかもしれない。今までずっと働いてきた。せっかくの学園祭なのだから楽しまないと損というものだろう。それに、今日一日この服を着ていたため、もう慣れてしまった自分がいる。もはや人に見られるのには抵抗がなくなっていた。他人の目を気にする方が面倒に感じる。


「そうだな」


 そう言って、明日香と共に、教室外へ繰り出した。


******


 ひどい目にあった。先ほどまでのことを思い返す。


 お化け屋敷に入って、ドラキュラの格好をした人が脅かそうと登場すると、ドラキュラはお化けじゃありません、と文句を言う。

 占いの館に入り二人の相性とやらを占ってもらうと、その結果に対し、根拠は、ソースは、と問い詰める。

 

 モンスターである。


 それだけでなく、メイドの格好のまま出てきてしまったため、知らない生徒や知らない地域のおじさんっぽい人から写真一緒にいいですか、と声をかけられた。それも断ろうとしたが明日香がすぐにいいですよ、と返事をするので断りきれなかった。

 人に見られるのは慣れてきていたが、さすがに写真で撮られるのには抵抗があった。こんな格好をしているのがデータとして残ってしまうことを考えると気が滅入ってしまう。


 自然と、はー、とため息がこぼれた。


 気づけば、時刻は十六時を回ろうとしている。明日香はまだどこかに行こうとしている様子に見える。


「そろそろ——」


 劇のやる体育館へ行こうとうながす。明日香はスマホでちらっと時間を確認した後、どこかうれしそうに口を開いた。


「最後に、私のとっておきの場所、行きましょうか」

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