第14話 ご注文はメイドですか??
はー、とため息をこぼしながら、ケチャップによって『ユッキービーム』と描かれた文字をスプーンで崩し、米と卵を口に運ぶ。
お昼は忙しくなるから先に食べておけ、と言われたので仕返しをしてやろうとオムライスを注文したのだが、すでに文字が書かれた状態で運ばれてきた。
なんでお絵描きしないんだよ、と文句を言ったが、由之はお客さんじゃないからな、と一蹴されてしまった。
正論である。ただただ悔しさのみが残った。
店内はお絵描きフィーバーの後、一旦は落ち着きを取り戻している。すぐには明日香以外にオムライスの注文はなかったからだ。その場にいた客はメニューにオムライスの文字がなく、メイドと明日香が話をしていたところから、オムライスがこの少女のための特別メニューだと思ってくれたのだろうか。単にわざわざ注文してお絵描きしてもらおう、という欲深い人がいなかっただけかもしれない。
どちらにせよ、口コミさえ広まらなければあの裏メニューが頻繁に注文されることはないだろう。ラッキーだ。
目の前には明日香がオムライスの最後の一口を頬張った後、ごちそうさまでした、と手を合わせながら、小さくつぶやいている。
数少ない席を独り占めして座って休憩していると、客にも店員にもあまりいいようには見られないだろう。そう思って、仕方なく一人で来ていた明日香に相席させてもらった。
不意に目が合ってしまう。それをきっかけにするように明日香が口を開いた。
「河内さん、最近やる気なくないですか」
やる気、というのは珠里との仲を進展させるためのものを指すのだろう。たしかにここ一週間、珠里が演劇の練習のために遅くまで学校に残っているのと対照的に、なんの準備をすることなく暇を
だがしなかった。どうしてだろう、と自分でも思うがわからない。ただ、恥ずかしかっただけかもしれない。
明日香は返答を待つようにじーっと、まっすぐにこちらを見つめる。
「実は、もうちょっとこの体のままでもいいのかも、って思うようになった」
先日、言いかけ、結局言えていなかった言葉を口にする。理由は伏せた。あまり他人には言いたくはない。
——ガタッ
「ダメです! 」
唐突に明日香は大きな声をあげ、椅子から立ち上がった。
なんだ、なんだ、と周囲の視線が集まってくるのを感じる。
「河内さんが元に戻ってくれないと、私・・・・・・」
明日香は今にも泣き出しそうな表情で、プルプルと震えている。
こんな表情を初めてみた。一体、どうしたんだ。動揺が隠せない。
「元に戻る瞬間を撮影して、その動画を投稿。そしてオカルトを証明し、有名になるっていう野望が叶わないじゃないですか! 」
「叶わせねーよ!! 」
肖像権もあったもんじゃない。
思わずこちらも立ち上がり、大きな声を上げて明日香の言葉を否定する。
だが、すぐに冷静になり、自分たちが周りの注目をすっかり集めてしまっていることに気づいた。
恥ずかしくなって、さっ、と何事もなかったかのように席につく。
しかし、周囲はこちらの会話の内容が気になっているみたいで、聞き耳をたてているように感じる。人と人が言い争っていれば興味が湧いてしまうものである。しかも会話の内容が意味不明ならなおさらだ。
話題を変えよう。なにか話したいことはあっただろうか。
そういえば、と思って口を開く。
「最近の、あれ。今日は言ってこないんだな」
「あれ? 」
あれ、では伝わらなかったようで、明日香は座りながら聞き返してきた。
「付き合いましょう、みたいな」
思えば、ここ一週間以上、毎日のように昼休みに教室に来ては、交際を迫ってきていたが、今日はそんな様子はない。
諦めてくれたのだろうか。
「あぁ、あれはパフォーマンスなので」
明日香は続ける。
「河内さんが私とお付き合いするのが嫌だと言うので、作戦を変更したんです。名付けて、恋のライバル出現大作戦」
得意げに、口にするのも恥ずかしいような名前の作戦名を発表した。これは、その名の通りの意味だろう。それ以外に捉えようがない。
「最初っからそっちでよかったんじゃないか。珠里の気を引くのなら、別に付き合う必要ないだろ」
思ったことを口にする。
明日香は急に真面目な表情になり、重大なことを発言するかのような雰囲気で口を開く。
「私のクラス、てんじ、なんです」
いきなり、よくわからないことを言い出した。脈絡がない。
「学校のジオラマを作っておいてるんです」
少し遅れて言っている内容を理解する。展示系の出し物のクラスは結構ある。展示の場合、学園祭当日にクラス内での用事がほとんどなく、好きに他クラスをまわれる、というメリットがある。そういう楽しみ方もあるのだろう。
一方、由之のクラスは男女で分断したため人員はかつかつ。他のクラスをまわる暇などはほとんどない。よって、自由にまわれる人が
だが、そんな話は、交際をスタートさせることと一切関係ない。
明日香は続ける。
「そして、河内さん、今の私を見て、思うことはありませんか」
思うこと。まだ十時過ぎなのにもう昼ごはんかよ、とか、美味しそうに食べてたなぁ、とか思ったが、そういうことではないのだろう。
明日香を見回す。そして答えを見つける。
「ぼっちだ」
口を開いてから、気づく。少々デリカシーに欠けていたかもしれない。
「はい。ぼっちなんです」
だが、明日香は恥ずかしげもなく言った。それどころか、えっへん、とか言い出しかねない、どこか誇らしげな様子である。
「ですから、学園祭一緒にまわってくれる人がほしーなー、と思って」
なるほど。めちゃくちゃ個人的な理由で恋人にされかけていた。
明日香は、てへっ、と笑う。その憎たらしい笑顔のせいで怒りの感情は湧いてこなかった。湧いてきた感情は、呆れ、である。
「河内さんのせいで今日の私はぼっちなんです。反省してください」
とんだなすりつけである。
「別に付き合わなくても頼めば、一緒にまわるくらい考えてやったのに」
「ほんとーですかー? 」
疑問の眼差しを向けられる。
「あぁ、本当だ。だが——」
だが、今日はほとんど仕事があるので一緒に回れない、と言いかけた口をとめる。
良いことを思いついた。現状を打開するには、この少女の力が必要だろう。
「だが? 」
途中で言葉を止めたことで、さらに疑問の眼差しを向けられた。
「だが、条件がある」
「じょうけん、ですか 」
思いついたことを告げる。
明日香は首をかしげている。
「付き合ってくれ」
「・・・・・・へ? 」
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