第13話 ご注文はメイドですか?

「おぉー。メイドさんだ」


 なんとかメイド服を回避しようとしたが、その努力は叶わず結局着させられてしまった。胸部につけられた猫の形をしたピンバッチには、ユッキー、とかかれている。源氏名のようだ。勝手に決められていた。


 ただ、メイドをやる代わりにメイドが文字を書くオムライスのようなメニューは排除させてもらった。無論、おいしくなーれ、みたいなおまじないや、チェキなどの店内でのメイドの撮影もなし。

 そして、面倒な事前準備や片付けなどはやらなくていい特権も手に入れた。さすがにそんな特権は認めてくれないだろう、と思っていたが言ってみるものである。あっさりと了承してくれた。


 喫茶店は教室で開かれ、メニューは準備期間が短かったにしては充実したものとなっている。食料品を取り扱うにはいろいろな申請や許可が必要になってくるはずなのに大したものである。喫茶店を開きたいという執念に感心してしまった。


 そして、学園祭当日。十時の開店と同時にお客さん一号として明日香が入ってきた。こんな格好を見られるのは不本意だが、接客しないわけにはいかない。仕方ないのでテーブルまで案内し、メニューを見せる。


「ご注文は? 」


 あまり姿を見られたくなかったので手短に問う。

 明日香は人差し指を立てて、左右に揺らし口で、チッチッチッ、と言い出した。現実でそういうことをやる人を初めてみた。


「ユッキーさん。ダメですよー。もっとメイドさんっぽく接客しないと」


 めんどくさい。これがモンスタークレーマーというやつか。お帰り願いたい。


「そうだぞ、ユッキー」


 明日香のクレームに背後から同意の声がかかる。そちらの方を振り返り、声の主である男に喫茶店開店前から思っていた疑問をぶつけた。


「なぁ。その格好は、なんだ」


 その男はひらひらとした可愛らしいメイド服に身を包んでいる。だが、男特有の筋肉質な体つきとそれがミスマッチで、アンバランスになっており、また、他の男子が執事やホストをイメージしたようなかっこいい感じの服を着ていることから、浮いていて、かなり異様な雰囲気を放っている。


「なんだって、メイドさんだ」


 太一は胸に手を当て、恥ずかしげもなく口を開く。イッチー、とかかれた胸のピンバッチがキラリと光る。


「いや、それは見たらわかるが、なんで」

「なんでって、一人でメイドするのは嫌だーって、わめいていたのは由之だろ」

「いや、そうだけど・・・・・・」

「それになかなか似合ってるだろ、どうだ」


 謎にクルッと一回転し、意味不明なポージングをしだした。


「太一・・・・・・きもいな」

「ひどい。由之のことを思ってこうしてるのに! 」


 つい本音を口にしてしまった。

 だが、太一は楽しそうで笑っている。学園祭という非日常に浮かれているのだろう。そういう男だ。


「それより、接客だ。見てろ。お手本を見せてやる」


 ちょうど次のお客さんが来たようで太一、いや、イッチーは息巻いて接客に向かった。

 よく見れば、うちのクラスの委員長である。男子たちの様子を見に来たのだろうか。


「おかえりなさいませっ、お嬢様」

「お、おじょうさま・・・・・・」


 委員長は見るからに困惑しているご様子。ただの喫茶店と思って入ってきたら女装メイドの接客だ。当然である。

 だがイッチーは構うことなく、すぐに委員長を席に案内し、メニューを見せる。


「お嬢様、こちらメニューになります」


 委員長はメニュー表を見て、即刻この場から立ち去りたい、といった様子で、すぐに注文を告げる。


「えっとじゃあ、このカフェラテください」


 その注文を聞いた太一が声を張り上げて周りの注目を集めるように言った。


「はーい。皆様ご注目。このお客様からカフェラテのご注文でーす。みんなー、うれしいかー。うれしかったら、うれしいって言えー! 」


 太一は右手を掲げる。

 店内が静寂に包まれる。無理もない。こんな接客をするなんて打ち合わせはなかった。


「うれしいー」


 教室内に野太い声が響く。


 注文した委員長は顔を恥ずかしそうに真っ赤にして小さくなっている。これがメイド喫茶によくあるコールというやつだろうか。こんなの公開処刑である。見ていられない。


「まだまだー! さあ、お客様もご一緒に!うれしいかー! 」


 そんな委員長の気持ちを察することができないのか、追い打ちがかけられる。止めようとするが間に合わない。


「う、れ、し、いー! 」


 男たちは片手を突き上げて叫ぶ。


 それと同時にありえない光景が目に映る。

 なんと委員長までも右手を突き上げ、声をあげていた。

 

 室内は妙な一体感に包まれている。

 おかしい。

 学園祭という非日常に皆、囚われているのだろうか。

 太一はどうだ、やってみろ、と言わんばかりにこちらへ視線を送る。


 だが、揺らがない。あんな恥ずかしいことはできない。体裁ていさいを保ちつつ、なんとか業務をこなしてやろう。


「お嬢様、ご注文は」

「オムライスで、絵を描いてください、ハートのやつ」


 明日香は手でハート型を作り、笑顔で言う。


「お嬢様、申し訳ありません。当店オムライスは扱っておりません」


 オムライス、プラス、メイド、イコール、お絵描き。そんなおかしい思想が世の中に一部広まっているのは知っていた。

 そして今日は学園祭。お祭りである。普段の自制心から解き放たれた男たちが平気にラブだの、大好きだの、書いてとお願いしてくるのは容易に想像ができた。思春期男子の欲望は無限大である。そういったやばい客が出ないように最初からオムライスを削除しておいて正解だった。

 女の子からそんなお絵描きの注文が入るとは思っていなかったが、我ながら見事な危機回避能力。完璧である。

 そんなことを思っていると、先ほどと同様にコールが入った。


「このお客様から、オムライスのご注文でーす。みんなー、嬉しかったらうれしいって言えー」

「う、れ、し、いー! 」


 太一のコールによって野太い声が響く。明日香もノリノリで叫んでいた。


 おかしい。オムライスはメニューから消したはず。


 明日香からメニューを奪い取り、おしょくじ、とかかれた場所に目を通す。オニオンリング、むぎとろご飯、ラーメン、イカリング、スパゲティ。横文字で縦に並んでいる。どこにもオムライスの文字はない。


 だが、ここで違和感に気付く。配置が変だ。主食であるご飯、ラーメン、スパゲティとサイドメニューであるオニオンリング、イカリングは別々に、少なくともある程度それぞれグルーピングして書くべきだ。


 はめられた。縦読みである。事前準備を手伝わなかったのがあだとなった。


 太一は、手伝わなかったお前が悪い、と言いたげな悪役顔である。


 先ほどのコールによってオムライスの注文は周知の事実となってしまった。オムライスのお絵描きは、もはや避けられないのかもしれない。


******


「おっえっかきー! おっえっかきー! 」


 周囲の歓声と手拍子に包まれながら、オムライスを運ぶ。エプロンのポケットには勝手にケチャプの容器が入れられていた。

 この空間では自分が圧倒的劣勢。店内は開店早々、ありえないほどの盛り上がりである。なんだ、なんだ、と野次馬のごとく先ほどから客がひっきりなしに訪れている。

 

 おそらく、これは最初から仕組まれていたことなのだろう。それなりににぎわいのあるお店に人は入りたがる。しかし、うちのクラスには目当てにできるようなめぼしいものはない。超絶イケメンも、絶世の美少女もいないのだ。メイド一人いたくらいでは、効果もそれほど見込めない。

 それに、盛り上がるような企画も全てそのメイドによって却下される。だからどうすればメイドに邪魔されることなく、盛り上がっているように見せられるかを考えたのだろう。そして、導き出された答えが、サクラとあのコールだったに違いない。

 すべては、お店を盛り上げるために。


 座っている明日香の前にオムライスを置く。

 この場面でなにもやらず逃げ出すような、顰蹙ひんしゅくを買うようなことはできない。ただ無言でお絵描きするなんて甘えも許されないだろう。


 こうなれば、やけだ。やってやる。

 エプロンのポケットからケチャップの容器を取り出す。


 だが、ここで嫌な予感がする。撮られていないだろうか。

 一応明日香の方を見て撮影されていないかを確認する。こんなところを映像として残されたら完全に黒歴史確定である。しかし店内でのメイドの撮影は禁止。こちらには大義名分がある。

 

 だが、それは思い過ごしで、明日香に撮影してる気配はない。

 

 心配事が消えたところで、踏ん切りをつける。

 ケチャップの容器を握りつぶしながら、叫んだ。


「おいしくなーれ! ユッキー、ビームッ! 」


 室内はヒューやらフューやら、わけのわからない奇声に包まれる。


 ハートの形は少々歪んでしまった。勢いで強く握りつぶしたため、書き出しの部分がやけに太くなっている。


 めちゃくちゃ恥ずかしかった。もう二度とごめんである。


 しかし、一仕事やり終えた満足感に包まれている。あからさまな縦読みとはいえ、あるかもわからない裏メニューをわざわざ頼んでくる頭のおかしい客などほとんどいないだろう。ならば、こんなことはあと二、三度すれば終わるに違いない。それに、お絵描きは同じメイドの格好をしている太一にも押し付けることも可能なはずだ。次にオムライスの注文が来たら、やってもらおう。


 明日香は頼んだオムライスには手をつけずにスマホを取り出していじりだした。写真でも撮るのだろうか。自分の描いたハートマークを撮られるのに抵抗を感じる。だが、所詮はただのケチャップで描いたもの。文字を書いている最中の写真を撮られているわけでもない。そのくらいは許してやってもいいだろう。今回は胸ポケットにスマホを仕込んで撮影している様子もなかったし。


 そんなことを思っていると、明日香の持つスマホから、音声が流れてくる。


「おいしくなーれ! ユッキー、ビームッ! 」


 明日香はニコリと笑って親指を立てて言い放つ。


「ナイスビーム! 」


 今日、黒歴史が一つ増えました。

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