第12話 いつもお前は遅いんだよ!
「いい雰囲気だったじゃないですか」
翌日、明日香に例によって手紙で呼び出され、放課後、部室に向かった。
「その件なんだが——」
「ですが、まだ足りません」
昨日、思ったことを明日香に話そうとしたところを
「現に、まだ河内さんは元の姿に戻っていません」
元の姿に戻っていない。それは事実だ。明日香は続ける。
「なので、作戦を用意してきました」
いたずらっ子のようなニヤッとした顔だった。
作戦。なんだろうか、嫌な予感がする。
「作戦名は、押してダメなら引いてみろ、です! 」
押してダメなら引いてみろ。ちょっと距離をとって接することで、相手への好意を自覚させる、もしくは、相手に告白させる、そんな恋愛テクニックの一つを連想させる。おそらく、珠里と一旦距離をとって相手の出方を
しかし、それは本意ではない。
「そのことなんだけど・・・・・・」
言葉に詰まる。どう話していいかわからず、
「ということで、付き合いましょう」
明日香の言葉に違和感を感じる。付き合いましょう、つまり、その作戦は一人で実行するものではない、そういうことだろうか。
作戦の全貌が見えてこず、真意を測りかねて黙っていると明日香は不服そうな顔をして口を開いた。
「私との『こうさい』にご不満ですか? 」
こうさい、ってなんだっけ。唐突に告げられた言葉に困惑する。
『交際』人と交わること、もしくは、お付き合いをすること。文脈に会う『こうさい』はこれしか思いつかなかった。
いつからそんな話になってたんだ。話の流れを思い返すが、見当がつかない。
「私と恋人になることで、樹里さんの気を引く。いい作戦だと思いませんか」
「却下で」
きっぱりと断る。まったく、恐ろしいことを言い出す。そんな簡単にお付き合いを始めるなんて考えられない。
最近の女子高生は進んでいる、といろんなところで聞くが、それはあくまで外から見た虚構であり、実態とはかけ離れたものだと思っていた。
「それじゃ」
気まずさと明日香の思考の恐ろしさに、逃げるように急いで部室を飛び出した。
******
「かーわーちーさーん。お付き合いしましょうよー」
昼休み、明日香が教室に押しかけ、そして、交際の打診をしに来た。それも先日部室から逃げるように帰って以降、三日連続である。
周りの生徒からは白い目で見られているように感じる。
変な風に誤解されていないだろうか、気になって隣の席の珠里をチラ見する。しかし、三日目ともなれば、もうなれたのだろうか、表情を変えずに本を読んでいる。特に気にしていない様子だ。
めんどくさいことになった。まさかこんなことになるなんて思っていなかった。
明日香をテキトーにあしらって昼休みを過ごす。
そして、はー、と深くため息をこぼして、昼休みを終える。
******
「演劇の内容を決めましょう、やりたいことある人いる? 」
「はーい。私、真夏の夜の美女と野獣やりたーい」
「本番まで時間ないから、みんなが知ってそうな、メジャータイトルでお願い」
来週に迫った学園祭。そのクラスでの出し物の内容を教卓付近に集まって今更決めていた。本来ならばもうとっくに動き出しているべきだ。
しかし、男子が主張した『メイド喫茶』、そして女子が主張した『演劇』、その二つに意見が割れた。
男子は、学園祭、イコール、メイド喫茶、演劇なんてかったるいことやってられない、と。
女子は、メイド服なんて着たくない、大学受験が迫る来年は劇なんて大掛かりなことはできない、だから今年が最後のチャンスなんだ、と。
同調圧力とは怖いもので、男子にも『演劇』が、女子にも『メイド喫茶』が、やりたい人もいるかもしれないのに、綺麗に男女で真っ二つになってしまった。
お互いに意見を譲らず、議論は平行線へ。その争いだけで用意された準備期間を大きく食いつぶし、それを見かねたクラス担任が、両方やってはどうでしょう、と提案し男子が『喫茶店』を、女子が『演劇』をすることになった。
こういうとき、どちらに行けば良いか。
迷ったが、素直な心に従って『演劇』を選ぶことにした。男子どもには悪いと思ったが、仕方がないだろう。ここで『喫茶店』を選ぶと、女子がいないために『メイド喫茶』ではなくなってしまっているが、間違いなくメイド服を着させられる。しかも、女子はいない。完全に浮いてしまう。それは勘弁だ。
女子たちは思い思いに好きな有名タイトルを上げた。ロミジュリ、白雪姫、ラプンツェル・・・・・・。
そして、やりたいものが一通り出終わった後、多数決をして、『シンデレラ』に決まった。
女子グループに混じったのは良いもののかなり肩身がせまい。後方から議論を眺めているだけしかできなかった。別に率先して混じりたいわけではないのだが。
「主役やりたい人、挙手してー」
まとめ役のクラス委員長が挙手を促す。しかし、すぐには誰も手が上がらない。女子たちは周りの動向を
そして、すっと手が挙がった。
「私、やりたい」
注目が集まる。発言者は珠里だった。それに驚いた。少なくとも知っている珠里は、こういった学園祭のような行事で張り切るタイプではないし、ましてや、演劇で主役を自ら買ってでるような女の子ではなかった。
「他にやりたい人いる? 」
委員長が周りを見渡して、問う。しかし、他の者が手を挙げることはなかった。
「なら、シンデレラ役は橘さん、と」
委員長は黒板に『シンデレラ 橘珠里』と書いていく。そして、その隣に『王子』と書いた。
「はい、じゃあ、次、王子役やりたいひとー」
黒板に書かれた『王子』、その下のまだ名前の書かれていない空欄を見つめる。
珠里がシンデレラ役をする、ならば王子役は——
「なにやってんだよ! 由之! 」
不意に後ろから肩を掴まれ、名前を呼ばれる。
振り返れば太一がいた。周囲の視線が一斉にこちらへ向く。
こんな時になんだろうか。
「俺たちの約束はどうしたんだよ! 」
約束、なんの約束だろうか。思い出せない。
「来年、クラスが同じだったら、一緒に喫茶店やろう、そして全校でナンバーワンを取ろうって、去年約束しただろ! 」
太一が力強く言う。だが、そんな約束の覚えはない。
「由之が必要なんだ! 」
太一に情熱的に訴えかけられる。もしかしたら覚えていないがそんな約束をしていたのかもしれない。そんな気がしてくる。こちらにとっては覚えてもいない些細な約束だったのだが、太一にとっては、それは大事な約束だったのかもしれない。そうであれば、とてつもなく悪いことをしてしまっていたのではないだろうか。
そして、太一は手をさし出して爽やかな笑顔で言った。
「一緒にやろうぜ。喫茶店」
まるで青春を謳歌しているかのような顔と言葉の端々から感じられる熱量に感化される。約束じゃあ、仕方ないよな。
「あぁ、待たせたな、太一」
「由之、いつもお前は遅いんだよ! 」
さし出された手を取る。太一は嬉しそうに微笑む。
しかし、ここで冷静になった。思い返してもそんな約束をした覚えは一切ない。気迫によって鈍らされた思考が落ち着きを取り戻し正常に働き出す。そして太一の思惑を完全に理解した。
太一の顔は、子羊を捕まえた狼のごとき邪悪な微笑みに変わる。
そして、一度取ってしまった手はしっかりと掴まれる。
他のクラスが趣向を凝らした店を構える中、男しかいない喫茶店に人が集まるだろうか。いや、あまり集まらないはずだ。おそらく執事喫茶などで工夫を凝らしてやったとしても、物好きと、他クラスの友達と、混んでるところが嫌な客くらいしか獲得できないだろう。
男子の喫茶店が失敗することは目に見えている。クラスが分裂してまでやった企画が失敗となればどうなるだろうか。メンツは丸つぶれである。クラス内の均衡している男女の力関係が一気に傾く。それは男子たちにとって避けなければならないことだ。そのため、失敗はできないのだろう。
そこで客寄せが欲しいのだ。手軽に協力してくれて、なおかつ、少なくともそこらの男子の女装よりはメイド服の映える人間が。
「メイドかくほー! 」
うおー、と野郎どもから歓声が上がる。
「いやだー! メイド服は着たくない! 」
駄々をこねるが、願いは届かない。しっかりと掴まれた手は離されることなく、そのまま強引に引きずられ男子グループに参加させられることになった。
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