第9話 通りすがりの・・・・・・

「珠里見て! 見て! アライグマ! あっ! 隣にはフェネックが! 」


 アライグマとフェネックを指差す。

 アライグマは灰色の体毛で覆われており、長いしましまの尻尾を持つ。そして目がクリクリしている。なにかを訴えかけてくような、なんともいえない表情は実に愛らしい。

 フェネックは大きな耳を持ち、体は茶色い毛で覆われている。そして、何より特徴的なのは体毛に覆われて見るからにふわふわそうな尻尾。めちゃめちゃ、もふもふしたい。


——はっ! 久しぶりの動物園にすっかり興奮してしまった。


 ここ西山動物園は、全国の中でも規模が大きく、それなりに知名度がある。家からそれほど遠くはなく、電車で30分くらいのところにあり、セクシーなパンダがいることで有名だ。パンダがセクシーってどういうことだ、と突っ込みたくなるが実際見てみると、セクシーだったりするので困る。

 前に訪れた時は小学生くらいだっただろうか、あまり覚えていない。特に来たい、と思っていたわけではないが、いざ来てみるとなかなかに楽しく、目的を見失っていた。

 

 動物園ではしゃぐなど子供っぽく見られてしまったかもしれないと思い、珠里の顔を伺う。

 

 しかし、それは杞憂きゆうだったようで、珠里はアライグマの愛らしさに夢中のようだった。こっち向いてー、などと言いながらスマホで写真を撮りまくっている。動物に話しかけても無駄だと思うが。どうやら純粋に動物園を楽しめているらしい。

 

 幼馴染の横顔を眺める。ほほが緩んでいて、表情がだらしない。そういえば、こういう顔を見るのは久しぶりだな、と思う。以前見たときはいつだっただろう、と思い出そうとするが全く思い出せない。

 この間珠里に、しばらくつまらなさそうだった、そう言われたが、それは珠里にも当てはまるのではないだろうか。ただ、単純に由之の前ではそうだっただけなのかもしれない。そう思うと、少し寂しく感じてしまう。

 

 不意に珠里の視線がこちらを向く。視線に気づいたのだろうか。慌てて、視線をフェネックへ戻す。

 目が合ってしまいそうになった。少し気まずい。


「よしのん、あっちサーバルキャットだって! 見にいこ! 」


 珠里が別の檻を指差し誘導する。

 どうやらバレてはいなかったようだ。楽しそうな笑顔を見て安心する。


******


 サーバルキャットのおりの前は、人がおらず、他人に遠慮することなく一番近くまで行ってみることができた。

 

 サーバルキャットは、ほっそりとした体に長い手足と小さい顔から、まるでモデルのような印象を受けた。その堂々とした立ち振る舞いから気品が溢れる。


 サーバルキャットはスタッスタッ、と歩いて檻越しに目の前来た。こんな近くで見れるなんて運がいい。しかも、サーバルキャットはまっすぐこちらを見つめている。高貴で高飛車そうな印象を受ける見た目とは異なり、目はくりっとしていた。


「にゃー」


 サーバルキャットが鳴いた。

 

 にゃー、だと・・・・・・。か、かわええー。

 この淡麗な容姿から想像できない、媚びるようなかわいい鳴き声。これがギャップ萌えというやつか。なんと素晴らしい。


 サーバルキャットの可愛さにもだえていると横の人と肌が触れる。いつの間にか、他の人が来たようだ。

 横の人はこちらにグイグイと圧力をかけてくる。

 この最高のポジションを奪うつもりだろうか。そんなことはさせない。踏ん張ってポジションを死守する。

 しかし、そこまでして見たいなんてどんな人なんだ。子供だろうか。だとしたら大人げないかもしれない。気になって横の人をチラッと盗み見る。


「うおっ」


 思わず声を上げ、け反ってしまった。そこには、謎の生物がいた。


 茶色の体に、お尻からは尻尾が、口からはピンク色の舌のようなものが飛び出ている。よく見たら着ぐるみのようだ。

 なんだ、これ。ヘビ、いやトカゲか。動物園に動物のコスプレで来たのだろうか。なかなかに熱心なことだ。


「お嬢さんたち、デートですかい? 」


 謎の生物に話しかけられた。作ったような低音ボイスで、ついこの先日、聞いたような声だ。


「えーと・・・・・・」

「通りすがりのツチノコですよー。見たらわかるじゃないですか」


 反応に困っていると自己紹介をされた。

 たしかに通りすがりのツチノコだ。見たらわかる。


 そんなわけないんだよなー! なんで未確認生物のコスプレを見ただけでわかるんだよ。

 心の中でツッコミを入れているとツチノコに耳打ちをされた。


「はしゃいでいる場合じゃないです。もうちょっと、ちゃんとしてください」


 ツチノコに怒られてしまった。

 どうやらこれまでの行動を見られていたらしい。


「わー。すごい。ツチノコですか」


 珠里がツチノコに話しかけていく。

 そのコスプレが本当にツチノコかどうかには触れないようだ。


「知っていますかな。未確認生物であるツチノコを一緒に見た二人組は、深い縁で結ばれる。そういう伝説があるのです」


 ツチノコがなんかよく分からない説明をしだした。雰囲気を良くする助け舟のつもりなのだろうか。そんな伝説聞いたことないし、あからさまに胡散臭い。


「だってー。よしのん。私たち結ばれちゃうね」


 珠里はツチノコに気をつかってか、軽く苦笑いをしながら言う。なんというか痛ましさを感じた。


「せっかくだから一緒に写真撮ってもらおうよ」


 コスプレイヤーの方だと思っているのだろうか、珠里が提案した。いや、実際ただのコスプレなわけだが。


「一緒に写真とってもらっていいですかー」

「すいません。私、未確認生物ですので」


 それでは、と言ってツチノコは去っていく。


 ほんと、なんなんだ。あれは。


「すごいねー。キャラ付けまで徹底しているなんて。コスプレイヤーのかがみだね」

 

 感心するところなんだろうか。

 去っていくツチノコを目で追う。


「ママー。ツチノコだー」

「ホントね。ツチノコだわ」


 遠くの方で親子連れに絡まれていた。小さな女の子に掴まれてツチノコはしどろもどろになっている。いたたまれない気持ちになった。

 

 とにもかくにも、このデートはツチノコに監視されているらしい。しっかりしよう。

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