第7話 デートです!

「ふんふん、なるほど。つまり、幼馴染に女の子にされてしまったかもしれない、そういうことですか? 」


 熱が下がった翌日、下駄箱に手紙は入っていなかった。しかし、もしかしたら明日香はオカ研部室にいるかもしれない、と思い訪ねると案の定いた。

 そして、明日香に珠里のことについて相談した。

 それにしても、この子はいつも部室にいるのだろうか。だとしたら、よほど暇なのだろう。


「河内さん、なにしたんですか? 」

「なにもしてないよ」


 なにもしてない、それは事実だ。


「男の子を女の子にしたいなんてよほどのことだと思うのですが・・・・・・」

 

 じーっ、と不審な目で見つめてくる。


「まさか、幼馴染という立場を利用して無理やり迫り・・・・・・」

「してないって! 」


 明日香は、体をケダモノから守るように身をすくめた。

 そんなに信用ならないように見えるだろうか。見えるとしたら、なんか悲しいな。

 はー、とため息が出る。


「まあ、いいでしょう。じゃあ解決策は決まりましたね」


 明日香はあっけらかんとした表情で言った。


「解決策? 」

「はい。簡単なことです」


 明日香は、たんたんと説明しだす。


「その珠里さんが女の子になって欲しいと願ったんです。ですから珠里さんに、河内さんが男に戻って欲しいと思わせるんです」


 なるほど。筋は通っている気がする。珠里の願いによって姿が変わったのなら、珠里の願いをなかったことにする、たしかに簡単な話だ。しかし、方法がわからない。そんなことが可能だろうか。


「具体的には? 」


 明日香に問う。

 その質問を待ってました、と言わんばかりの生き生きとした表情で、明日香は由之を指差し言いはなつ。


「デートです! 」

「デート・・・・・・」

「デートにお誘いして珠里さんの心をわしづかみです! 」


 そんなことできるだろうか。

 珠里は男の子として見てはくれない、そんな気がする。それに、今の姿ではなおさらだ。

 しかし、元の姿に戻ることを諦めるわけにもいかない。やってみるしかないのかもしれない。


 自問自答していると、何か用事でもあるのだろうか、部室から意気揚々と明日香は出ていってしまった。解決策が決まったので今日は解散といったところだろうか。

 本当に節操のない子だ。せめて解散の一言くらい言ってから出て行ってくれればいいものを。


 しかし、デート・・・・・・か。


 単純に遊びに誘うのとは違う。デートに誘うにはどうしたらいいだろうか。メッセージを送るのが簡単だが、なんて送るのがいいのだろう。普段通りを意識すべきなのだろうか、それとも男の子として意識してもらう誘い方をすべきなのだろうか。


 文面を考えながら、スマホにメッセージを打ち込んでいく。


『もし都合がよかったら、今週の日曜日にどこか遊びに行きませんか? 』


 うーん。しっくりこない。固すぎだろうか。

 一度書いたメッセージを消す。

 もうちょっと友達を遊びに誘うような——


『今週の日曜ヒマ? どっか遊び行こうぜー! 』


 違うな。完全に男友達のノリだ。

 メッセージを消す。

 もうちょい女の子を誘う感じで、大人っぽく、気取った感じで——


『よかったら今週の日曜、遊ばないかい? いい夢、見させてあげるよ』


 絶対違うな。なに書いてるんだろう。

 途中から完全にふざけてしまった。自分で書いたあほらしい文面に思わず失笑してしまう。

 迷走しすぎだな。こんなのを誰かに読まれたら軽く死ねる。


 しかし、いざ珠里をデートに誘うとなると難しい。

 どうしたものか。


 画面とにらめっこしていると、不意に何者かにスマホを奪われる。


「なにやってんですか。河内さん」


 スマホを奪ったのは明日香だった。

 いや、それはこっちのセリフだろう。なにやってんだ。というか、いつ戻ってきたんだ。


「せっかくデートの誘いに行こうと思っていたのに。河内さんも一緒にきていると思ってたら来てないんですもん」


 てっきり帰ったかと思っていた。まさか今から誘いに行こうと思っていたのか。しかも同伴で。


「それに、こういうのは直接伝えるべきです」


 明日香は手に持った由之のスマホを指差す。

 スマホのメッセージで誘おうとしていたのがばれていたようだ。

 直接、か。そちらの方が気持ちが伝わる、そういう考えなのだろう。たしかにそちらの方がいいのかもしれない。

 それに、こんな変な文章にならず、自然に誘えるかもしれない。


 ん? ふと何か忘れていることに気づく。なんだろう、と思い返す。さっきまでなにをしていたんだっけ。こんな変な文章・・・・・・

 明日香の手に持っているスマホに目がいく。


『よかったら今週の日曜、遊ばないかい? いい夢、見させてあげるよ』


 ——!! やばい。さっきの文面消してなかった。

 これを見られるわけにはいかない。確実に爆笑される。それか引かれる。


 どうする。無理やり奪いかえすか。

 しかし、それでは失敗した場合のリスクが高い。どうして奪い返そうとしたか気になり、スマホの画面を目にするかもしれない。それは困る。

 ただ、返してくれ、と頼むのも同じ。渡す際に自然とスマホの画面を見られるリスクがある。

 ここは古典的な手を使わせてもらおう。注意をそらし、その隙に取り返す。


「あ、あれは! ツチノコが空飛んでる! 」

 

 窓の外を指さす。

 もちろんそんなものは存在しない。オカルト好きは知的好奇心の塊。嘘だと思っていてもそれを確かめずにはいられない生き物だ。窓の方を振り向かないわけにもいくまい。


 思い通り明日香は窓の方を振り向いた。かかった!


「どこ? どこですか? 空飛ぶツチノコ? 」


 明日香は空飛ぶツチノコを信じて探しているようだ。その隙にスマホを取り上げる。

 どうやら読まれる前に回収できたようだ。危なかった。

 しかし、ちょろいな。ちょろすぎて笑いが出てきそうだ。


「ごめん。見間違いだった」


 ミッションコンプリート。少し苦しい言い訳だが回収できればそれでいい。


 明日香はからかわれたと思ったのか、もー、とか言っている。そして若干、不機嫌そうだ。今の謎の行動を詮索せんさくされるのも面倒なので移動しよう。それに、まだ珠里が帰っておらず教室に残っている可能性もある。早めに動き出すべきだ。


「じゃ、早速行こうか」


 珠里はいるだろうか。いなかったらまた明日でもいいのかもしれない。

 部室を出ようとドアに手をかける。


「あっ。ちょっと待ってください」


 明日香に呼び止められた。なんだろうか。後ろを振りかえる。


 ——ドン!!


 ——!!か、かべドンされてりゅー!?


 振り返った瞬間、明日香が至近距離にいてせまられた。背後にはドアがあり、後ろに下がることができない。

 どういうことだ。なんでこんないきなり。理解が追いつかない。

 そんな、まさか——


 顔が近い。思わず顔をそらす。


 しかし、明日香はそれを許さない。由之の顎をつかみ、顔を正面に向けさせる。


 こ、これが顎クイ! まさか、自分が女の子になって、しかも女の子にされるとは思ってもいなかった。


 さらに明日香の顔が迫る。思わず目を瞑ってしまう。

 そして、耳元で囁かれた。


「いい夢、見させてあげるよ——ぶふっ」


 ——!!見られてました。死にたいです。


******


 教室に戻ると珠里はいた。なにか書いている。そういえば今日は珠里が日直だった、と思い出す。だとしたら、日誌でも書いているのだろう。

 さすがにデートに誘うなら二人きりの方がいいだろうと思い、明日香は廊下に待機させた。それに、明日香がいると話がややこしくなりかねない。


 珠里に話しかける。


「珠里、お疲れ様」

「あれ。よしのん、もうオカ研終わり? 」


 珠里に尋ねられる。

 そういえば、今日はオカ研があるから、と言って教室を出てきていた。

 

「いや、ちょっと教室に忘れ物を取りに」

「そっか」


 珠里は、日誌に視線を戻す。


「そういえば、今週の日曜日、時間ある? 」

「うん。暇だよ」

「どこか行きたいとこないか? 」


 いきなりデートしてくれ、というのは現状ではハードルが高いように思われた。そこであくまで自然に誘うことにした。

 珠里は日誌を書き込みながら答える。


「うーん・・・・・・ナイアガラの滝? 」

「いや、そうじゃなくて」


 珠里は冗談だよ、といった感じでこっちを振り向いて笑う。


「でも、急にどうしたの? 」

「この体になった時に助けてもらった。だから、そのお返しというか・・・・・・お礼がしたい」


 たしかにそれは本心だ。デート云々うんぬんの話は置いといても、落ち着いたら珠里にお礼がしたい、そう考えていた。


「よしのんとだったらどこでもいいんだけど・・・・・・」


 珠里は平然と言う。

 おいおい。やめてくれ。勘違いしちゃう。


「じゃあ、よしのんの新しい服を買いに——」

「却下で」

「えー。せっかく可愛い服を着させようと思ってたのに」


 珠里は残念そうに肩を落とす。

 お人形みたいに遊ばれて終わるのが目に見えている。それは、避けたい。

 それに、それではデートとして不成立な気がする。


「珠里の行きたいところにしてくれ」


 お礼の意味もあるので珠里の行きたいところでないと意味がない。

 珠里は少しの間、考えてから答えを出した。


「じゃあ、動物園で」


 こうして、日曜日の動物園デートは決まった。

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