第6話 帰路
「深夜の学校には天井を這いずりまわる『花子さん二号』が現れるらしい」
「えー。なにそれ。そこはかとなく嘘っぽ」
放課後、珠里と家路につく。
まだ昼間は暑いがこの時間になってくると涼しく感じられる。
毎日行き来する並木道の木々もほんのりと色づき始めており、夏の終わりを感じる。
「オカ研楽しい? 」
「まあ、退屈はしてないな」
明日香に振り回されている気がするが。退屈していないということには違いない。
「ふーん」
珠里は納得したような意味深な笑顔を浮かべている。
なんだろう。嫌な予感がする。
「よしのんはさー、柊さんのこと好きなの? 」
珠里に問われる。
その『好き』はどういう意味で——
すぐに答えることができない。
「そっか」
まだ何も答えていないのだが。沈黙を肯定と捉えたのだろうか。
「いいねー。青春だねー! 」
珠里はからかうように言ってくる。
どうしてだろうか。珠里から発せられるその言葉に心が
並木道を抜け、住宅街に入っていき、住宅街の一角にある小さな公園にさしかかる。昔は回転するジャングルジムやシーソーなど幾つか遊具があったが、今は危険防止のためかほとんど撤去され、ブランコのみが唯一残っており寂しく見える。
ふと見ると女の子と男の子が一緒にブランコに乗っていた。
小学校低学年くらいだろうか。なんというか、微笑ましい。
「いじめられたくらいで泣くなって! 」
突然男の子はブランコから飛び降り、女の子の方を向いて大きな声を放つ。
「だって・・・・・・だって・・・・・・」
よく見ると女の子は泣いているようだった。
どうしたのだろうか。気になって立ち止まる。珠里もこの子たちのことが気になったようで、立ち止まっていた。
「・・・・・・みんな言うんだもん。私とマー君がいつも一緒なのはおかしいって」
女の子は、
「そんなこと気にすんなよ! 」
マー君、と呼ばれたその男の子は女の子を励ましているようだ。
「でも・・・・・・」
けれど、女の子の方はなかなか泣き止まない。
「俺は、カナと一緒にいたい! 」
「なんで・・・・・・? 」
カナ、と呼ばれた女の子は尋ねる。
その問いに困ってしまったようでマー君はおし黙ってしまった。しかし、勇気を振り絞ったのか勢いよく声を出す。
「カナが好きなんだ! それだけじゃダメか! 」
情熱的な告白だ。なんかドラマチックだな。
カナという少女の方もすっかり泣きやんで、もじもじと恥ずかしそうにつぶやいた。
「私も・・・・・・マー君のこと、好き」
二人は見つめ合う。そして顔を近づけ、お互いの好意を確かめ合うようにくちづ——。
おっと、こんなところをずっと見ているのは野暮というもの。早々に立ち去ろう。二人から目をそらす。しかし、最近の小学生はませているな。すげーや。
「——ちゃばんね」
——茶番?
すぐそばから声が聞こえた。珠里の顔を
しかし、その見慣れている女の子の澄んだ顔から、思っていることを読み取ることができない。聞き間違いだったのだろうか。もしかしたら気のせいだったのかもしれない。そんな気さえしてくる。
「帰ろっか。よしのん」
そう言って、珠里は帰路に戻る。
いつからだろうか。珠里の考えていることがあまりわからなくなったのは。昔はなにを考えているのか、だいたい顔を見ればわかったのだが。
西日に照らされながら歩く彼女の後ろ姿は寂しそうに見えた。
いや、違う。本当に寂しいのは——
******
翌朝、寒気とともに目を覚ました。頭が痛く、なんかまぶたも重く感じる。まだセットしておいた目覚まし用のアラームはなっていないようだ。
スマホで時間を確認するとまだ六時前。
風邪でもひいたのだろうか。熱を計ろうとベッドから出て立ち上がる。
心なしかフラフラした。
体温計で熱を計る。数十秒ほどでピコッと鳴った。38度ちょい。これはやってしまったようだ。
学校はお休みしよう。
もし今日下駄箱に手紙が入っていてオカ研の活動があったとしたら、明日香はそれを無視することに怒るのだろうか。どうせ大した活動ではないだろうから、別にいいか。
喉が渇きを感じ冷蔵庫からオレンジジュースを取り出しコップに注ぐ。風邪の時ってビタミンCをとるといいって聞くけどオレンジジュースでもいいのだろうか、そんなことを思いながら飲み干す。
そういえば、昨日一緒に帰った珠里にも風邪を移しているかもしれない。ちょっとした罪悪感を抱く。
とりあえず自室に戻り、ベッドに横になる。しかし、眠くはならなかった。
不意に明日香の言葉を思い出す。
体の変化の原因は、内的要因か外的要因・・・・・・か。
空想の具現化、そんなことが本当に起こるのだろうか。
ただ、起こるとしても、女の子になりたいと強く願ったことはないので、内的要因の可能性は考えにくい。
となると、やはり外的要因であろう。しかし、謎の薬を飲んだり、謎の少女に噛まれたり、謎の小動物によく分からない契約を結ばされた覚えはない。迷宮入りの難事件だな。
このまま、この体で一生を過ごすのだろうか。疑問に襲われる。
高校を卒業し、大学に入るか就職をして、会社で働いて、結婚を——結婚!?誰と? 男と?
******
——ドンッ(壁ドン)
「お前、俺と付き合えよ」
——ドンッ(股ドン)
「俺の言うことが聞けないっていうのか? 」
——クイッ(顎クイ)
「おもしれー女。俺のものにしてやるよ」
******
ムリムリムリ! 寒気がする。ちょっと想像してしまった。拒否反応が出る。男に抱かれるなど想像したくない。そんなことになるなら死んだほうがマシだ。その場合は一生独身でいよう。
はー、とため息が出る。
どうしてこうなってしまったんだろう。ある日突然女になるなんて、それも現実で。それこそ漫画やアニメのような、誰かの空想の世界のような出来事だ。
女体化などあまりに現実的でなさすぎて、実は自分は漫画とか小説とかの登場人物で、誰かに恣意的にコントロール、あるいは常に監視されている、そんな気さえしてくる。
馬鹿馬鹿しいな。そんな考えを
ん? 誰かの空想の世界? 不意に引っかかる。
今まで自分が空想して女になった可能性しか考慮していなかった。
しかし、だ。仮に人間には空想を実現する力が本当にあるとして、それは自身にベクトルが向かうだけじゃないんじゃないか。
他者にベクトルが向かう事も考えられる。つまり、誰か他人の空想によって女になったってことは考えられないだろうか。
いや、誰かって誰だ。河内由之という人間に女の子になってほしい。そんな奴いるのか。
一人のよく知った人間の顔が浮かぶ。いや、そんな事はないんじゃないか、と否定しようとするが、その可能性をぬぐいきれない。
『かんちがいだよ』
かつて、その少女に言われた言葉が脳内にこだまする。
もしかして——
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