第4話 学校の怪談です!

「さっそく、か」


 朝、登校すると下駄箱に手紙が入っていた。


『16:30に部室にて』


 どうやらその時間に来いということのようだ。

 オカルト研究会、通称オカ研の活動は不定期であり、活動日の朝にこうやって手紙が送られてくるのが伝統らしい。スマホで連絡じゃダメなのか、と聞いたがロマンがないと一蹴いっしゅうされてしまった。秘密結社気分のようだ。


******


「——というわけで、今日も一緒に帰れない」


 オカ研に入ることになった旨を珠里に伝え、共に帰宅できないことを伝えた。もちろん、半ば強引に入らされたことは隠した。そんなことを話したら心配をかけてしまう。


「うん。わかった」


 珠里は気にしてないよ、といった感じで平然と答える。

 二学期が始まってから一緒に帰るようになっていたが、それが小さい頃に戻ったようで懐かしく、大切な時間のように思っていたのはこちらだけなのだろうか。

 そう思い顔を伺うが、その表情からはなにも読み取れない。


******


「学校の怪談です! 」


 明日香は部室に入ってくるやいなや、声をあげた。

 学校の怪談? そんなもの今どき、誰も興味ないだろ。


「それがどうしたんだ」

「なんでも見た人がいるらしいんです」

「見たってなにを? 」


「夜の学校の天井をいずりまわる、髪の長い白装束の女の霊 『花子さん二号』 です! 」


 すごい具体的! 作り話の匂いしかしない。というか『花子さん二号』って、もっとまともなネーミングなかったのかよ。


「それでは、さっそく今晩確かめに行きましょう! 」

「は?」


 そんな絶対いないものをわざわざ確かめる必要性を感じない。第一、体を元に戻すことと関わりがない。いや、一応女の霊だが。それでもほぼ無縁だろう。


「河内さん、ひょっとして怖いんですかー? 」


 あからさまな挑発。そんなのに乗るほど、安い男ではない。


「は? 怖くねぇし! 行ってやろーじゃん! 」


 激安でした。すいません。


******


 夜の学校は昼間の賑わいと対照的に閑散としており、校舎がやや古いこともあって不気味さが漂っている。

 

 一階の女子トイレの窓から侵入を試みる。セキュリティの観点から廊下の窓は帰る前に全て締め切られるという予想の元、チェックの薄そうなここをあらかじめ開けておいた。窓は大人では入れないくらいのスペースでかなり狭かったが、なんとか侵入に成功する。


 女子トイレを出て廊下を見渡す。特になにものかの気配はない。

 明日香も侵入に成功したようで、花子さん一号いないなぁ、などと言いながら遅れてついてくる。トイレにいるプロトタイプが一号で、天井にいるのが二号なのだろうか。さっぱりわからん。

 明日香の持ってきた懐中電灯の明かりを頼りに先へ進む。


 階段を登り二階の廊下を進んで行く。やはりなにものかの気配はない。あたりは静まりかえっており、二人分の足音しか聞こえない。まるでこの世界には二人だけしかいないような気さえしてくる。


「なんか静かですね」

「やめろ、それはフラグだ」


 とあるアニメを思い出す。たしかそう語りかけられていた団長は、数十秒後には銃殺されていたな。幽霊など信じていないが万が一、幽霊に遭遇して殺されては困る。


 突き当たりの階段を登りさらに三階へ登る。廊下を進んで行くがなにものかがいる気配はない。もういいか、帰ろうと思った矢先、ふっと懐中電灯の明かりが消える。あたりは暗闇に包まれ、唯一の光源は月明かりのみになる。

 

 後ろからぎゅっと服のすそを掴まれる。急に暗くなり怖くなってしまったのだろうか、なかなか可愛らしいところもあるじゃないか。この事態を乗り切ったら、後でからかってやろう。


 懐中電灯の電源をカチカチと交互に押してみるがつかない。やはり電池が切れたようだ。


「か、かわちさん・・・・・・」

 

 ふるえ声で呼びかけられる。今まで聞いたことのないか弱い声。なにやら嫌な予感がする。


 後ろを振り返る。明日香は由之の服を掴んだまま後ろを振り返り、無人の真っ暗な廊下を見つめている。

 びっくりさせやがって、なにもいないじゃないか。安心する。


 しかし、すぐに違和感に気付く。暗い廊下の中に背景と比較して謎の黒いものが浮かび上がっている。それは上の方から垂れ下がっているように見えた。

 髪の毛? いや見間違いか? その黒い物体の出所を辿たどるように視点を上に向けていく。

 

 そこにやつはいた。

 天井に重力を無視した謎の白いものがひっついている。

 それは見てはいけないもののような気がした。思考よりも早く足が動きだす。

 

「きゃっ」


——どてっ


 背後で明日香の小さな悲鳴とともになにかが倒れた音がした。服を掴んでいた由之がいきなり走り出したことでバランスを崩したらしい。

 まさか、こんな時にこけたのか? どうする? このまま見捨てて逃げるか?


 脳裏には、これまでの明日香との日々が駆け巡る。くだらない手紙を送りつけられ、服を脱がされ、盗撮され、それをネタにオカ研に入らされた。特にいい思い出はなかった!


 しかし、知っている子を放り出して逃げるなんてできない。

 もうどうにでもなれ! こけている明日香の前へ駆け戻り、体を広げ叫ぶ。


「かかってこいやー! 」


 終わった。短い人生だった。幽霊に勝てるわけない。もっとやりたいこと、たくさんあったように思う。しかし、人生は唐突に終わりを迎えるのだろう。まあ、誰かを助けて終わる、そんな人生も悪くはないのかもしれない。


・・・・・・・・・・・・。あれ? なにも起きないぞ。


——ぶふっ


 背後でこらえていた笑いを吹き出したような音が聞こえる。


「ゆ、ゆうれいに向かって『かかってこいやー』って——ぶふっはははは!!!」


 明日香は笑っていた。それはまあ爆笑していらっしゃる。


「これはいったい・・・・・・」


 明日香に問いかける。


「いやー。すいません。あまりにおかしいもので」


 笑いをこらえながら立ち上がり、説明し始める。


「オカ研の伝統的な新歓行事ですよ。深夜の学校での肝試し。今回は、こちらの『花子さん二号』を準備させていただきました」


 明日香はスマホのライト機能でそれを照らす。天井には、白い人形が貼り付けられていた。人形の頭からは多数の黒い糸が垂れ下がっている。


「怪異に立ち向かえる者はがっかりするけど、さらなる探求をする、逃げ出す者は恐怖しオカ研をやめるか、怪異を信じるようになり積極的に活動するようになる。一種の通過儀礼みたいなものですね」


 まんまとはめられていたということか。全身の力が抜ける。

 ほんと、なにやってんだよ。


「ほんとは一緒に逃げるつもりだったのですが、こけちゃって」


 明日香はてへっ、とでも言いそうな感じで照れている。

 恥ずかしいのはこちらの方だ。なにが『かかってこいやー!』だ。馬鹿みたいだ。きゃー、消えたい。あまりの恥ずかしさに悶絶もんぜつする。


「帰りましょうか」


 そう言って明日香は満足そうな顔で歩き出す。

 なぜだろう。怒りの感情は湧いてこなかった。それよりも・・・・・・楽しかった? あまりの安堵あんど羞恥しゅうちが混じり合い、混乱しているからだろうか、気づけばそんな感情を抱いていた。


 歩き出した明日香の後を追いかける。


「それにしても、『かかってこいやー!』って——」


 明日香は思い出したようにまた笑いだした。この子嫌いです。

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