第2話 電波娘

「あなたが河内由之さんですか? 」


 この身体での学校生活に慣れてきたある日、知らない女子に話しかけられた。


「そうだけど、えぇっと」

「私は柊明日香ひいらぎあすかといいます」


 柊明日香は、小柄で活発そうな雰囲気の子だった。髪の毛はクマのキャラクターのついたヘアゴムによって、下の方で二つ結びにされており、幼げでかわいらしい。


「初めまして、柊さん。それで、なにか用かな? 」

「河内さんにお願いがあるのです」

「ん? 」

「えぇっとですね・・・・・・」


 初対面の相手にお願いとは、一体なんだろうか。

 明日香は言うのをためらっているのか、なかなかはっきりしない。また、緊張しているようで顔が赤いようにも見えた。

 その後、意を決したのか、勢いよく口を開いた。


「付き合ってください! 」


 突然の言葉に固まる。女子からの人生で初めての告白に動揺してしまった。しかし、冷静に考えてみて現在の由之の身体は女の子である。告白される所以はない。おそらくこれは、『どこかに』付き合っての意だろう。お約束というやつだ。


 しかし、万が一、明日香が好意を寄せてくれていた場合、どうだろうが。万が一に、だ。ここで「どこに付き合って欲しいんだ? 」などという言葉は野暮というもの。明日香を傷つけてしまうことになりかねない。

 どうしたものか。まったく、とんだクマったさんだ。


「柊さんは、どうして付き合って欲しいんだ? 」


 これが最善手だろう。理由を尋ねることによって、明日香の意図をやんわり探ることができる。回答によってどちらの意だかはっきりする。


「あなたの体に興味津々なんです」

「・・・・・・」


 予想の斜め上を行く回答に思考が止まる。


「そ、それはつまり、体目当てってこと? 」

「有り体に言ってしまえばそうなりますね」


 明日香は、なんの恥じらいもなくそう告げる。

 やばい。この子からは、危険な香りがする。ここは穏便にお断りしておこう。


「やっぱり、そういうのって、お互いのことをよく知ってからの方が——」

「ですから、お互いのことを知るために、今日の放課後、私に付き合って欲しいのです」


 どうやら愛の告白ではなかったようだ。

 しかし、身体目当てというのは、どういうことだ。この子は、百合っ子なのだろうか。


「なんで柊さんはこの身体に興味が?」

「オカルトを愛する者にとって、こんな超自然的なこと見逃せるはずがありません!」


 なるほど、と合点が行く。電波系というやつだ。

 どうやら、噂を聞きつけて来たのだろう。


「ぜひ調べさせてください! お願いします! 」


 明日香は頭を下げる。


 言葉足らずな面もあって誤解してしまったが、存外礼儀正しい子なのかもしれない。オカルトが好きということは、少なくとも超自然的な出来事に対する知識は多く持っているはずだ。もしかしたらこの身体を元に戻すヒントを得られるかもしれない。


「いいよ」

「本当ですか! ありがとうございます! それでは今日の放課後、オカルト研究会の部室にて待っています」


 そう言って、明日香は嬉しそうに去っていった。

 オカルト研究会、そんな同好会がこの学校にあることを知らなかった。最近できたのだろうか。


******


「オカルト研究会? 知らないな 」


 昼休み、オカルト研究会について知っていることはないか、太一に聞いたが知らないようだ。


「珠里もなにか知らないか。オカルト研究会」


 珠里にも尋ねる。


「知ってるよ、王女様のとこだ」

「おうじょさま? 」


 おうじょさま。なんともメルヘンチックな言葉だ。およそオカルトとは程遠いように感じられる。


「なんでも昔この学校に、類い稀な美貌と高潔な性格で学校中の男子生徒を虜にし、女生徒からは憧れの対象とされた人がいたらしくって、それで王女様って呼ばれてたみたいなんだ」

「それが、オカ研所属だったと」

「そうらしいよ。ただ、その人が卒業してからなくなったって聞いたけど」


 王女様ねぇ。一度お目にかかってみたいものだ。


「いいよねー。王女様って、私も憧れちゃう」


 ふと珠理の身体に目がいく。決して王女様のようにあでやかさは感じられないが、年頃の女の子特有の柔らかな印象を受ける。町娘といった感じだ。月日の流れる早さを実感してしみじみする。


 珠理から視線を感じた。見ていたのがばれていたようだ。どうせ私は王女様にはなれませんよ、とでも言いたげな顔をしている。


 そういえば珠里に伝え忘れていたことがあった。


「今日の放課後用事できたから、一緒に帰れない」


 放課後は明日香に呼ばれてしまった。夏休みが終わってから、一緒に帰っていたが今日は無理そうだ。


「うん。りょーかい」


 会話が一区切りついたところで、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。


******


 放課後、オカルト研究会、通称オカ研の部室を訪ねた。『ようこそオカルト研究会へ』と書かれた看板が、扉の前に掲げられている。

 中に人の気配はない。まだ明日香は来ていないようだ。


 扉を開け、中に入る。部屋には、無数のものが散らばっていた。しばらく誰も使っていないような古びたラジオ。見出しに『ツチノコ発見か?』と書かれた何年も前の新聞。無残にも釘刺しにされた藁人形。用途の不明な木馬や魔法陣の描かれたタペストリー。そんな無数の物の中に違和感のあるものが目につく。

——むち。これもなにかに使うのだろうか。オカルトとはあまり関係ない気がするが。


 体に興味、むち・・・・・・。いや、まさかな。


「遅くなりました」


 背後から声がかかる。

 明日香が来たようだ。急いで来たようで心なしか呼吸が荒い。


「それでは早速、脱いでください」

「——!」


 点と点が結びつき繋がる。感じた感情は、恐怖。

 明日香は、聞こえなかったと勘違いしたのだろうか、もう一度言ってきた。


「ですから、早く服を全部脱いでください! 」


 やばい、ヤられる——!

 そう思った時にはすでに部屋から飛び出していた。


「絶対、諦めないんだからー! 」


 背中で明日香の声が聞こえる。

 もう怪しい電波娘には関わらない、心に誓った。


******


 翌日、登校すると手紙が入っていた。


『これは不幸の手紙です。これと同じ内容の手紙を今日中に、全世界の人間に出さないと、あなたは不幸になります』


「昭和かっ!」


 思わず突っ込んでしまった。今どき、こんなことをする奴がいるのだろうか。      

 手紙には、続きがあった。


『今日中に世界中の人になんてそんなの絶対無理、僕は不幸になるんだ、と思ったそこのあなた!あなたですよ!そんなあなたにビックチャンス!なんと今日の放課後、オカルト研究会の部室に来るだけで、なんと不幸がチャラに!さらに今——』


 ビリッ——


 手紙を破る。

 その先は、読まなかった。


******


 翌日、登校するとまた下駄箱に手紙が入っていた。

 薄いピンク色のデザインのもので、おもて面には、可愛らしい丸文字で、河内由之くんへ、と書かれていた。

 ハート型のシールを丁寧にめくり、中の便箋を取り出し読む。


『突然のお手紙ごめんなさい。姿が突然変わってしまったとお聞きしました。何かお困りのことはありませんか。今まで、お話したことなかったし、迷惑かもしれないけど、私はあなたの力になりたいです』


 暖かい気持ちになる。どこの誰だか知らないが、本気で心配してくれているのだろう。どこぞの、電波娘とは大違いだ。

 手紙の続きを読む。


『放課後、オカルト研究会の部室で待っています。 柊明日香』


 ビリッ——


 思わず手紙を破る。純情を返して欲しい。


******


 翌日もまた手紙が入っていた。


『エロサイト閲覧履歴があり、未納料金が——』


 ビリッ——


 勘弁してくれ!


******


 翌日、学校に行くとまた手紙が入っていた。

 ただ、今回は紙切れ一枚。そして、書かれていたのは一行だけ。


『あなたの秘密を知っています』


 おそらくこれも興味を引くためについた嘘だろう。連日の手紙ラッシュで耐性がついた。

 こんな単純な子供だましにつられるとでも思っているのか。

 くしゃくしゃにして制服のポケットに入れる。


******


 時は流れて放課後、由之はオカ研部室にいた。

 目の前には、勝ち誇った顔の明日香。


 つ、つられたクマー!


 由之は、単純であった。

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